第9話
「それで、君が娘のことを助けてくれたのか。感謝する。その礼として私が十年前、オーストラリアへ出張に行ったとき買ってきたコアラのストラップをあげよう。――いいかい? これはとても貴重なものなんだ。なぜかって? ふふふ。いい質問をする。実はこれはな、期間限定で発売していたものなんだ。今じゃうも手に入れることができない、超貴重な代物だ。……もしかしたら、このストラップをつけていたらコレクターに命を狙われるかもな。ふっふっふっ……」
「ちょっとお父さん。柳くんに変なものあげないでよ。バカが出てるよ」
「ふふふ、娘よ。助けてくれた恩人に礼をしないなど、我が人道に反するのだ!!」
俺が公園でずぶ濡れになっている九条さんを見つけて、その後一緒にお風呂に入って、そして家に送ったがお礼をしたいということになり家に上がらせてもらい、そしてそして俺は今たまたま家にいた九条さんのお父さんに絡まれている。
今日一日でいろんなことが起きすぎて、変わり映えのない日々を送っていた俺はどうにかなりそうだ。
「さぁ柳くん、だったかな? 我が家へようこそ」
「お、おじゃまします……」
一応、歓迎されているみたいだ。
九条さんの家はお金持ちというだけあって、置いているものが高いホテルにありそうな置物ものばかり。
「あ、柳くん。お父さん、周りにある置物とか色々他人に触られると嫌な性分だから、あんまり触らないようにね」
「……わかりました」
あんまりというか、絶対触らないようにしよう。
九条さんのお父さんに気に入られたいし。
リビング。おそらく、家族でご飯を食べるため椅子に座らせられた。
対面の2つの椅子の上に座るのは九条さん一家。対して俺は一人。まるで、逆バージョンの三者面談みたいだ。
「それで、君は娘とどういった関係なのかな?」
「俺は九条さんのことが好きです」
「ほほう? それは私たち九条家ということでいいのかな?」
「お父さん、柳くんに意地悪言わないで」
「娘よ。好きだと言ってきている男に下の名前で呼ばれたいと、そうは思はないのかい?」
九条さんのお父さんの言葉によって、味方をしてくれていた九条さんが押し黙ってしまった。
二人が俺の言葉を待っている。
……くっ。こんな状況で、一度も呼んだことない下の名前で呼ばないといけないなんて恥ずかしすぎる。
「凛香、さんのことが好きですッ!!」
「「…………」」
あ、あれ?
なんで黙っちゃうの?
「ふはははっ! 娘よ。どうだ今の気持ちは?」
「お父さんが言わせたからなんとも思わないよ」
「えっ。でも下の名前だよ? 普段お父さんたちにしか呼ばれることのない下の名前だよ?」
「だから自分から言うのと、人に言わされるのじゃ価値が違うって言ってるの」
「がーん。お父さんしょっく」
「柳くんの前でそんなバカな言葉遣わないでよ……。バカなおじさんだって伝えてるのに、もっとバカなおじさんだって思われちゃうじゃん」
バカなおじさんというか、親バカなおじさんにしか見えないけど。
「ごめんね柳くん。こんなバカなお父さんで」
「あ、謝らないでください。俺はく、……凛香さんのお父さんいい人だと思いますよ」
「娘よ! 今柳くんが自ら下の名前で呼んだぞ!」
凛香さんのお父さんは子供のように俺のことを指さしてきた。
それに対して凛香さんはぷいっと顔を横に曲げ。
「お父さんに言われなくてもちゃんと自分の耳で聞こえたもんね」
「がーん。たしかにそうだと思うけど……嬉しくないのかい!? 娘に好意を向けている男から、下の名前で呼ばれたのだぞ!!」
「そ、そりゃあもちろん嬉しいに決まってるじゃ、じゃん」
満更でもない反応に、俺と凛香さんのお父さんはどう反応すればいいのかわからなくなってしまった。
下の名前で呼ばれて嬉しい。そして、嫌いじゃないということはもしかしたら凛香さんは俺のこと好きなのか?
もしそうだとしたら、これ以上嬉しいことはない。
「よ、よしっ! じゃあ柳くん。これからいい部屋を紹介しよう。……娘好きの君にとって、最高の空間だぞ?」
そう凛香さんのお父さんに言われ、連れてこられたのは俺の家のリビングくらいの大きさの部屋。
壁を隠すように棚が置かれており、その中には。
「どうだ。これらの娘の写真は私が撮ったものなんだぞ」
「……すごい」
口から言葉が漏れた。
周りにあるのは、生まれて間もない姿の凛香さんだったり、小学生の頃の凛香さんだったり、中学生の頃の凛香さんだったりの写真だ。
その写真は、家族でないと撮れないような距離感のものばかり。
「ふっふっふっ……。柳くん。これを見たまえ」
「そ、それは赤ちゃん服ですか?」
「あぁそうだ。この赤ちゃん服が誰のものか。聞かなくともわかるよな?」
「っ!? まさか凛香さんの!?」
「そうッ! これは娘が一歳の頃着ていた……」
「お父さん。柳くん」
凛香さんが俺と凛香さんのお父さんの間に割って入ってきた。
ムスッとした顔で俺たちの顔を見てきている。
「もうやめて」
「娘よ。これは娘のことが好きだという柳くんのことを思ってのことで……」
「やめてったらやめて」
俺たち二人はシュンとした凛香さんに部屋から追い出されてしまった。
凛香さんの立場になって、もし俺があんなことされたらどうだろう……。
同じことを言う自信がある。
「柳くん。さすがにやりすぎてしまったかもしれないな」
正面に座った凛香さんのお父さんは、先程までの興奮が嘘のように、ため息を吐きながら俺に話しかけてきた。
俺も少しやりすぎちゃった。
「ごめんなさい。俺も同じように舞い上がってしまって……」
「ふふふ。それなら大人である私も言えることだ。……どれ。娘がこちらに来る前に、柳くんに言いたいことがあるのがいいかな?」
「あっ、はい」
言いたいこと……?
好きな人のお父さんからなにか言われるなんて、嫌な予感が。
「凛香のこと、よろしく頼む」
俺の考えと裏腹に、凛香さんのお父さんさんは机に額を擦り付けるのかと言うほど頭を下げてきた。
「そんなことしなくても……」
「わかっている。おそらく君は私が何も言わなくても、そういうつもりなのだということは。だが、それでも、ここは凛香の親として一つ頭を下げさせてくれ」
「っ」
「少し話してわかったが君はいい人だ。不器用な凛香にはもったいない程にな。――頼んだぞ」
「はい。もちろんです」
真剣な話をしていたが、時計を見て俺はもう親が帰ってきそうな時間になっていることに気付いた。
もっとここにいたかったけど……親になにか怪しまれたら、面倒くさそうなので。
「じゃあ今日は解散。娘の好きなところを語り尽くすのは、また今度にしよう」
「では、お邪魔しました。未だに姿は見えませんが……凛香さんに「また学校で」とお伝え下さい」
「うむ。ではな」
最初はどうなることかと思ったが、見たことのない凛香さんの姿だったり、凛香さんのお父さんを知れて最高の一日だった。
あたりが暗くなっている中。
俺は濃密な一日を振り返りながら、鼻歌交じりに家へと足を進めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「この裏アカが私だってことはバレてなさそう……。よし。じゃあ、次は」
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