第3話



 登校中は親しげに話してくれた九条さんだったが、学校に入った途端距離を取ってきた。

 多分それは周りから見られる俺のことを気にしてのことなんだろう。気を遣ってくれて嬉しいけど、一日で詰めることができた距離をなかったようにされて少し寂しい。


 ――のだか、九条さんは俺のことを完全に他人のように接してはこなかった。

 授業中たまたま目があったら小さく手を振ってくれたり、廊下でたまたますれ違ったら微笑んでくれたり。たしかにそこには、昨日築き上げた関係値があった。


 告白したことによって学校生活が少し前と比べ物にならないほど、綺羅びやかなものになった気がする。


「はぁ……」


「どうかした? なにかあったのなら僕が話聞くよ」


 現実が夢のようで吐いた喜びのため息に、正面から心配の声が聞こえてきた。


 まるで男のような短髪。一人称や、喋り方、仕草が男のそれ。声を聞かず、姿を見ず、これを活字のみで表していたのなら男と勘違いしてしまうだろう。

 どれだけ男のように振る舞っていても、胸の凹凸や高い声を偽ることはできない。 

 

 そんな、男のような女である――橋本芽依はしもとめいは俺に心配そうな瞳を向けてきた。


「大丈夫だよ」

 

「そっか……それならいいんだけど」


 橋本は俺が唯一、高校でできた友達だ。

 たまたま最初の席が近かった、というのもあるが橋本から話しかけてきてくれたおかげでこうやってお互いのことを心配できるようないい友人になっている。


「橋本って本当、いいやつだよなぁ〜」


「な、なにさいきなり。褒めたって何も出てこないよ」  


「いやいや。ただ褒めてるだけ……」 


「そうなんだ。……それって、僕に魅力があるってこと?」


「あぁ。橋本の魅力は宇宙のように無限にあると思う」


「へっ、へへ。そうかなぁ〜?」


「俺が嘘を言ってると思ってるの?」


「ふへへ。思わなぁ〜い」


 普段俺と喋るとき以外はツンツンして男のように振る舞っているの橋本の、とろけた顔はいつ見ても癒やされる。


「お」

  

 ちょうど橋本が顔を前に向き直したとき、九条さんと目があった。

 あっちは数人でなにか喋っているみたいで、手を振れる様子ではないがじーっと見つめてくる。


 どうすればいいのかわからなかったが、ニコっと微笑んだら嬉しそうに微笑み返してくれた。

 なんでこんな俺に優しくしてくれているのかわからないが、俺は好きという気持ちが今にも爆発しそうだ。


 早速トイレに行って、裏アカに愛のメッセージを投稿することにする。


『好き好き好き好き好き好き好き好き好き』

『なんであんなに!!!!』

『愛してる。本当に愛してる。まじで愛してる』


 ふぅ。


 愛のメッセージを投稿しおえ、トイレから出た。

 そのとき。


「どういうことだ」


 同じクラスの――五十嵐京いがらしけいが睨みながら声をかけてきた。

 

 たしか五十嵐は九条さんの近くで、いつも喋ってる男だ。まさか、この間みたいに俺の裏アカがバレたのか?


「なにかしたか?」


 まだなんの理由で話しかけれたのかわからないので、陰キャだと舐められないように強気に言葉をかける。


「チッ。なにかしたか? じゃねぇよ。聞いたぞ。……お前、今日九条と一緒に登校したらしいな」


「あぁ」


「どんな方法を使ったのか知らねぇが、どうせろくな方法じゃねぇんだろうな。――今すぐ九条から離れろ。そうすりゃ、俺はお前に何もしねぇよ」


 完全に脅されているが、俺は好きな人から離れろと言われ冷静な判断ができなくなっていた。


「あんたは九条さんのなんなんだよ」


「あぁ? 幼馴染だわ」


「……なら、あなたが俺と九条さんのことを止めるのはお門違いなんじゃないの」


「んなわけねぇだろ。俺はなぁ、これまで何度も何度も九条に引っ付くゴミ虫を踏みつけてきたんだわ。大事な幼馴染にクソみてぇな思いしてもらいたくないねぇんだよ」


「……まさかあんた、九条さんのこと狙ってるのか?」


「違ぇわッ!」


 迫力のある声に思わず足が一歩下がった。

 いくら虚勢を張っても、俺は陰キャのまま。

 これ以上の言い合いは無理そうだ。


「あんたが俺のことを踏みつけたくても、俺はそんなことされないから」


「ッ。今に見てろ」

 

 睨み返し、五十嵐に背中を向けた。後ろから聞こえる足音が遠のいていく。


「はぁ……」


 教室にも戻る足取りは、トイレに行くときと比べ物にならないほど重かった。

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