第11話



『好きっていうのはどういうときに思うことなんですか?』


 今夜も相変わらず凛香さんとDMをしている。

 凛香さんが、まだ気付かれていないと思っているのが不思議で仕方ない。


『俺は好きという感情は、ときという限定的なものではないと思います。ただ一緒にいるだけで幸せ。ただ見ているだけで幸せ。……そう思っていると、自然と好きになっているんです。なので、好きになるきっかけというものはあると思いますが、途端に好きになるのはほぼないかと』

『なるほど。であれば、私はもう誰かのことが好きなのかもしれませんね』

『えぇ。その通りです。俺も片思いしていると気付いたのはすぐじゃありませんから。……でも焦らなくて大丈夫です。そういのは周りに合わせるのではなく、自分のペースなるものがありますから』

『なるほど』


 最初こそは俺のことばかり聞いてきていたのだが、最近は恋バナみたいなことをしている。

 

 凛香さんのことを勝手に経験豊富だと思っていたので、俺から教えるということは新鮮で楽しい。


『ところで、今度会えませんか?』


 いやさすがにこれは新鮮すぎる。


 


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 




 待ち合わせに指定された大樹の前に10分前に到着したが、もうそこに待ち人はいた。


「こんにちは。私が『九条@裏アカ』です。あなたは?」


 深く帽子を被り、顔を隠している。

 隠したところでどこからとう見ても凛香さんだ。

 でもここは、凛香さんに合わせよう。


「俺は『片思い陰キャ男』です。なんてお呼びしたほうがいいですか?」


「くじょ、いえ……りん、いえ……」


 絶対今、九条と凛香って言いそうになってた。


「アカコでお願いします。片思い陰キャ男さんはなんて呼べばいいですか?」


「俺は……」


 もしかしてこれ、合法的に俺のことを下の名前で呼んでもらうことができるでは?


「貴斗でお願いします」


「た、貴斗くん? でいいの?」


「はい」


 両手をあわあわさせて、動揺が隠しきれていない。


 慌てふためく凛香さんもかわいい。 


「じゃあ貴斗くん。これからどこ行こっか?」


「俺は特に決めてないですけど……。アカコさんはどこか行きたい場所ありますか?」


「よくぞ聞いてくれました」


 キリッとした顔でそう言い、連れていかれたはアニメとコラボしているカフェだった。


 白くて丸っこいキャラが主人公のアニメ。俺は見たことがないが……カフェの中は女性しかいない。

 

 俺が周りを見渡していると、凛香さん元いアカコさんが嬉しそうな顔を向けてきた。


「どうかしたんですか?」


「ん? いやいや……。実はここに来たのはコラボカフェに行きたかったっていうのもあるんですけど、カップル限定のストラップを貰いに来たんです」


「カ、カップル?」


「あれ? 嫌でしたか? ……あっ。片思いしてる人がいるんだった」


「いえ。喜んでカップルになります」


「ふふふっ。そう言ってくれると思った」


 目の前に片思いしている人がいるんだから、そりゃ喜んでカップルになっちゃうよ。

 

 凛香さんがストラップほしさにカップルとして注文したケーキ。

 生クリームがふんだんに使われ、おっきないちごもふんだんに使われていふる。

 ……というか、届いたケーキが大食いの人が食べるような大きさなんだけど。


「わぁ〜おいしそ!」


 凛香さんは驚いていない様子……。体格的にあまり食べられるようには見えない。

 ここは俺が男の意地を見せなければ。


「「いただきます」」


「っぷぅ〜。おいしかった」


 ケーキを舐めていた。完全に舐めてた。

 最初こそは凛香さんにあっと驚かれる速度で食べていたが、次第に胃がもたれてしまい、中盤にしてケーキが口に入らなくなってしまった。

 

 俺が食べられなかったにも関わらず、皿の上にあったケーキがなくなっているのは、凛香さんの胃袋に入っていったからだ。


 一体あんな量のケーキ、体のどこに入っているのやら。


『なんかデートみたいですね』


 目の前に俺がいるといるというのに、凛香さんはDMでそんなことを伝えてきた。


 恥ずかしがってるのかな?


『ですね。あの憧れの凛香さんとデートのようなことかできるなんて、本当に嬉しいです』


「えっ!?」


 あ、やべ。


『り、り、り、凛香って誰ですか?』


 手が滑って名前を打っちゃったが、凛香さんはまだ必死に隠そうとしてくる。

 正面にいる凛香さんは、俺とスマホをチラチラ見ながら返信を待っている。

 

『ごめんなさい。間違えました。その……俺が好きで、片思いしている人が凛香っていう名前なんです。その人と、あなたが似ていてつい』


『そうだったんですか。でも私はアカコですからね』


『はい。ごめんなさいアカコさん』


「ふふふっ」


 バレなくてよかった、としか捉えることができない笑い声が聞こえてきた。


 いつまで気付いていないふりを――いや、凛香さんが自分から言ってくるまで待とう。

 そっちのほうが俺的にも特になりそうだし。


「それじゃあそろそろ、ここ出ますか?」


「うん。……次、どこか行きたいところある?」


「いえ。俺は別にこれと言ったところはないです。り、アカコさんはどこかありますか?」


「ふふふっ。うん。あるよ」


「じゃあそこに行きましょうか」


「うんっ」


 凛香さんが正体を隠しているつもりのデートはまだ続く。

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