第15話



 九条蘭。彼女は凛香さんの双子の妹。

 学校の中で親衛隊ができ、学校全体を見ると凛香さんより男子から人気がある女性だ。

 かく言う俺もこの女性の存在を知らなかったわけではない。いや知っていたが、凛香さんに夢中になっていたせいで頭の中から転げ落ちていた。


 そんな蘭さんは周りから、清楚だの、クールだの、氷姫だの思われているが俺に見せたのはその黒い部分。裏アカで脅しなど、俺でもしない。


 裏アカで脅し、蘭さんがその引き換えに提案してきたことは、まさかのだった。


「オカルト研究部ですか?」


「そう。あと部員が二人入れば部活動として認められるの。この裏アカがバラされたくなかったら、私の言う通りにしなさいよね」


「……こんなこと俺から言うのもなんですが、裏アカを使ってする脅し、そんなのでいいんですか?」

 

「そんなのってなんなの。私にとっちゃ、この部を部活動として認めてもらうのは念願なの。ほら、早く入部届を書いて」


「わかりました」


 その後、俺は裏アカで脅されているということもあり、本当にオカルト研究部という謎の部に入ることになった。


 部員数は俺を合わせて三人。 

 どうやら幽霊部員の一年生もいるらしい。

 もちろん幽霊部員だけあって、部活動に来るわけがなく。


 狭い部室の中で二人っきり。

 

 一時間もプリントの整理をしていたせいで、俺の体はバキバキ。

 どうせやることなんてしないだろうし、一眠りでもしようか……。


「んっしょんっしょ」


 どうやら蘭さんはだらけるつもりなんてないらしい。


 何やら準備が完了したのかテーブルの上に、ひらがなが五十音順に書かれた紙を敷いて、やりきった顔をしている。

 これはオカルトに興味がない俺でも知っている。

 こっくりさんだ。


「さぁさぁ5円玉に指を置いて?」


 拒否したら裏アカをバラされるので抵抗せずに置く。

 

 こっくりさんができて嬉しいのか、「ふふふん」と小さく鼻歌を歌っている蘭さんも指を置き。


「こっくりさん。こっくりさん。おいでください」

 

 雰囲気がある言い方に、思わず息を呑んだ。

 力を入れていないのに五円玉が勝手に動く……と、思っていたが。

 五秒、十秒、二十秒、一分。

 もちろんというべきなのか動く気配は全くしなかった。


「蘭さん。全然動きませんけど」


「まぁこういうこともたまにあるわ。……今失敗したこと絶対に誰に言っちゃいけないからね。もし誰かに言ったら裏アカのこと、学校中に広めちゃうよ?」


 しょうもないことで脅しを乱用してきた。


「もちろん誰にも言いませんよ」


「うむ。それでよいのだ」


 殿様のように鼻を高くする蘭さん。


 双子だけあって髪型は似てなくとも、骨格が似ているせいで脳内で凛香さんとリンクさせてしまう。

 

「ちょっと柳さん。あなた今、おねえちゃんのこと考えてたでしょ」


 なぜかムッとした顔で聞いてきた。


「はい」


「ふ〜んふ〜ん。おねえちゃんのどんなこと考えてたの?」


「双子だけあって蘭さんは凛香さんに似ているなと思ってただけですよ。……どんなこと言うと想像してたんですか?」


「誰にも言わない?」


 今まで見てきた中で一番真剣な顔だ。


 秘密を話してくれるのかな?


「はい。俺は口が堅いので」


「実は私――」


 なにか語り始めようとしたときだった。

 

 バタン。


 二人っきりだった部屋の扉が勢いよく開けられた。 


 音に敏感になっていた俺は、びっくりしてその場に飛び跳ねてしまった。何事もなかったかのように椅子に座り直すが、蘭さんに白い目を向けられることに。


 そんな恥をかくことになった原因を作った、扉を勢いよく開けた人物は。


「あれ? 柳くん、こんなところでなにしてるの?」


 凛香さんだった。


「り、凛香さん? 俺はオカルト研究部とかいう変な部に入れさせられたんですけど……。凛香さんこそこんな部屋にどうしたんですか?」


「いや、別に、どって、ことはない、けど」


 口では偶然を装っているが、ギコギコと動く体までは隠しきれていなかった。


 凛香さんは静かに扉を締め、不自然な挙動をしながら俺の隣りに座ってきた。

 走って来たのか額から汗が見える。

 座ったあと、ムワッとした香水の匂いが鼻をよぎりる。と


「柳さん、今自分の顔鏡で見たほうがいいと思うんだけど」


 蘭さんに言われ、自分が香水の匂いに溺れていたことに気付いた。

 

 何事もなかったように平然とした顔をするが、どうやらもう遅かったらしく。


「もしかして柳くんって私の香水の匂い好きなの?」


 凛香さんにすべてを言い当てられた。


 もうこうなったら気持ち悪いと思われても仕方ない。

 俺は「んんっ」と喉の調子を確認して。。


「いえ。これは別にそういうわけじゃなくてですね」

 

 「香水の匂いより凛香さんの匂いのほうが好きだぜっ」と、遠回しに言ったが伝わらなかった。

 ま、でも、結果的に気持ち悪がられなかったのでよかった。


「もぉ……何を言いたいのかわからないから、とりあえずこれ出しておくね」 

 

 凛香さんが考えを諦め、リュックから取り出したのは一枚の紙。ひらがなが五十音順になっている紙ではなく、『入部届』の紙だった。


「本気ですか?」


「もちろん。柳くんが帰宅部をやめるのなら、私も一緒にこのオカルトなんちゃら部ってところに入るわ」


「おねえちゃん。ここはオカルト研究部だからね」


「あぁそれそれ。あと一人入れば部活認定されるんだから、私が入ってもいいでしょ。蘭?」


「やっぱり。おねえちゃんならそう言ってくれると思ってた!」


 嬉しさのあまりに抱きつこうとする蘭さんを片手で軽くあしらう凛香さん。

 見ているだけで、仲が良いことがわかる。


「柳くん。少し聞きたいことがあるんだけど」


「? なんですか?」


「なんでこの部に入ろうと思ったの?」


 一番されたら困る質問をされた。

 でもすぐ、ここにいる二人はもう裏アカのことを知っていることに気付き。


「実はですね……」


 すべてを話した結果、凛香さんの鋭い瞳は蘭さんの方に向いた。


「蘭」 


「は、はひっ!」


 ビクッと体を震わせ返事をする蘭さん。

 少し前まで余裕のある女性だったが、今の姿は怯えた仔猫のようだ。


「人のことを脅すことをしちゃいけないことだって知ってるよね?」


「はひっ! 知ってましゅ」


「じゃあなんで柳くんのこと、脅したのかな?」


「その、オカルト研究部が部活認定されたくて……」


「へぇー。部活認定されたかったら、人の弱みで脅してもいいんだ」


「だめでしゅ! こ、今回のは私が全面的に悪かったです。ごめんなさいっ!」


 勢いよく机に額を擦り付けている。


 というか、凛香さんが怒っている姿を見るの初めてかもしれない。普段の優しい凛香さんも好きだけど、怒っている凛香さんも好きだ。


「謝るのなら私じゃなくて柳くんなんじゃないの?」


「や、柳さん。ごめんなさいっ!!」


「いいよいいよ。そんな気にしないで。……いずれ、誰かにバレるとは思ってたんだ。脅されたときどんな感じになるのか、いい経験になったよ」


「っ。優しい……」


 蘭さんは俺に許されたのが嬉しかったのか、抱きつこうとした。

 が、凛香さんが間に入ってそれを阻止してきた。


「おねえちゃん。抱きつかせてよ」


「だめ」


「じゃあ抱きつかないから、新しい部員に握手させて?」


「…………柳くん。こんな怪しい部活、今すぐやめよ」


「えっ!? ちょ、おねえちゃん! 勝手にそんなこと言わないでよ。柳さんは大切な部員なんだから!」


「いや部員って言っても……」


 言い争いを始める双子姉妹。


「凛香さん。心配して頂き嬉しいこですが、俺はこのままオカルト研究部に入ろうと思います」


「やった!」


 喜ぶ蘭さんとは裏腹に、凛香さんは心配そうな瞳を向けてきた。


「帰宅部、やめていいの?」


「……はい。家に帰っても、特にやることないので。一秒でも凛香さんと一緒の過ごしたいので、喜んで入部させてもらいます」


「柳くんがそうしたいのなら私は何も言わないけどさ」


 そうしてこうして、俺と凛香さんはオカルト研究部に入ることになった。


 

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 



「え。なんでなんでなんでなんで。好きなんだよね? ねぇ? 好きっていつも言ってるよね? だから好きなんだよね? あの言葉嘘だったの? 好きなんでしょ? 付き合いたいんでしょ? 告白したの、あれ誰かにやらされてたの?」

 


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