第8話



 親密な関係になり、私から父の会社の極秘情報を盗み出させる。

 親密な関係になり、金を巻き上げる。

 親密な関係になり、罪をなすりつける。

 親密な関係になり、騙す。

 親密な関係にならず、ずっと後ろからつきまとう。

 親密な関係にならず、利用される。


 いくら容姿が良くたって、その心は褒められるようなものではない。いや、褒められるものとも言いかえることができる。

 

 ――私は人のことを疑うことができない


 なので昔から何度も何度も何度も何度も、色んな人に利用されてきた。その度に両親から叱られていた。

 そんな絶望の毎日から救ってくれたのが、五十嵐だった。


 「てめぇ、人のこと疑ったことあんのか?」


 初対面でこんなこと言われ、その後私に「疑う」ということを教えてくれた。

 そして、両親に私の疑えないことを言ってくれたのは五十嵐だ。


 それからなんやかんやあり、私のことを理解できるのは、守ることができるのは五十嵐だけなんじゃないかとなり、私は五十嵐から守られるようになった。




  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 




「――ってわけなの」


 急に暗い過去の話をされ、言葉が出てこない。


 「人を疑うことができない」

 俺の裏アカを見つけ、なぜ嫌がるような素振りを見せていなかったのか。

 その理由が大体分かった気がする。


「柳くんは五十嵐より、私のことわかる?」


「もちろんです。俺は九条さんのこと大好きなので」


「ふふふっ、それは心強いわね」

 

 五十嵐が俺に言った「代わりになれ」ということは、「任せた」とも言い換えられるってわけか。

 なんともまぁ、長い間守ってきたというのに軽い男だ。


「五十嵐っていい奴なんですね」


「さっき言ったでしょ? 五十嵐はいい人だって」

 

 話は一段落ついた。

 お互い無言になり、時計の秒針の音が部屋に鳴り響く。


 静かになると「何か喋らないと」と焦るる俺だが、不思議と隣に九条さんを感じていてそう思うことはなかった。


 ――のだが、まだ聞きたいことはある。


 それは「なぜ雨の中、家から飛び出して公園にいたのか?」だ。


 この流れで踏み込んでいい事なのかわからないが、ものは試しだ。

 俺は九条さんの役に立ちたい。


「九条さん。聞きたいことがあります」


「なに?」


「なんで九条さんが雨の中、家を出てきたのかにゃって……」


 最悪のところで舌を噛んでしまった。


「ぷっ。「にゃ」ってなに?」


「「かな」ってことです!」


 バカにされてる。完全に今、九条さんからバカにされてる。

 ……いや、バカにされてるってことはそんな重い話じゃないってことか。


「ふふっ。ごめんごめん。で、何の話だったっけ?」


「……九条さんが雨の中家から飛び出してきた理由です」


「あぁ。それはお母さんに家庭教師を雇われそうになったから逃げたの」


「えっ?」


 それであんな虚ろな目してたの?

 それで俺と一緒にお風呂入ったの?

 

「なにさ。私にとっちゃ嫌なことだったんだよ」


「そ、そうなんですね……」


 家庭教師を雇われるのが嫌で家を飛び出して、俺に拾われて、一緒にお風呂に入って……ってなったからもっととんでもない理由があると思ってた。


 っていうか、九条さんって家庭教師なんて雇わなくても頭良いと思うんだけど。


「もう本当お母さんったら、「あなたはまだ学年一位を取ったことないじゃない」だの「もっと努力すればトップにいけるわ!」だの自分勝手なことばっか言って……」


 こんなブツブツ小言を口にしながら嫌そうな顔をしている九条さん、初めて見た。


「ちょっと、なんで笑ってるの」


 笑ったつもりはなかったが、笑ってたらしい。


「ごめんなさい。別に悪気はないです」


「そんなこと言われたら逆に安心できないんだけど……。あっ、もしかして私のこと子供みたいだって思ったんでしょ」


「いえ。思ってませ、んよ」


「じゃあなんで今ちょっと言葉詰まったの?」


「……ごめんなさい。少し思っちゃいました」


「んふふ。認めればいいの認めれば」


 九条さんは嬉しそうな顔を俺に向けてきた。

 

 これもまた、見たことのない姿。

 距離感がまるでカップルみたいだ。

 ただ体を寄せられているというのに、勘違いをしてしまう。


「流石に、お風呂まで貸してもらったからそろそろ帰ろうかな」


「あ、はい。雨も止んでますもんね」


「ん。じゃあ……」


「俺、送ります」


「えっ? 大丈夫大丈夫。結構近いし」 


「でも、さっきまで家庭教師を雇われるかもしれない状況になって家から飛び出してきた人を、そのまま帰すことなんてできません」


「……私のことからかってるでしょ」


「いえ。全く。これっぽっちも?」


 本当はからかってるけど。


「まぁ柳くんがそこまで言うのなら、仕方なく送ってもらうことにする。でも本当に私の家近いからね?」


「はい。俺は少しでも九条さんと一緒にいたいので、近くたって嬉しいですよ」


「あ、そ、そう。じゃあ行こう!」


 九条さんの家。

 それは俺の家から数回路地を曲がった先にあった。

 

「あの……本当にここなんですか?」


「うん。だから近いって言ったでしょ?」


 俺が聞いたのはそういうことじゃないんだけどな……。


 マンション。それも、雲にとどくのかと思うほど高いマンション。

 ここは超がつくほどお金持ちじゃないと住めないって聞いたけど……。


「あらぬことを聞くんですけど、もしかして九条さんの家ってお金持ち?」


「ん? ま、お父さんが会社を何個か持ってるだけだよ」


 それがお金持ちっていうやつなんじゃ?


「会社を何個か持ってるですか。九条さんのお父さんってすごいんですね……」


「いやいやいや。全然すごくないから。あの人、ただのバカなおじさんだから」


 これはいわゆるテレ隠しっていうやつなんだろう。


 九条さんの普段見ることのない姿を見ることができて大満足だ。


「じゃあ、俺はここらへんで。また学校で会いましょう」


「待って」


 手を引っ張られた。


「よかったら、私のことを助けてくれたさせてくれない?」


 お礼などと言われ断ることなんてできず……。


 俺はなんやなんやと九条さんの家にお邪魔することになった。

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