第12話



 「行きたいところがある」

 そう言われ、ケーキをたらふく食べたあとに来た場所はプラネタリウムだった。


 寝転がり、星座を見る。


 見るだけだが、俺たちがいる場所はカップルシート。そのため俺の意識は星座ではなく、隣りで寝転がっている凛香さんにいってしまう。


 ナレーションと音楽を耳に。


 一緒にプラネタリウムを見ている、という健全なことをしているはず……。なのだが、実質的に添い寝をしていると思うと胸が高鳴る。

 

 隣に横になっている凛香さんは自分から提案しただけあって、「わぁ~」と星々を見て小声で喜んでおり、プラネタリウムを純粋に楽しんでいる。


 凛香さんが星座に興味があるなんて、初めて知った。いや、そもそも俺は凛香さんが興味のあるものなんて知らない。

 でも俺は今日、片思いしてる人の好きなことを知ることができた。何も進展しなかった日々に比べ、この一歩は大きいものだろう。


「ふぁ〜……」


 隣から眠そうなあくびが聞こえてきた。

 

 とんでもない量のケーキを食べたあとに、こんな睡眠を誘うような場所に来たんだ。

 眠くならないほうがおかしい。


「――――」


 俺は「寝てもいいよ」と声をかけようとしたが、その前に凛香さんは寝てしまっていた。

 肩を揺らしても起きないので爆睡している。


「かわいい」


 本当は寝顔を画像に収めたいのだが、ここはプラネタリウムのカップルシート。

 周りには俺たちとは違う本物のカップルがいちゃいちゃしているので、迷惑になってしまう。というか、そもそも規則で始まったらスマホをつけちゃいけないので不可能だ。


「ふぅー……」


 ここに行こうと提案してきた凛香さんは爆睡中。


 そんな中、俺はすることがなくなりぽけーっと夜空を見上げていた。

 俺も凛香さんと同じくケーキをたらふく食べた身。   


 意図せずとも意識は少しづつ沈んでいき……。


「あれ? 柳くんじゃない?」


 隣から聞こえてきた女性の声に意識が目覚めた。


「……橋本?」


「うん」


 隣のカップルシートに橋本がいた。

 ピシッとした白と黒のシャツを着こなし、女性だが横になっている姿は俺より男らしい。


 その隣りにいるのはフリフリとしたピンク色のワンピースを着こなした女性。

 俺のことを怯えるように見て、橋本の影に隠れた。


「や、柳さん。お久しぶりです」


「あ、うん。久しぶり」


 彼女は橋本が付き合ってる、彼女の――林檎静音りんごしずね

 俺とは、橋本との仲を繋いであげた仲だ。

 この二人は元々、林檎の片思いから始まったカップル。なので今の俺と林檎の立場はよく似ている。


 また喋る機会があれば、カップルという段階に上がる方法をぜひご教授願いたいのだが……。


「芽依ぃ」


 なぜか避けられている。


「静音……。僕たちのことをくっつけてくれた柳くんに失礼だよ」


「だって、だって、あの人の私たちのことを見る目、カップルを見るそれじゃないんだもん」


「うぐっ」


 たしかに、すこぉ〜しリアル百合を目の前にして見る目が変わってたかもしれないけど。バレてたんだ。


「静音。多分それは、僕たちのことを心配してくれているんだよ。ほら、柳くんって今片思いしてるからさ」


「えっ、そうなの?」


「うん。その人こそが隣りにいる……」


 俺のことをそっちのけに、二人は二人だけの空間を作り出し喋り始めた。


 橋本が喋り始めると、俺のことを怯えて見ていた林檎の瞳が徐々に変わり始めた。話していた内容というと、俺がしている片思いの詳細。


 おそらく林檎は昔の自分と今の俺をリンクさせたんだろう。俺ことをチラチラと見る目が気になって仕方なった。


「じゃあ僕たちは先に失礼するね」


「や、柳さん。また」


「あぁ」


 二人は俺と凛香さんのことを思ったのか、先にプラネタリウムから出ていった。


 偶然にも、近くのカップルシートには誰もいない。

 少し離れた場所でイチャイチャしてる人たちがいるが、俺たちのことなんて視界に入っていないんだろう。


「こちらの星は……」


 予期せぬ出来事に見舞われた俺のことなどおき、映し出される映像は進んでいる。

 もう天井は少し前に見た夜空と別物だ。

 プラネタリウムなんて興味なかったのに、不思議と目が奪われる。


「っ」


 隣から手がコツンと当たった。

 寝ていて温まった凛香さんの柔らかい手が、俺の片手にコツンと。


 凛香さんはまだ起きてない。

 少し寝相が悪いのかな……と、思っていたが。


「んぁ……」


「っ!!」


 凛香さんは俺に抱きついてきた。

 頭をスリスリさせて、まるで抱きまくらのように。


 フワッと甘い匂いが鼻を漂い始めたかと思えば、顔全体を包み込みこんできて……。


「ふへっ」


 甘い香水の香りと、ぎゅっと腕をホールドされ生まれた密着感に俺の頭は耐えきれず。

 ぷしゅ〜っとショートしてしまった。


「ですので……」


 プラネタリウムのアナウンスは続いている。

 だか、一向に頭に入ってくる気配はない。

 

 凛香さんの抱きまくらと勘違いしている腕が。

 凛香さんの普段見ることができない寝顔が。

 密着しすぎて感じる凛香さんの心臓の鼓動が。

 凛香さんの可愛らしい寝言が。

 凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの凛香さんの。

 

「あぁ、早く裏アカで発散しないと」


 俺はこの感覚を、気持ちを忘れないようにしていたが、凛香さんの抱擁感に勝つことはできず。


 凛香さんに抱きまくらにされるという夢のような状況だったが、ぐっすり眠ってしまった。


「お客様……お客様……」


「んぁ?」


「んへぇ?」

 

 定員さんに起こされ、俺と凛香さんはあくびをしながら外に出た。


 このプラネタリウムに入る前は夕方になる前だったが、空は暗くなっている。

 どうやら俺たちはかなりの時間寝ていたようだ。


「寝ちゃいましたね」


「……うん」 

 

 凛香さんの声はまだ少し眠そう。


 よし。目を覚ますためにもここは。


「このまま帰るのもなんですし、ちょっと歩きませんか?」


「それいいね」

 

 俺たちは人があまりいない薄暗い道を歩き始めた。


 

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