第4話



 五十嵐に「今に見てろ」と、言われビクビクしながら過ごしていた。――のだが、特にこれといった嫌がらせはされなかった。

 強いて言うのなら、九条さんのことを見ようとしたら五十嵐に睨まれたくらいだ。


 最初話しかけられたとき、俺は五十嵐が自分の幼馴染が取られそうになったので脅してきたものだと思っていた。だが、もしかしたら本当に九条さんのことが心配になっただけなのかもしれない。

  

 そんなことを考えていたのだが――お昼休み。

 俺の考えは一瞬で覆された。


「いい加減にしろ」


 体育館裏。

 光が差し込まない薄暗い場所で、五十嵐に胸ぐらを掴まれた。


「てめぇ、懲りてねぇみてぇだな。九条に関わるな。少し前そう言ったよな?」


「っ。あいにくとそれは無理なこと、だ」


「無理じゃねぇんだよ!」


 胸ぐらを掴む力が増し、息が苦しい。


 どんなことをされても俺は九条さんのことが好きだ。この程度のことで屈するか。


「あんたなんかで俺の九条さんへの思いがなくなるわけがないだろっ……」


「チッ。いつものような賢い野郎ならここで手を引くが、どうやらお前はバカだったらしい」

 

「あぁ。九条さんのことが好きすぎてバカになっちゃったかもな」


「バカが。恨むんなら、バカなてめぇを恨め」


 ギュッと握った拳を振り上げられた。

 五十嵐の獣のような威圧感のある瞳を前に、抵抗する気になれなかった。


「ゴミ虫が」


 殴られって九条さんのこと好きでいるから……!


 目をつぶり覚悟を決めたが、拳が頭に当たらなかった。


「ちょっと待って」


 寸前に九条さんの真剣な声が聞こえてきたからだ。

 

「え」


 恐る恐る目を開けると、そこには今にも俺の頭に当たりそうな五十嵐の拳を止める九条さんがいた。


「九条、てめぇなにしやがる。こいつはお前のことをつきまとう野郎で……」


「柳くんはそういうのじゃないの」


「んなわけねぇだろッ。こいつは」


「ただ私のことが好きなんだよ。ね? 柳くん?」


「え、あ、はい」 

 

 よくわからないけど、九条さんが五十嵐のことを止めてくれたんだ。


「好きって……。んなの、いつものことだろうがッ! どうせこのあとてめぇのことを利用するに決まってんだろッ!! 昔のこと、忘れてるわけじゃねぇだろうな!?」


「忘れるわけ、ないよ」


 荒ぶっている五十嵐に対して、九条さんは目を伏せて答えた。


「だったらどうなるかわかるだろうが!」


「だから、柳くんはそういうんじゃないの。……柳くん。ちょっとアレ見せてもいいかな?」


 片手にスマホを持っている。

 まさか、裏アカを五十嵐に見せようと?


「そ、それはちょっと恥ずかしいというか……」


「恥ずかしくても、見せないと多分五十嵐は柳くんが思ってること伝わらないと思うよ?」


「でも」


 俺がグダグダしていると、堪忍袋の緒が切れたのか五十嵐は眉を釣り上がらせた。


「なにかあるんなら早く見せろ。待たせるな」


「み、見せてもいいですよ……」


 完全に威圧され言わされた。


「五十嵐に見てほしいのはこのアカウントなんだけど……」 

 

「アカウント?」


 先ほどまで怒りに身を任せていた五十嵐だったが、俺の裏アカを見始めた途端、顔色が怒りから恐怖へと急変した。


「な、なんなんだよこれ……」


 俺のことをチラチラみながら裏アカの投稿内容を確認してきた。


「『かわいいかわいいかわいい……』『好きだけど好きなんだ。好きすぎて、好きになりそう』『あの人が俺に振り返ることがあるのかはわからない。あの人がどんな人なのかもわからない。けど、俺はあの人のことが何を犠牲にしても助ける覚悟がある』」


 投稿内容を口に出し、俺のことを見る目つきはストーカーを見つけてしまったときのそれだ。

 

 たしかに五十嵐の反応を見て、投稿内容はかなりパンチが効いているとは思うけど……。犯罪者として見られるのは侵害だ。


「俺はただ九条さんのことが好きなんだ」


「――――」


 口をぽけーっと開け、呆けた顔になっている。

 胸ぐらを掴んだ凶暴な五十嵐はどこにいったんだよ。


 最初から言っている気持ちをもう一度伝えただけなのに、なんでこんな反応されないといけないんだ? 

 

「く、九条。お前はそれでいいのかよ……」


「えぇ、もちろん。だから私は柳くんの味方をしたの」


「正気だとは思えねぇよ」


「ふふふっ。なんで? 私のことが好きな人の味方をして、なんで正気を疑われてるの?」


「――お前がそういうやつだったの久しぶりに思い出した」


「?」


 九条さんの頭の上には「?」が浮かんでいる。ちなみに俺も同じく五十嵐の言っていることがわからない。


 疑問に頭を悩ませていると、九条さんと話していた五十嵐が俺の元まで歩いてきた。


「柳つったな」


「あぁ」  


 五十嵐は九条さんに聞こえないようにするためか、小声で喋りかけてきた。


「九条がああ言ってんだ。俺はこれ以上お前らの邪魔はしねぇ。なんなら、応援してやる」


「そ、それはどうも」


「だがなぁ、お前が好きだっつうなら俺の代わりしよろな」


「わかった……?」

 

 代わりってなんのことだ?

  

 五十嵐は一方的によくわからないことをいい投げ、校舎の方に歩いて行ってしまった。

 それに続いて九条も「約束あるんだった!」と言って、走ってどこか行ってしまった。


 誰もいなくなった体育館裏。

 一人残された体育館裏。


 俺の心は五十嵐に「応援してやる」と言われたこともあって、やる気に満ち溢れていた。

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