第7話
前まで、俺は九条さんと全然進展がないと思っていた。が、最近の出来事を振り返り、その考えはなくなった。
あの言葉然り、裏アカの件然り、あんなこと嫌いな人に向けてできるようなことじゃない。
俺の感覚が間違っているのかもしれないけど、九条さんは告白を断ったときのように今俺のことを『保留』しているんだ。隣りにいるにふさわしいのか、見極めているんだ。
クラス一の美少女があれこれ構わず彼氏を作るなんて、思えないからね。
――と、俺は家の周りをぐるぐる散歩しながらか最近の出来事から起こった考えをまとめていた。
最悪なことに今日は雨。傘をさしているというのに、考えることに夢中になってその存在を忘れてしまったりしている。なので、肩が冷たい。
雨の日のジメッとした空気が一番嫌いだ。
そんなことを考えていたのだが家に帰るのではなく、俺はトコトコと気分転換に近くにある公園まで歩いていた。
休日なら人が溢れ返るほど多いこの公園も、今日は誰もいない。
「あれ?」
誰もいないわけではなかった。
一人、雨を凌いでいない女性がベンチに座っていた。
目を凝らしてよく見てみると……。
あれ九条さんじゃない?
「いやいやいや。何やってるんですか」
ずぶ濡れになっている九条さんに傘を向けた。
少し間が空き、生気のない虚ろな目で見上げきた。
こんな顔の九条さん、見たことない。
「なんでも、ないよ。ただ家が嫌になって、出てきた、だけで……」
無理をしているようでたどたどしい返答だった。
聞いたことのない弱まった声。
見たことのない落ち込んだ顔。
知らない九条さんの姿。
俺は好きな人がこんなことになっているのを、雨が降っている公園で放っておくことなんてできない。
「ちょっと家に来てください」
九条さんは抵抗することなく首を縦に振り、俺の家に来てくれた。
今日がたまたま俺以外の家の人が外出していてよかった。
家に入れ、まず最初に風邪を引かれたら困るのでお風呂に入ってもらった。
……と、言っても中々自分で入ろうとしてくれなかったので、俺が目隠ししながら一緒に入ることになった。
「く、九条さん。お湯当たってますか?」
「……うん。ありがとう」
視界が真っ暗でどうなっているのかわからないが、俺の前に座っているのは裸の九条さんだ。
白い肌をさらけ出している裸の九条さん。
そう考えると、頭の中が裸の九条さんでいっぱいになって……。
「えっ?」
目隠しが取れた。いや、目隠しが取られた。
目の前にいるのは手に目隠しを持った、裸の九条さん。
想像よりシュッとした体つきで胸が大きくて、足が……って!
「何してるんですか!?」
「? 目隠ししたまま体を洗うなんて、そんなことできないでしょ?」
「い、いやそうなんですけど……。九条さんはそれでいいんですか? 俺、九条さんのこと好きなんで体ねっとりと見ちゃいますよ」
「ふふふっ。見たいのなら、見たらいいんじゃない? 私の裸なんて見たら減るようなものじゃないし」
裸を見られていることに一切恥ずかしいと感じていない九条さんは、椅子に座って俺のことを待っている。
見たら減るようなものじゃないとは言ってるけど、大切な何かか減る気がするんだよね……。
九条さんが目隠しを外してきたので、俺はどうしょうもなくなってしまいそのまま体を洗うことになった。
というか、俺が体を洗うこの状況もおかしい気がする。
体を洗う専用の布を泡立て、九条さんの洗う。
どうやら力加減が良かったのか、「はうぅ……」と気持ちよさような声が漏れていた。
「前も洗って?」
「……っ!?」
九条さんたっての希望だったので抵抗なんて、しなかった。決してやましい気持ちがあったわけではない。うん。
無意識に胸を揉むように洗ってしまったり、お腹を撫で回すように洗ってしまったり、太ももを手で洗ってしまったりと、完全にライン超えのことばかりしてしまったが、九条さんに一度も怒られることなく終わった。
九条さんに言われなかったので、さすがに体を拭くところまではできない。
「……ふぅ。ありがとう」
無言でココアをちびちび飲み始め、体が温まった九条さんが最初に口にしたのは感謝の言葉だった。
「いたいだけここにいていいですからね。ゆっくりしていってください」
「うん」
俺がいつも横になってテレビを見ている場所に、同じように九条さんが横になっている。
好きな人がいつもいる場所で横になってるって考えると……なんか嬉しい。
って、九条さんは苦しんでいるのに俺ってやつはなんて邪なこと考えてるんだ。
「はぁ」
ため息が聞こえてきた。
スッと心が引き締まり、なぜか俺は九条さんが横になっているソファの前で正座してしまった。
「どうしたの?」
「え、いや、反射的に……」
「ふふふ。なにそれ」
ずっと虚ろな目だった九条さんが笑ってくれた。……笑われたけど。
明らかにおかしな状態の九条さん。
もしかしたら、五十嵐が九条さんのことを気にかけていた理由はこうなることがあるからだったのか?
「九条さん」
「ん?」
「九条さんって俺と関わる前、なんで五十嵐がボディーガードみたいになってたんですか? 最近はただの幼馴染みたいな距離感ですけど……」
「あぁ。五十嵐は私のことを心配してくれてたんだよ。ほら、今の私を見たらわかるでしょ?」
どうやら俺が思ってたことがあっていたようだ。
そんなことよりも、俺が今の状況を再確認させてしまったせいで空気が重くなっちゃった気がする。
「そ、そうだったんでんすねぇ〜……。俺はてっきり、五十嵐は九条さんのことが好きなのかと思ってました」
「五十嵐が私のこと? ふふっ。それはないよ。だってあの人彼女さんいるもん」
「えっ!? そうだったんですか?」
「うん。柳くんの五十嵐の第一印象は最悪だったかもしれないけどあの人、気遣いができていい人なんだよ?」
「へー……」
たしかに、俺と九条さんのことを応援してくれているのでいい人に違いない。
「あ、でも柳くんもわかると思うんだけど、目的の為なら暴力も厭わないってところはちょっと良くないと思う」
「俺もそう思います……。あの、胸ぐらを掴まれたときめちゃくちゃ怖かったんですから。あんなの、普段の俺がされたらすぐ泣いてましたよ」
「でも私のことを思って泣かなかったの?」
「はい」
「そ、そう。柳くんってすごいね」
九条さんに褒められたのなんて初めてだ。
「うへうへ」と浮かれていると、体を起こした九条さんに隣においで、と手招きされた。
断る理由もないので隣に座る。
お尻にモワッと温かさが伝わってきた。
「なんで隣に呼んだんですか?」と、聞くような雰囲気ではなく。
俺はただ隣にちょこんと座っていると。
「っ!?」
右肩に九条さんが寄りかかってきた。
「柳くんって意外と体がっしりしてるよね」
「い、一応鍛えてますから」
「ふ〜ん。隠れマッチョってやつ?」
「いや、そんなマッチョっていうほどじゃないです。ただ痩せてなくて、太ってもないだけですよ。こんな体、多分同級生の中から探せばいくらでも見つかりますよ」
「別に私は筋肉マニアじゃないよ?」
ちょっと変態なんじゃないかと思ってしまった俺を殴りたい。
「私はね、柳くんの体ががっしりしててすごいなぁ〜って思ったの」
「……はい」
「ん? それだけだよ」
「そうだったんてすか。俺はてっきり、九条さんは筋肉マニアで俺の体がその目に叶ったのかと思いました」
「筋肉って……。私、男の人の体を見てよだれを垂らすような女じゃないからね。あ、よだれは垂れるから今のやっぱなし」
どうやら九条さんは変態らしい。
こんな姿、クラスの中じゃ絶対見せない姿だ。誰も知らないことを俺が知ってるって思うと、特別感があって嬉しい。
数秒の沈黙後。
「ちょっと柳くんに聞いてほしいことがあるんだけど」
真面目なトーンで話しかけられた。
空気が引き締まったのを肌で感じた。
浮かれていた心を沈め、真剣に九条さんの話に耳を傾ける。
「実は私――」
淡々と突然語り始めたその内容は、なぜ五十嵐に守られないといけなかったのか。その理由だった。
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