第5話



 俺が裏アカで九条さんへの愛のメッセージを投稿していることを知った五十嵐は、まるで胸ぐらを掴んできた日のことがなかったかのようにしている。


 五十嵐は「応援してやる」と言っていた通り、俺と九条さんの距離が近くなったことに気付いたクラスメイトを、うまく言いくるめたりしてくれている。


 いい奴なのかもしれないが、俺はいつ裏アカをバラされるのかビクビクしながら生活していた。


「でも、柳くんってどっちかというとビシッとした感じの服のほうが似合うんじゃない?」


 前の席に座っていた橋本の声に現実に戻された。


「ごめん。何の話してたっけ?」


「もぉ。さっきまで柳くんが、俺ってどういう服が似合うかなぁ〜……って言ってたから一緒になって考えてるんじゃん」


「あ、そっかそっか。服ね」


「なんか最近、なにかに怯えながら生活してない?」


 さすが俺の唯一の友人。

 異変に気付くのが早い。


「怯えてはいるけど……。橋本がどうにかできることじゃないから、あんま心配しなくていいよ」


「……それならいいんだけど」


 そういえば、あの一件から九条さんと関係が進展していない気がする。

 変わったところは登下校のときなぜか九条さんに遭遇する、ということくらいだろうか。


 俺からは何もできていない。


「でも、やっぱりネクタイとかもいいと思うんだよね」

 

「橋本」


「な、なぁに?」


 こういう時は恋愛の先輩に話を聞くのが先決だ。


「橋本って最近さんといい感じ?」


「へっ? 何さいきなり……」

 

「そりゃ、橋本と彼女さんを繋いだ恋のキューピットである俺はあれからの進展が聞きたいんだよ」


「……ま、まぁそれなりにカップルできてると思うよ」 


「ほうほう。それで?」


「それで? うぅ〜んと……。柳くんって僕からどんなこと聞きたいの? この質問、絶対僕のことじゃなくてのことを聞きたいんだよね?」


 どうやら恋愛の先輩は俺の考えなんてお見通しだったらしい。


「――と、いうわけで女の子と関係を進展させる方法を教えてほしいんだ」


「そうだなぁ〜……。やっぱりどんな女の子でも、きゅんきゅんするようなことをされたらイチコロだと思うよ」


「そのきゅんきゅんするようなことって?」


「例えば相合い傘をしたり、壁ドンとか、キスとか、悪い人から「こいつは俺の女だッ!」っていう感じで助けてもらったりとか、「俺から離れるんじゃねぇぞ……」って抱きしめられたりとか」


 普段は落ち着いているのに、妙に早口だ。

 

「橋本って意外と頭の中は少女漫画で埋め尽くされてるんだな」


「ぼ、僕は少年漫画しか読まないからね!?」


 橋本は慌てて否定してきたが、あんな早口できゅんきゅんするようなことを教えられた俺には苦し紛れの嘘にしか聞こえなかった。




  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 



 

 きゅんきゅんするようなことをしなければいけないらしい。

 「頑張ろう……」「どうしようか……」などと考えているうちに、いつの間にか教室には誰もいなくなっていた。


 窓からオレンジ色の光が差し込んでくる。

 どうやらもう下校の時間らしい。


「やっぱ俺はダメダメだなぁ……」


「そうかな。少なくとも私はそう思わないけど?」


 なんで後ろに九条さんがいるんだ?

 気付かなかった……。


「いつからそこにいたんですか?」


「柳くんがう〜んってなにか神妙な顔で考え始めたところからかな」


「それって最初の方じゃないですか」


 九条さんは思っていた反応で嬉しかったのか、「むふふ」と笑いながら橋本の椅子に座ってきた。


 これは俺たちの関係を進展させる、絶好のチャンスなのかもしれない。


「俺から離れるんじゃねぇぞ……」


「いきなりどうしたの?」


 どうやらこういうことのを言うのは、それ相応の場面ではないといけないらしい。


「な、なんでもないですよ。気にしないでください……」


 そもそも人に助言してもらった方法で、九条さんのことをきゅんきゅんさせるなんて無理がある。


 おそらく誰もが目を奪われる美貌の持ち主である九条さんなら、そんなこと言われ慣れているだろう。


「気にするつもりはないんだけどさ……。さっきから柳くんの眉間にシワができてるから、どんなこと考えてるのか気になっちゃうな」


「かわいい」


 あ。

 いつも頭の中で考えてることが口に出ちゃった。


「私の考えてるところがかわいいってこと?」


 不服そうに「むぅ……」と唇を尖らせてきた。


 九条さんの前で、嘘なんてつけない。


「はい。そうです」


「……馬鹿にはしてないよね?」


「も、もちろん。当たり前じゃないですか。かわいいっていうのは、文字通り九条さんがかわいいって意味ですよ?」


「そっか。それなら別にいいんだけど」


 九条さんはほっと息をついた。


 ……今更すぎる疑問だが、九条さんは俺のことをどう思っているのだろうか? 


 裏アカでずっと思いを投稿されてた、というのに避けてこないということは、嫌いというわけじゃないと思うんだけど……。


 ここは思い切って聞いてみるか。


「九条さん!」


「おわっ。なに?」


「……九条さんって、俺のことどう思ってるんですか?」


「中々踏み込んだ質問するね」


「あ、いや、答えたくないのならこたえなくてもいいんですけど……。ただ、このまま放置されているとその気があるんじゃないかって勘違いしちゃいますよ?」


「柳くんって、告白してくるまでは時間かかったけど振り切っちゃえば大胆なこともしてくるんだね。私、そういうところ好きだよ」


 「好き」その言葉のせいで俺の心が飛び上がってしまった。

 こんな好意的なこと言われると思ってなかった。


「私は柳くんのこと――嫌いじゃないからね」


 もうそんなこと言われたら、好きって言われているようなもんじゃん。


 俺の頭は決してそういう意味で言ったわけじゃない、と思いながらも九条さんの言葉を勝手に変換してしまう。


「あれ〜? 柳くんどしたの?」


「あ、あ、あ、はい。ごっ、めんなさい。九条さんがこんなこと言うとは思ってなかったので、嬉しくてつい……」


「嬉しいのは私の方だよ」


 そう言いながら向けてきた顔は、俺のような陰キャには余るような満面の笑みだった。




  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 




「……よし。これで私の裏アカ完成っと」

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