其の三八 俺、そして未来へ。
人間・****:****・アメジスト
決闘申込みから数分後、私は始まった戦いを草葉の陰から観察する。
或いは、始まってしまったと言うべきか。
ソレが始まったその時は確信がなかったけど、今こうして目の当たりにすると最早揺るぎの無い事実に変わる。
私がソレを感知した時、不思議な事に、私は肌で感じていた。
風圧や気温の変化だったら、天狗や雪女の方が遥かに大きい。
新人の妖狐如き、彼女らと同じ物差しで測られるような出力でも無い。
なのにそれを感じた訳は。
《………》
私には分からなかったけれど、ルビーに聞いたら、きっと彼なりの持論を聞かせてくれることだろうか。
彼だったら、『研ぎ澄まされた嗅覚だな』とか言うのだろう。
それも間違いでは無いのかも知れないけれど、オカルトやそういう類の精神論がいまいち嫌いな私は、もっともに思える理由を捻り出せない。
だって、目に見えないモノなんて………いや、何でもない。
話を戻そう。
戦いが始まったのは、私が到着して割と直ぐだった様で、彼等はお互いに睨み合っている。
円形に刳り貫かれた大木の穴から風が通り、その刹那、狐の少年が氷片を飛ばす。
《………ハァ》
………アレは悪手だ。
相手は自分の力をある程度知っていて、此方は推測するしかない状態。
そして、見るからに筋骨隆々の大鬼の妖力量は大きく、恐らく狐の少年の妖力量はそれにはまだ及ばない。
その相手に対して、小手先の技術だけでチマチマと削るのは、今は悪手だ。
相手に時間制限があって、此方は守りきれば勝ち、みたいな状況でも無い限りは。
その攻撃に対して、大鬼は拳を振り抜くことで対応しようとする。
《ハァ………》
アレも悪手だ。
自分の力にどれだけの自負があるのか分からないが、妖怪に対しては悪手。
不確定要素の塊である妖怪に対して、見たことのない攻撃に真っ向からぶつかるのは駄目。
トロン君にそこまで応用力、行動力があるのかは分からないけれども、他の妖怪だったらこの一手で詰ませることも可能だろう。
特にあの戦闘狂の雪女だったら、普通に攻略してもおかしくはない。
天狗は………物理でゴリ押すだろう。
例を挙げればキリがない。
それに、さっきから見ていたが、あの大鬼は動き方が単調過ぎる。
あれならトロン君の方がまだマシな動きをする。
部隊長としての訓練しかしてないのか分からないが、個人戦の経験はほぼ無いと見た。
正しく、自分の腕を振るう事しか考えていない。
腕を使うのは間違いでは無い。
問題なのは、腕を活かす動きが出来ていない点だ。
それさえなんとかなれば、割と良いセン行くと思うんだけど。
「………フンッ!」
振り抜かれた太い腕が空気を切り、氷片を砕く………かと思いきやそうはならない。
氷は圧縮された様な形になり、近くで舞う。
なる程。
粗方あいつの特性は理解出来た。
となると、私はあいつとの相性が良い事になる。
物理的攻撃手段以外で攻撃を与える者、或いは何らかで腕を無力化出来る者なら、普通に問題無くして対処出来る。
私はどちらかと言えば後者だし、前者も兼ね備えている。
なので、やろうと思えばいつでも誘導して処分するのは可能だ、誇張でなく。
さて、どうしようか。
「………うぅん」
見つからないのは分かってるけど、一応小声で呟く。
唸ったのは、悩みからだ。
このまま妖狐に任せるべきか、それとも私が手を貸すべきか。
エメラルドなら『もうどっちでもよくない?』とか言うのだろう。
時間が厳しいのなら、私がやつを引き付けて遠ざけ、トロン君に先に行かせることは出来る。
少なくとも強制撤退まで追い込むことは可能だろう。
然し、それで良いのだろうか。
ボスの命令もある。
下手に手を出すべきでは無い、それに私が必要以上に出張るのも、狐の彼に失礼だ。
決めた。
もう三分だけ様子を見て、それでもしどちらかに戦況が傾いていなかったら問題無い。
けど、彼等が拮抗していたとしたら、申し訳ないけど、私が割って入ろう。
それがきっとトロン君にとっての次善策。
奏ちゃんを助けるのが目的なら、最悪自分の手でなくても問題無い。
そうだ、最初に私達のボスが行動する事を決めたのは、彼のお陰だ。
なら、私の存在も彼の影響の一つ。
奏ちゃんを助ける為のファクターの一つ。
なら、それはもう彼の手柄と言っても問題ないだろう。
そう、思っていたが。
私が思考を加速しているほんの数秒の間に、狐の少年は姿をくらませていた。
「………!」
隠行に精通した私でなければ、彼が何処にいるのか分からないだろう。
実際、ルビーあたりにも『冷静でなくて注意が逸れている』状況なら通用しそうではある。
………ま、私でもアイツの隙を突くのはムズいから、トロン君にはまだ無理だろうけど。
《でも、これは、ひょっとしたら………》
見やると、トロン君は、木の上に止まったまま何事か集中している様子。
そして、数秒も無くして彼は飛び降りた。
<>(^・.・^)
ソレは九つの尾を持つ、摩訶不思議な狐の姿。
彼の名をトロン。
炎と氷、そして風を使い熟す妖狐である。
鬼の名はナサニエル。
猛進の両腕を振るう鬼の豪将である。
今の様子を言い表すなら………まるで『絵巻』だろうか。
アヤカシ物語の一場面、妖狐と大鬼の決戦。
方や、禍々しい紋様を丸太の様な腕に浮かべ。
方や、怪しく揺らめく尻尾をざわめかせ。
構図は、狐が上、鬼が下。
鬼が狐の襲撃を喰らっている場面だ。
「………フッ!」
声にならない息を漏らしながら、狐の少年は空中で回転する。
勢いを付けるように回転するその姿を見たものは、須らく『九尾の妖狐』そのものを想起するだろう。
概念的なものではあれど、各人にハマる妖狐のイメージ。
彼が人間よりも狐に由来する身体能力を強く発動させた結果である。
さて、その回転がなんの為にあるかというと。
ドッ………!
「………!?」
鬼の顔が衝撃に歪む。
振り抜かれなかった彼の腕は、権能は無けれどしっかりと狐の攻撃を止めていた。
だが、どうだろう、彼の腕は中枢神経に強い衝撃を伝えてくる。
理由は、狐の尾が鈍器となっていたからである。
九本ある尾の全てに、ある程度の厚さの氷をコーティングしている。
残念ながら、それらには罅が入り、直ぐに壊れてしまう。
だが、その動揺を見逃す程に狐は優しくない。
叩き下ろした尻尾を掴まれない内に素早く引く。
そしてそのまま空中から蹴りを繰り出す。
体ごと風で回転させた一撃は、通常の人間一人はゆうに壊せる威力を持つ。
さながら旋風の如き一撃。
「………チッ」
しかし、大鬼はすんでの所でソレを躱す。
即座に身を屈ませ、蹴りの軌跡から身体を外す。
自分よりも速い一蹴を避けきれたのは、ひとえに今までの経験からなせる技。
トロンでは、絶対にナサニエルに及ばない要素。
鬼が彼なりに努力してきた結果である。
それを覆すのは、厳しくはあれど、不可能は無い。
妖狐は、そう踏んでいた。
「………オォッ!」
「クッ、ソッ………硬いな!」
然し、意表を突いた不可避の一撃でも、依然として鬼の猛威を止めるには至らない。
鬼は太い両腕で薙ぎ払い、狐を遠ざけようとする。
飛ばされた狐が、空中で回転して着地したその時、鬼の右腕が振りかぶられる。
その時、狐は。
「………」
無言で氷片を作成、ナイフ形のそれを空中にばら撒く。
目くらましか、そう思った鬼がそのまま突っ込もうとすると、狐は次のステップへと移る。
それは、バック転。
背後に何もない事を確認したトロンは、大きく一回転。
そして、九本ある尻尾で、氷片を一斉に叩く。
元々痛覚が通っていない尻尾が少し切れ、短く切断された銀白色の毛並みが宙に舞う。
すると、どうだろうか。
無数の小型ナイフ氷片が、まるで散弾銃の様に放たれる。
直接押し出す事での加速、そして妖力で風を吹かせての加速。
そして氷と風の力二つを同時に扱うのは不可能なトロンだが、このようにして段階的になら頭の処理が追い付く。
特に風は、方向や強さ、大きさや出発点等、考える事が多いので、今のトロンにはまず不可能。
然し、直接触れ、そして何も考えずに直線的に飛ばすだけならば、何とか把握出来る程度の技術は備えていた。
自由度は高く、役に立つ場面も多い、それが風の力。
彼の師匠、天狗の少女の教えであった。
無論そのような事をするには精神的なゆとりは必須で、狐の少年の強みはそこである。
自分よりも遥か格上の相手を、如何にして出し抜くか。
ここ数日のトロンの成果の一つがそれであり、最も大きな成長。
一方で、敵複数人との戦いは殆ど経験していない為に、鬼が突くべきポイントは其処となる。
好都合かな、それこそは鬼に課せられた役割の五割を占める、部隊行動によって攻められる点である。
然し、既に元の部下は、目の前の狐と雪女と天狗に一掃されている。
一騎打ちを申し込んだ時点ではもう少しは残っていた筈だが、シンミとトイはある意味ではプロ、悪く言えば手段は選ばない。
勿論ボスの命令に逆らわない、という基礎的な理性は持ち合わせているが、こと任務については野生的勘とも呼べる基準で行動するのがその二人。
なので………依頼主の望みを叶える為には、依頼主の意向を無下にしても致し方無し、というスタンスを取っている。
彼女等が今此処に来ていないのは、単純に距離の問題で、特に風使いの天狗はもう幾ばくも無く此処へ辿り着くはずだ。
ナサニエルはそう判断していた。
………目の前の手合いが、プロ達にとって顧客以上の存在である点を抜きにしての計算だったが。
ナサニエルは、トロンの弱点は突ける。
然し、それを実行するのは非現実的であったし、何より本人が使いたくなかった。
その結果、もし自分が敗北したとしても、この期に及んで組織上層部への体裁を気にするつもりは無かったし、自分一人の手で目の前の狐を倒したかったからである。
使いたくない理由は他にもあるが、本人が『使わない』選択を覆さない事は確定の事実。
故に、ナサニエルは思考する。
自分一人で、如何に無残に、如何に速く目の前の相手を倒せるか。
前者はクリア出来る。
自分の権能で、相手を嬲ってやれば良い。
幸いにして、上司が行ってきた所業の数々を、彼は目の当たりにしている。
それらを再現するのはそう難しいことでは無かった。
然し、後者はそう簡単には行かない。
どのようにして目の前の相手が隙を見せるか、全く想像が付かないのだ。
トロンが格上と相手取ってきたことの利点の一つ、冷静さ。
特にクレバーな手を数多く使うトイに対して、自分も相手にとって所見の技を狙って来た成果。
ここでこのように実戦の機会を得られたのは偶然だが、トロンは師匠達に感謝せずには居られなかった。
「ォオオォッ!」
トロンを攻撃しようと振りかぶっていた鬼の腕が宙を切り、数多の氷片を呑み込んでいく。
今度は出した腕を直ぐ様引いたので、炎による追加ダメージは避けられた。
然し、対処されること、対処させることこそが狐の狙い。
少しでも此方が先手に回る為に、そうするべきと判断したからである。
狙い通りナサニエルはトロンを視界で捉えようとし、トロンは一瞬で次の行動に移る。
近くの落ち枝を広い、先端に炎を宿す。
そしてソレを振り回し始めた。
「………貴様、常夏の島にでも求職しに行ったらどうだ?」
「言ってろ。それはお前を倒してから決める」
さながら狐火。
一メートル弱の枝で、十分なリーチを獲得したトロンは、普段トイがやり、彼に教えた氷柱の扱いと同じ様に炎を回す。
見る人が見れば、南国で盛んに行われる、棒の先端に炎を灯す演舞とでも形容するだろうか。
中々洗練された棒捌きに、鬼は防戦を強いられる………事は無い。
直ぐに枝の中腹を折り、トロンに肉薄する。
「………!」
回避行動を起こさせる前に、鬼の腕が振り下ろされる。
辛うじて身体を捻って逸したものの………九本あった自慢の尻尾は、三本まで数を減らしていた。
「貴様、妖怪としての名は何だったか? ああ、いや何、部下の調査で知ってはいるのだが、少々自信が無くてな」
「ハッ………お前こそ、随分な慌てようじゃねぇか」
「抜かせ」
ニィ、と口元を歪ませる両者。
それぞれ腕と尻尾を傷付けられ、既に妖力を数割使用しながらも、未だ気力だけは衰えさせない。
自分と相手を同時に逆方向へ飛ばしたトロンの風により、両者は一気に距離を離した。
トロンは勿論距離が離れている方が都合は良く、それはナサニエルも同じであった。
離れ過ぎていては逆効果だが、ゼロ距離も相性が悪い。
腕を振り被ってから振り下ろす為には、ある程度の時間が必要である。
そしてその間に相手に回避、ないしは迎撃等をされてしまっては意味が無い。
だから、突進しつつ相手に合わせて殴るのが良い。
ナサニエルは、そう考えていた。
「オオォッ………!」
「………ハアァッ!」
そして両者は走り寄る。
譲れないものを背中に負いながら、負けない為に。
自分にも、相手にも。
………斯くして闘いは苛烈さを増し、宵も深まり。
未来と希望を掛けた闘いの行方は、何処に。
天狗:シンミ & 雪女:トイ
「………どうするー? トロ君、始めちゃったけどー」
「………待、つ。私、達は、弟子君の、『被、依頼者』」
「いや、何時もそんなこと言うとらんやん。まー、結局は従うのはボスの命令だけどねー」
「………その、ボス、か、ら、は、『好きに、しろ』って、今、連絡、が」
「んー………じゃさ、トイちゃんはどーしたい?」
「………私、?」
「ん。だって、好きにしろー、って言われたんだからさー、やりたいよーにしないとー」
「………」
「私は、暫く様子見かなー。アイツとも戦ってみたいけど、何より依頼主の意向は遵守しないとねー」
「………さっ、き、の、シンミ」
「ま、ってのは建前で。本当は、ちょっと見ててあげたい、かな」
「………私、も」
「ありゃー、そうなのー。じゃー、そうするかー」
「………弟子の、成長を、見る、のも………師匠、の、役、目」
「素直じゃないなぁ………ま、じゃあ取り敢えず現場行ってー、それから待機かなー」
「………ん。二人、居るし」
「………やっぱトイちゃんも気付いてたかー。どする? どっちがどっち?」
「………まだ、分か、ら、無い、から、取り敢えず、行、こう」
「うぃうぃー」
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