第6話



 一度やめた裏アカの投稿は、今では通常運転に戻っている。

 最初はこれが本人に見られてると思うと恥ずかしかったが、今ではそんなこと一切思わなくなった。


『好きでぇ〜好きでぇ〜』

『今日の制服姿もかわいかった』

『ドキドキしちゃった。好きすぎてドキドキしちゃった……。片思いじゃないのかな』

『なんで好きなのかって聞かれても、明確な理由を答えることができない気がする。ただひと目見たときからあの人のことが好きで、好きで、好きで。強いて言うのなら、一目惚れかな』


 ちゃんと一つ一つ心を込めて投稿している。

 

 こんな、愛のメッセージを投稿するだけなのが、フォロワーが1000人を超えているのは謎でしかない。

 投稿したとこのメッセージを見てみると、俺のことをストーカーだと思っている人たちが多い。

 

 『キモデブのこどおじが調子のるな』とか、『今すぐあなたのことを警察に通報します』とか、『キモすぎワロタ』とか。


 批判的な内容ばかりだが、こんなネットにはびこるウジ虫なんか視界に入ってこない。俺はただ密かに愛のメッセージを投稿しているだけなので、他の人からの反応なんてどうでもいいのだ。

 

 寝る前にベットに仰向けになりながら、新しい愛のメッセージを投稿するのがいつもの日課。

 うとうとしながら打ち込む言葉が、一番自分のことをさらけ出していて好きという気持ちを発散できる。


『まるで俺と彼女は透明な糸で引っ張られているようだ。もう、出会ったのが運命としか考えられない。……ありがとう。神様』


「よし」

 

 今日の投稿はここまで。

 次にやるのは、DM(ダイレクトメッセージ)に届いたメッセージの返事……と言う名の布教活動だ。

 

 大体DMに来るのはおじさんやおばさんたちの説教ばかり。それらを論破して、九条さんの魅力を伝えているのだが……いつもなぜかブロックされてしまう。

別アカを作って、何度も魅力を伝えるとなぜかいつも相手のアカウントが消えてしまう。

 BANされたわけてはないので、そういう人たちは九条さんの魅力に気付いたということにして自分を納得させている。

  

 今日は土曜日なので、布教活動はやり放題だ。

 そうしてこうして今日も布教活動をしようかと張り切っていたのだが、届いていたDMの送り主を見て驚愕した。


「は!?」


 アカウント名は『九条さん@裏アカ』だった。

 ちなみにアカウントが作られたのは今日。

 現在時刻は深夜の1時20分を回っているので、ついさっき作ったのだとわかる。

 

「バレないとでも思ってるのかな……」


 送ってきたDMの内容は――『あなたは片思いしている人のこと、どのくらい好きなんですか?』

 まるで俺を試すかのような質問だ。


 気付いていないフリをして返信する。


『好き、という言葉ですべてを表せないくらい好きです。もう俺の人生の中であの人がいないということは考えられないです』


 返信すると待機していたのか、数十秒後にまたDMが来た。


『あなたがあの人に対して抱いている気持ち、というのは好きという感情だけなんでしょうか? アカウントの投稿を見て、『かわいい』や『好き』などという言葉を目が腐る程みてきました。差し支えがなければ教えて頂けませんか?』

 

 たしかに九条さんが言う通り、俺の愛のメッセージはその2つばかり投稿していた気がする。


 もっと別の言い方を求めているのかな?


『もちよんあの人に対して、いろんな感情を持ってますよ。例えば、『綺麗だな』とか『一緒にいてあげたいな』とか。ですが、このアカウントでそれらを投稿しないのは愛の発散をするときにあまり使わない言葉だからです。……たまたま使っていないだけで、好きという気持ち以上に好きなので安心してください』


『そう。よかった。てっきり柳くんが私の……』


 返信し終え俺の名前をごく普通に打っていたことに気付いたのか、そのDMはすぐ消えた。


『今の見ました?』

 

『えっと、俺さっきまで飲み物を注ぎ足しに行っていたので見れてなかったです。なにかあったんですか?』


『あ、いや、なにもしてないよ』


『そうですか。ならちょっと俺の方から質問したいことがあるんですけど』


『……なんです?』


 さっきからメッセージのやり取りをしているのは、九条さんに違いない。

 多分まだ九条さんは俺に気付かれていないものだと思っている。

 それを逆手に取って……。


『少しあなたの意見を聞きたいのですが、片思いをしている人ってどういうふうに見えますか?』


 返信はすぐ帰ってこず、俺がうとうとし始めた数分後に帰ってきてきた。


『かっこいいと、そう思います』


 眠気が一気に覚めた。

 予想打にしない回答に、仰向けになっていた体がピーンと張ってしまった。

  

 九条さんが『かっこいい』なんて言ったの初めて見た……。

 深夜テンションで色んなことを言ってくれそうな今なら、深掘りするチャンスなのでは?  


『そのかっこいいっていうのは、具体的な理由があるんですか? 何分俺は片思いをする側の人間でして。の言葉でいいので、教えてもらえませんか?』


『教えることなんてないです! かっこいいはかっこいいだけなんです!』


 まるでテレて、言い捨ているようだった。

 

 その後、何度もねちっこく質問攻めをしたが、九条さんから返信が帰ってくることはなかった。

 テレたような返信は数分後削除されたが、俺はちゃんとスクショを取っていたのでまだ見ることができる。

 

「ふふっ」

  

 九条さんがわかりやすい裏アカを使って、俺にDMを送ってくるなんて今考えてみてもよくわからない。

 こんなことをするなんて本当、かわいい。

 できればいつか、現実でもテレる姿を見てみたいものだ。


 俺はそんな期待を胸に、重いまぶたを閉じた。

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