其の三六 俺、邂逅する。壱
***:*****
「………」
また一人、部下が消えた。
一時間前に作戦を開始してから凡そ三十分、私の隊と他のいくつかの隊を除き、ほとんど全ての隊が停止していた。
本来なら三分置きに来る筈の連絡は入って来ず、私自身にも感じられる程に、今のこの森は荒れている。
加えて、以前から存在が確認されていた、一人の男。
その影が、至る所で見受けられる。
調査の上では、奴は炎や氷、風を使う。
その内二つが、有り得ない程の威力を発揮して、我々の命、動きを阻害してくる。
二つの能力が男自身のモノである可能性は低いながらも、前々から存在が分かっていた者が絡んでいるとなれば、無視するわけには行かない。
それにもしそうなら………彼は、どうやって一月程でそこまで強くなったのだろうか。
或いは、彼自身が現在の状況を引き起こしている訳ではないとしても、何故この短期間でそれ程の強者とコネクションを得られたのか。
分からない事だらけである。
しかし、分からないのを分からないとしておける程、私の立場は頑丈ではない。
私の今の日々は、私の部下の者たちによって成り立っている。
なればこそ、私は彼等に顔向け出来るように努めなければならない。
しかし現時点で私の見聞は限られており、想像が付く範囲も広くは無いので………どうしても後手に回る。
もし彼が私の下へ辿り着けたとしたら、私は彼を返り討つ。
それが………我々の為に散った部下達への手向けとなる事を祈って。
白九尾:トロン
俺はまた一人を潰した。
その事に心が傷んでいる気もするが、今は気にしていられない。
荒くなった息と木々の擦れる音が、虚ろになり始めた耳に響き渡る。
情報が多すぎて処理が追い付かない。
その為、今まで俺は目的地に向かいながらも遭遇した隊を一つ一つ凍らせて意識を刈り取っていた。
その方が、一之助さんの助けにもなるし、他の目立ちすぎる二人より俺がそうした方が良いと判断したからだ。
協力してくれたのは有り難いのだが、あれではどうしても人目を引く。
地上から溢れ出す流星群と、地獄の底を思わせる冷気。
もしここが街中なら、その二つが人を大いに引き付けること請け合いだ。
………まぁ俺が戦うよりも十倍程速いペースで敵の数が減っているので、文句は言わない。
有難い、有難い、のだが………流石に次回からは一応言ってみようか。
まぁ次回なんて無い方が良いに決まっているのだけれど。
あぁ、まだ俺は辿り着けない。
力の限り手を振り足を上げ、可能な限り音を潜めて気配を消す。
俺なり、では無い、俺に出来ないまでの全力を出して奏の影を追う。
それでも尚、リシャール君からの連絡が途絶える事はない。
《トロン様。一時方向、集団ありです》
《十時方向、敵影ありです》
《反応個体七、中規模の隊です。トロン様》
焦りを感じる。
或いは、焦りを覚えられる程、俺に出来る事は無いのかも知れない。
それでも、自分よりも遥かに力を持つ者にまで縋ってまで、手に入れたい物がある。
生半可な覚悟をかなぐり捨ててまで、取り返したい物がある。
だから俺は止まれない。
………そしてそれは、
「我こそは少女誘拐の首魁、ナサニエルッ! 姿を見せぬ滅殺者よッ! 貴様の厚い面の革、引き摺り払ってくれるわアァッッ!」
リシャール君が言う前に、九時方向から声がする。
影が言うに曰く。
「貴様の目的は我の背に在りィッ! その心に一切の卑怯の影無しと言えるのならば、我との一騎打ちを受けて立てェッ!」
………俺は脚を速めた。
***:ナサニエル
あれから私はどれだけ迷っただろうか。
思うように計画は進まず、焦りもあった。
いや、焦りを感じるほど私に出来ていることは大きくないような気もしてはいるが。
何はともあれ、たどり着いた結論は一つ。
『計画の達成、及び志半ばにして散った同志の敵討ち』
それを第一目標に据えることだ。
段々と減っていく部下達。
頼りなく燃えて輝く妖力の塊ではあるが、彼等にはハッキリとした自我がある。
それも刷り込まれたものかもしれないが、今はそんなことは関係ない。
それ以上に、私の中に芽生えた
………「建前だとか恐怖だとかはどうだって良い。お前は何がしたいのだ。大切な部下達を手の届かない処で殺されて嫌ではないのか。
………「子供だと思うかも知れない。それでもいい。俺が目指すのは、誰もが笑顔になれる世界だ。そのためには俺は何をしたっていい」
………「少女はどうだ、ナサニエル。あの齢にして、お前の設計年齢よりも大分若いあの少女は、心の内にしっかりとした願いを込めているじゃないか」
………「そしてその為に少年との未来を心から願っている。願っているからこそ快く我々に応じてくれたのだ」
………「俺は、俺だって、夢を抱く権利はあるはずだ」
「それが、思考する生物らしく………否、
結局の所、この土壇場で私は自分の心根に敗北したのだ。
部隊の長としての任を半ば以上放棄している私を責められない者はいない。
だが、それでもいい。
ああ、そうか、そういうことか。
私は、いや、俺は、ずっと人間に憧れていたのだ。
「………来たか」
目線の先、俺が捉えた、大きな木の枝に上った彼の姿は、異端なモノだった。
妖怪という、ある意味で『確定して不確定』な存在が跳梁跋扈するこの世界においても、異端。
全身に禍々しい妖力を充満させ、尚且つ大気中の妖力を異常なまでのスピードで吸い込んでいるのが確認できる。
人間の体とは不釣り合いなはずなのに違和感を感じさせない狐の耳と尻尾、鼻の先。
月夜に美しく光り輝くソレは、不思議な程に白く、まるでこの世の生き物のソレとは思えない程妖艶だった。
それらももちろん異質なものだ。
だが、私一番気になったのはそこではない。
何処かと言えば………それは瞳。
私は、自身の妖術の副次的効果として、「目線を合わせた相手の心を推測」できる。
………成程。
白九尾:トロン
俺は大きく息を吐いた。
長時間に及ぶ体の酷使によるものではない。
目の前にいる相手の圧倒的な存在感に気圧されたからでもない。
俺のいる木の下に居る、相手の背中にいて安らかに眠っている奏の姿を見て安心したから………では、あったかも知れないが。
俺の中に凝り固まっていた何かが吐き出されたのは、分かってしまったからだ。
眼前の相手………ナサニエルは、眼だけは俺の目を見つつも、足は明後日の方向を向きかけている。
手は所在無さげに握られたり解かれたり、背負った奏を心配するように後ろへ向いたりして、落ち着きがない。
決闘まで申し込んでおいてどういうつもりだと思ったが………目の中には迷いのある、それでいて我武者羅に突き進む気概が、爛々と輝いていた。
それらとその他諸々を込みにして判断すると、必然的に答えは導き出される。
白九尾&***:トロン&ナサニエル
嗚呼。
彼は俺と同じ。
迷いを抱えながら大事な、譲れない者の為に闘う者だったのだ。
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