其の三五 俺、走る。弐

 天狗:シンミ




 私は夜の空を駆ける。

 いや、駆ける、よりも滑ると言った方が、伝わりやすいかもしれないねー。

 実際に私は足を動かしてはいないので、駆けているというのは嘘になるかも、と言う懸念はあったけれど………駆ける、ってなんかかっこいいじゃんー?

 ああ、駆けるなら、天翔ける、とかって表現した方がより格好良かったかなー。

 まあ今更自分の発言を撤回はしたくないので、もう一度言うことにする。

 こほん………私は夜の中、天翔ける。

 ………うん、こっちのほうが格好いい。

 まるでペガサスにでも乗ったかのような表現だけれど、実際に乗っているわけじゃないし、もっと言えば翼が生えているのは自分なんだよねー。

 何を隠そう、この私は天狗であり、背中にはカラスのソレを思わせる立派な、格好いい翼が生えている。

 服を着る際に面倒ではあるし、買ったものにわざわざ穴を開けなければならないのは少し心が痛むよねー。

 なので私服はなるべく増やさないようにしているのだけど………時折、トイちゃんから『お前はそれでいいのか』と言う視線を感じる。

 五月蠅いやい、私はそれでいいんだから、問題ない。

 そこ、女として終わってる、とか言わないように。

 と言うか、こと服に関してはトイちゃんだって似たようなものなのになー。


 ………眼下に眼をやれば、そこでは複数人、大体五人から十人で編成された部隊らしきものが幾つも目に入る。

 私が居るのは山頂から見て南東、最も反応が強かった点から見ても南東の地点。

 今私が居る箇所では件の少女の姿は見えないけれども、それでも敵をわざわざ見逃してやるほど私は優しくないし、社長の命令に背くほどの胆力も持ち合わせていない。

 では、彼らを片付けてあげるとしましょうか。

 全身に力を込め、妖力を一つの場所に収束させる。

 実践で扱うことはあまりないけど、それでも十分に扱いなれた技の一つ。

 いやまあ、技名とかは特に考えてないんだけど。

 だってさ、考えて見てよ、必要でもないのに、自分で自分の技に名前を付けることのイタさを。

 もしそれが百歩譲って別に構わない人は、考えてもらいたい、もしそれが、例えば《超強力最強最高絶対破壊死亡風》とかの、一周回ってセンスがあるのかないのか分からなくなってるような奴だったら、ってさ。

 え、かっこいいって?

 じゃあ、もう何も言うことはありません、なんかすいませんでした。


 さて、十分に練りこんだこの妖力をもって何をするかと言うと。

 簡単な話。

 ちょおっと彼らをだけ。

 ぐあん、と、地面から掬い上げられたように持ち上げられる彼らの姿は、少し見て行て滑稽ではあった。

 私と同じだけの高度、およそ地上三十メートル程に持ち上げると、彼らの顔が驚きに満ち溢れているのがよぉく分かった。

 出来るだけ音をたてないように配慮した、それでいて確かな強さを持った風。

 今度このやり方をトロ君に教えようか、と考えている辺り、私も面倒見がいい。

 さて、持ち上げた彼らをどうするかと言うと。


「ちょおっと眠っててね?」


 唸る風が私の指先一つで彼らを天高く持ち上げてゆく。

 何と言うべきか、彼らが後生大事に抱える銃火器に月明かりが反射して、不思議と美しかった。

 その輝く星空に、一瞬だけ目立ってしまったかと思ったが………まあ元より明るかった星空が少しだけ明るくなったと言うだけの話。

 そこまで問題ないとは思うけど………もしも夜に親の言いつけを守らずに起きている子供とかいれば、ちょっと不味ったかなぁ。

 まあ問題ないでしょう。

 さて、只高く上げただけでは邪魔なだけだ。

 一応私にも慈悲の心はあるので、運が良ければ死なない様にしてあげよう。


「てぃっ」


 私は指先を天から南の方へと向ける。

 そして強さを調整して、私が狙った位置まで飛ぶようにする。

 自分一人も満足に飛ばせられないトロ君では絶対に出来ない真似であり、《超風》の妖術を持つ私でないと出来ないだろう。

 いくら弟子とはいえ、自分の専売特許を簡単に譲ってやるつもりは全くない。

 そこだけは絶対に負けてやるわけにはいかない。

 まあ半分以上は意地であり、後輩が育っていくのはうれしい気持ちではあるけど、でもやっぱり根が負けず嫌いな為か、どうしても張り合ってしまう。

 さぁ、南の方角には何があるかと言うと。


「うまく着水してねー?」


 まあ簡単に言ってしまえば大海原が待っているのだが、まあ私の知ったことではない。

 十キロほど遠くに飛ばしたけれど、そこで彼らが無事に生きていても死んでいても私には関係のない話だからねー。

 別に生きてようが死んでようが今回のミッションでは関係ないし、言っちゃえば、今後の私の人生にも影響するとは思えないしー。

 とまあ、私が配慮するのは身内だけ、バリバリの身内贔屓ですがなにか文句でもありますかー?




 雪女:トイ




 私は森の中を滑る。

 これはこの間弟子君がやっていた氷サーフィンを真似したものだ。

 シンミの方は彼の成長に触発されている様子だし、私は私で彼にいい影響を受けていることが実感できる。

 日々の訓練は、双方にとってのメリットとなっていた。

 初めて会った時に、考えをまとめるのに時間をかけなければ喋れない私を見て、そこに関して触れてこなかった彼に対して、私は好印象を持っている。

 そのうえ、最初の問答での彼の答えは、最初から指導役を引き受けるつもりだった私の心にやる気を芽生えさせた。

 何れは私の教えた技術を彼が完璧に習得して、私以外の師匠からもいろいろなことを学んで、私と同格になるときが来るだろう。

 幸い、妖怪と言うものは努力を重ねれば妖力量、つまり強さに直結する大事な点が増えていく。

 そうなれば一日の訓練量が増え、そしてまた妖力量が増え………あとはその繰り返しだ。

 彼が私と肩を並べる日が楽しみだ。


 さて、大きく問題が無いままミッションは進行している。

 私自身も特に気にするほど妖力を使っていないし、ほかの地点で苦戦している、という話も聞かない。

 まぁ、まだ敵と遭遇すらしていない状態で妖力を消耗していたら、二流どころか三流もいいところだ。

 師匠として、弟子君にそんな姿は見せられない。

 ならば何も問題ないし、私は私の任務をこなすだけだ。

 私に任された地点はこの先の二つ。

 まだ敵部隊の大きさは目にしていないけれど、社長から聞く限りでは大したものではないようだ。

 なら、初手に私の妖術をぶっぱなして、動きを封じるのみ。


「………! い、た!」


 思わずつぶやいたけれど、声量を抑えるのは忘れない。

 話に聞く通り、一つの部隊につき五人ずつで編成されているようだ。

 私は彼等を肉眼で捉え、先程の特訓で弟子君を凍らせたように力を動かす。

 妖術と言うものが所謂銃火器よりも優れている点と言うのは幾つかあるけれど、今回でいえば、それは犯人の位置を隠蔽できる点だろう。

 勿論ここからは私自身の妖術についてなので、いくらかの人は当てはまらないかもしれないけれど、まあそこまで気にしてはいられない。

 ええと、例えば、普通の人間でも、火薬のにおいや銃声で、相手の位置に気が付く事が出来る。

 でも、妖術と言うものは、種類によっては妖術を感知する者相手でも完全に位置がばれない程の超隠蔽特化のものもあるらしいし、そこまででなくとも、実際に音やにおいは立てないものがほとんどだ。

 私だってさっきの特訓で弟子君を凍らせたときには、彼の動揺もあったろうけど、私の姿には気が付かれていない。

 要するに、今回のように遮蔽物に囲まれた状態で、此方は性能の良い《気配感知》で相手の位置は筒抜け、此方の位置はばれていない、この状況はということ。


 さて、木々の隙間から彼らの様子を確認する。

 私の存在に気が付く気配もなく、のうのうと歩いている。

 スムーズに仕事が進むのは非常に有難いし、範囲が広くないので一度に使う妖力の量が増えないのはいいことだけど………

 一瞬だけ、『その程度の相手なのか』と言う落胆が私の心を覆った。

 本気で一刻も早くお嬢さんを救出したい弟子君には悪いとは思う、だけどそれでも、どこか期待していたところはある。

 だって、相手はあの『綿貫グループ』の社長令嬢を誘拐するほどの手練れだという話だ。

 期待するなと言うほうが無理な話だ、少なくとも私にとっては。


 長々と考え事をするくらいの時間をもらったおかげで、完璧に近いほど練り上げられた妖術がここにある。

 放出すればどれほどの威力を発揮するかは想像するに難くないから、発動後すぐに次に向かうことは出来るけど、せっかくならきちんと見届けよう。

 さて、妖術に込める妖力の量は調整済み、あとはどの地点で効果を発揮するかを情報として、妖術の前身とも言えるものにインプットする。

 妖術の前身………それは効果を発揮する前、外界に影響を及ぼす前の妖力の塊。

 この間の訓練で弟子君が目くらまし用に用意した燃える葉、あれも立派な妖術の前身の活用の仕方だ。

 用意して出して、を一度に行うと、連射が厳しくなるし時間差を生かしてフェイントをかけることも出来ない。

 だからあれを弟子君が使ったというのは大きな進歩だ。

 私が以前やったことを真似して成長している証。

 どこまで行くかな………楽しみだ。


「………じゃ、あ、ちょ、っと、此処、に、居て、ね?」


 小声でつぶやき、手の中の妖術の前身を送り出す。

 それは目的の場所まで真っすぐに飛んでいき、やがて自身に規定された役割を全うする。


 刹那、妖術の発生地点から半径十メートル程が一面氷に覆われた。


 ………一丁上がり。

 私の仕事はこれで半分が終わったことになる。

 超イージーもいいところだ。

 そもそも私が全てを担当すれば一瞬で終わるのに、とも思ったけれど、弟子の成長を見守るのも師匠の仕事。

 今回はもう決まったことに口出しはしないけど、次回はもう少しストレス発散の機会を作ってもらおうか。

 事務所の訓練室も悪くはないけど、どこかあそこは息が詰まるし、何処かいいところはないかなぁ………ああ、そうだ、〈妖技場〉に行けばいいか。

 顔ばれが嫌で決闘に参加したことは無かったけど、そこは覆面なりなんなりすればいい。

 あとで関係者に連絡しておこう。

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