其の三三 俺、向かう。弐
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「やぁァァあっ!」
「………」
森の中、俺の声が木霊する。
向かって行く俺に相対するのは、青い髪色の華奢な女性、トイ。
強力な冷気を操る、《雪女》である。
彼女の手には氷で作られたであろう長い棒が握られており、向かってくる俺に合わせて振り下ろそうと、大上段に構えている。
しかし、本来なら俺に合わせる必要は無い筈だ。
以前俺は、あの氷柱がまるで如意棒の様に長さを変えるのを目撃している。
恐らく、俺が軌道修正出来ないタイミングで俺を打ち据えるつもりだろう。
あの痛い一撃を喰らいたくない俺は、前から練っていた策を実行する。
「ぅらぁッ!」
「………っ」
俺は、予め掴んでおいた草の束を投げる。
目の前でバラバラになるそれらは、次の瞬間炎を上げて燃え出した。
それは俺とトイの間の壁となり、俺の姿を彼女の視界から消す。
掴んでおいた葉には、俺の妖術を仕込み、俺の妖力が薄れた瞬間に発火するようにしてあったのだ。
一瞬の後に、トイは手に持つ氷柱で目の前を横一文字に薙ぐ。
「………!」
そこには、俺の姿は無かった。
風の力で一気に加速した俺は彼女の背後へ忍び寄っていた。
「ぉぉぉおおオッ!」
「………、ちっ」
飛び退きながら振り向き、足元から氷を這わせる。
まるで地面から突き出る水晶の様なそれは、起点から扇状に広がり、一端距離を取ろうとした彼女の思惑が見て取れる。
だがしかし、目前に迫っても、俺は自分の足を止めない。
「らぁッ!」
一度だけ強く足を大地に刺し、すぐに持ち上げる。
すると、突き刺した場所から、氷の棘が産まれた。
トイのそれとはそもそもの出力が異なる為、まともにやりあえば此方の氷がすぐに壊れるのは、明白。
そこで俺の工夫が光る。
ガキィィン!
此方を注視していた彼女が驚きに少しだけ目を見開く。
俺は自分の出した氷の先をお椀状に変形させ、向かってくる氷を包み込むようにして展開させた。
無論ぶつかったあとは、すぐに此方の氷が原型を無くしていくが、それで十分。
壊れた氷の破片、板状になったソレに、俺は飛び乗る。
元々の氷の速さと、俺が飛び乗った勢いが合わさり、トイの氷の上をスケートボードの様に滑る。
更に背中、いや、尻尾からも風を出して加速。
一気にトイに迫る。
「うがぁっ!」
が、そこまでだった。
俺がすっかり失念していた、彼女の氷柱。
ソレが意趣返しの如くお椀の様に展開し、俺を包み込んでいた。
油断や手加減をしてくれていない時のトイの氷は、俺ではとても打破出来ない。
そして俺は、その日十八度目の敗北をしたのだった。
「………弟、子、君は、結構、良く、なっ、て、る」
「あ、ああそうか。有難う」
すぐ側の大きな樹の下で、予め用意しておいた水筒の中身を飲み干す。
まだリシャール君のスポーツドリンクの味を知らない俺の中では、かなり好みの部類に入る味であった。
そして、木の根元でへばる俺を、膝を曲げて覗き込む柔らかなワンピースを着た女性。
春の陽射しと相まって、その姿は俺を迎えに来た天使の様に見えた。
あながち間違いでも無いのが何とも言えないが。
因みに俺は息切れしているのに彼女は全くそんな様子には見えない。
春休みは家でダラダラしちゃう系ボーイの俺に、体力などあるはずも無い。
そのツケを返さなければならない事は、俺の課題だった。
「ぷはぁ………すまん、どの辺が良くなってるか教えてくれるか?」
「ん………使い、分け、が出来て、る。
「個性………?」
「………炎、氷、風、良い感じ、に、複合、組み、合わせ? 出来て、る」
「成程」
先程の一戦では、兎に角臨機応変、相手に此方の意を悟られない様な作戦を心掛けた。
その結果、今までで指折りの良い試合になったと思う。
でも、それは良い事なのか。
「でも、俺は出力はまだまだな上に………」
唐突に頬を両手で抑えられ、言葉を止めた。
ここ最近の訓練で知った事だが、彼女は良い事を言おうとする際に、こうして目線を無理矢理合わせる事が多い。
陶器の様な肌を近くで見るのは中々に気恥ずかしいものがあったが、彼女は彼女で真面目なので、俺が過剰反応するのも申し訳ない。
観念して視線を合わせるのが、いつもの流れだった。
「………型、に、はまっ、た、やり方、は、良、く、ない。それぞれ、の、長所。自、分、にしか、出来ない、事。それを、伸ばせ、ば、臨機、応変、さ、に、なる」
「臨機、応変さ………」
「背伸び、は、最後。大、体、背伸、び、する、なら、丈夫な、靴、履か、なくちゃ」
そこまで言って、トイは手を放して立ち上がる。
なるほど。
確かに今までは自分に出来る事、と言うより師匠達が出来ている事を必死になって真似しようと思っていたかもしれない。
さっきこそ上手く相手の攻撃を利用して此方の行動に繋げられたが、今までの俺だったら真正面から迎撃する事しか考えられなかっただろう。
自分の中でも無意識的に成長できていると言うことか。
そう思っていた俺の心を見透かしたかのように、トイが釘を刺す。
「………とは、言っ、て、も、まだ、まだ、弟子君、は、工夫、が、足りない。あと、先、を見る、力、も」
「う。わかってるよ。いつもお前の動きを先読みしようとして失敗しているからな」
何が足りないのか、と言うのは自分自身では気付けていない。
なんとなく、自分の事で頭が一杯になって、相手の先を読む余裕が無い、と想像しているけれど。
思わず俯く自分に、トイは言った。
「………そこ、で、自分、の、やれる、こと、が、はっきりさせ、てある、と、迷わない。それが、把握、出来、た、ら、あとは練習、ある、のみ」
「はいはい」
そう言って立ち上がる。
休憩時間はこの位だと、自分の体内に仕込まれたカラータイマーが教えてくれている。
ここ数日の間に、俺の体の中にはトイとシンミ、それぞれの訓練のスケジュールが刷り込まれていた。
再び二人で距離を取り、向かい合う。
トイの訓練は基本的に実践あるのみ、基本的な事は自分で覚えるか師匠を見て覚えろ、という体育会系っぷりである。
………氷の妖術の師匠に呼んだつもりだったが、どうやら向こうはそう思ってはいないらしい。
それはそれで非常に有難いことである。
一度だけ、責めるつもりでなく、完全に興味本位で、何故氷の妖術の訓練をあまり行わないのか聞いたことがある。
その時は確か、「氷は自由度が高いから、私一人の型を教えちゃうとかえって悪影響だから」という答えを返された。
成程そうか、とも思ったし、自分の事についてそこまで深く考えてくれてるのかと感動した。
けれど今思い返せば、それは自分にしか出来ない事を育てる為の第一歩だったのだ、と理解できる。
自分にしか出来ない事。
それはきっと、自分にしか定義出来ないのだろう。
………これは難しい宿題になりそうだ。
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あの問答から数日、自分は自分にしか出来ない事を見つけられたのだろうか。
先程の二人との実践訓練では、少しだけ何かを掴み掛けた気がする。
ゆっくりと瞳を閉じて自分の体全体の妖力の流れに意識を集中させる。
妖怪、その他の妖力を持つ生き物は須らく妖力を生産する機関が存在するらしい。
そこを自覚すれば、後は問題なく全身を巡る妖力の流れを理解する事が出来る。
これはビズに習った事だ。
あいつは妖力の特性上、妖力の流れを感知することが多いのだそうだ。
大丈夫、自分の体におかしいところはない。
体調は万全そのものだ。
先程の模擬戦を思い出して、その通りにするだけだ。
きっと奏は救える。
待っててくれ。
《トロ君、今社長から連絡がありました。遂に時間が来ました。ここからは各自手筈通りに》
《ああ。了解》
連絡はそれだけ。
手を握りしめようとして、止める。
この手は、最後に奏に差し伸べると決めているから。
………絶対に救けて見せる。
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