其の二八 俺、立ち上がる。壱

 一之助さんの一言が響く。


「………正解」


 どうやら俺は間違っていなかったようだ。

 奏を助ける為の作戦会議は、順調に進んでいる。


「社長が使える術、まさか忘れてたのー? 初対面でもちゃんと言ったよねー?」

「………責、めちゃ、ダメ。多分、たま、た、ま、出てこな、かった、だけ」

「まあまあ、いいじゃありませんか。兎に角ゆっくりでも、理解してもらうのが大事なのですから」


 シンミ、トイ、一之助さんが口々に話し始める。

 きっと俺が依頼に来ても来なくても、いつでもこの雰囲気なのだろう。

 とても働きやすい職場のようだ。

 ………今時、本当の意味で『アットホームな雰囲気』と言う看板を掲げられるだろう。

 話が一段落したのか、一之助さんはコホン、と一つ咳払いをしてこちらに向き直る。


「本題に戻りますが………我々には、物理的に動かなくても捜索する術があります。我々は、比較的安全に奪還を行うことが出来るでしょう」

「それは分かったけども………それでもやっぱり心配だよ」


 危険を冒さずに捜索が出来ても、今この時に奏が生きている保証はない。

 不安を拭いきれなかった俺がそう呟くと、今度はビズが話し出した。


「こういう事を言うのはなんだガ、お嬢ちゃんの家はかなりの金持ちダ。金持ちが誘拐されるなんてのは割とある話デ、恐らく従業員もそれなりに訓練されたものである筈ダ」

「それもそうか」


 俺が動かずとも、恐らく奏の家の人達で既に捜索活動は始めているはずだ。

 そうでなくとも、犯行グループとの交渉なんかはかなり手練が対応している筈だ。

 安心した俺だったが、今度は次の関門が待っていた。


「私の術を使うためには、私が探し人の妖力を把握する必要があります。トロン君は奏さんと契約はしていますか?」

「………してない」


 一之助さんやビズ達が驚いた顔をする。

 俺自身気がついていなかった事だった。

 俺は奏を命の恩人と言っておきながら、もしもの為の対策を何一つ講じていなかった。

 何となく、他人のそういったことに触れるのが怖かったのかも知れない。

 一之助さんはしばし驚いてはいたが、すぐに気を取り直した。


「まぁ、仕方の無いことを言っても始まりませんので、奏さんの保護者様に協力を頼みましょうか」

「あ、それでいいんですか?」

「ええ。多少の違いはあれど、妖力の特性は遺伝するものです。ある程度似た妖力を持つ、つまり遺伝子で繋がっている人を探すことも可能です」


 そういうものか。

 確かに前にも普通の人間にも妖力はあると聞かされていたと思うが、そういう仕組みだとは知らなかった。

 そういうことなら、兜さんが協力してくれるだろう。


「分かりました。では、奏の親を連れてきますか?」

「いえ、私達が向かいましょう。移動手段もある事ですし」


 そう言って一之助さんはチラリとシンミを見やる。

 見られたシンミの方はと言えば、胸を張って誇らしげにしていた。

 うん、確かに頼もしい。


「分かりました。では、行きましょう」

「そうですね………シンミさん、準備は要りますか?」

「そんな訳ないでしょー、私を誰だと思ってんのさー?」

「頼もしい限りです。では、トイさん、リシャール君はここで準備をしていてください」

「………分、かっ、た………」

「了解しました。準備します。待っています」

「じゃア、俺は一旦帰るカ」

「あ、ビズ帰るのか」


 そもそも頼れる相手は少しでも多い方がいいと思って俺が呼んだのだったが、てっきりここで待機しているものかと思っていた。

 わざわざ移動する必要があるのかと思ったが、俺の知らないビズだってあるだろうと納得した。

 ………まあ、本音を言えばどうでもいい事山の如しなのだが。


「ちょっとした野暮用ト、俺は俺で色々とやる事があんだヨ、まア、居場所が分かったら教えてくレ」

「ああ、分かった」


 俺はビズと結んでおり、いつでも何処でもコミュニケーションが可能だ。

 奏とは契約していないのにコイツとは結んでいることに思い至り、少しだけ苦笑する。


 奏の家に着き、兜さんに相談したら即決で協力オーケーの返事が来た。

 溺れる者は藁をも掴む、と言うと聞こえは悪いが、門番役の田光さんによると正しくそのような状態なのだとか。


「我輩は奏ちゃんを助ける為には、どのような事だろうとする所存だ! 必要なもの等あれば、遠慮なく言うがいい!」


 と、兜さんは決意を表明してくれた。

 現時点では出来ることも少なく、憔悴しきった状態かとも思っていたが、意外にも活力に満ちていた。

 ………まあ、娘のちゃん呼びは止めた方がいい気がしないでもないが。


 ともあれ、問題なく兜さんの妖力を解析できた一之助さんは、再び事務所に戻り、集中できる部屋で一人篭っている。

 本人のものを解析した後に捜索するのと、術圏内のあくまで近いタイプの妖力を虱潰しに探すのでは、かなりの違いがあるようだ。

 俺も兜さんに激励の言葉を掛けられながら事務所へと戻った。

 少しでもプロと一緒に居た方が気が紛れるかと思ったからだ。

 あと………他にも理由はある。


「じゃー、ちょっと待っててねー。今フィールドセットしてくるからー」

「………今回、は、山中、の、木の合間………」

「ああ、ありがとう」


 目の前の大きな扉にシンミとトイが入って行く。

 探偵事務所の地下にある訓練用スペースで、今日の夜に想定される戦闘の訓練をする為だ。

 もちろん妖力が切れたりしないように注意しつつ行う。

 最初は一之助さんの術の行使の妨げになるのではと思っていたが、どうやらここの部屋は完全防音となっており、全く何の問題もないとの事だ。

 非常に頼りになる師匠二人と共にウォーミングアップが出来るのならば、飛びつかない手はないと思い、参加させてもらうことにした。


「にしてもどうなってるんだ、ここは………」


 この世界での基準は分からないが、地下に訓練施設がある所など滅多にないだろう。

 毎日の訓練が出来るスペースを貰えるのなら、労働環境としては十分なのではないか。

 そう思って呟くと、背後から声が聞こえた。


「普通です。ここは技術者が建てました。社長の知り合いです」


 事務所の従業員の一人、リシャール君だった。

 彼の言葉を聞き、目の前の、軽く十メートルはありそうな扉を見上げる。


「技術者が建てたのか、その人はかなり凄い人なんだろうなぁ」


 生憎と自分はそうした建築の事情には詳しくないので、適当なことは言えない。

 だが、見た感じかなりの広さがありそうだし、壁や床には俺の知らない金属が用いられているように見える。

 かなりのやり手だろうと、思ったのだが。


「他の場所にもあります。ここではありません」

「え、こんなに凄い設備が他にもあるの?」

「はい………そろそろ終わります。飲み物を用意してきます」

「え、ああ、ありがとう」


 このような設備は他にもあるらしい。

 意外や意外なことを聞き、この世界の建築事情はどうなっているのだろうか、と考える。

 そう言えば前にもシンミに連れられて空を飛んだ時、俺が前に住んでいた街では見掛けないものをいくつか見かけた。

 今回無事に奏を奪還出来たら、二人で散歩でもしながら探索しよう。


「ふぃー、お待たせー」

「………準、備、完了」

「ありがとう」


 ウイーンと、SF映画ばりに音を立てて扉が開き、中から二人が出てきた。

 どんな例えが分かりやすいだろうか………ポケセンの扉が開く音?


「ささ、入って入ってー」

「………足元、気、を、付け、て」

「足元?」


 二人の後に続いて部屋に入るが、足元注意、とはこれ如何に。

 ナイフか何か、危険なものでも置いてあるのかと、今踏み出したばかりの床へ、ついと視線を移すと。


「え、あれ? ここ出口なのか?」


 俺の足はしっかりと土を踏みしめていた。

 それも、割とふかふかの腐葉土を。

 地下にいるとばかり思っていたが、俺はいつの間にか外へ出ていたのか………?

 いや、でも外はまだ明るいはずなのに、ここは若干暗いような………?

 混乱し始めた俺に、枝を掻き分けて進みながらシンミが解説する。


「ここはねー、地下で床や壁なんかを加工して、想定した場所に変更出来るようになってるんだよー。にしてもこーゆー地下訓練場とかってワクワクするよねー」

「はぁぁ!? そんなことが出来るのか!?」

「あ、共感してくれないんだー………うん、出来るよー。妖術とか使えば割とあっさり」

「凄いな、それ………」


 半端ではないオーバーテクノロジーに感嘆しながら、俺も枝を踏みつつ後に続く。

 街並みや家の外観こそ前に見ていた物と大差ないが、実は中身は全く違ったのか。

 是非ともここを作ったという技術者の方に話を聞きたいものだ。

 きっと興味深い話が聞けるだろう。


 三分ほど歩くと、前方の二人が突然立ち止まってこちらを振り向いた。

 そしてトイが言う。


「………恐、らく、今回の、誘、拐事件、で、は、こんな、感じ、の、状、況で、戦う、事に、なる」

「なるほど。確かに人目につかない山中に潜んでいる可能性が高いか」


 それにここは照明を最低限にして、夜の様な暗さにしてある。

 犯行グループが動くであろう時間帯の森に合わせている、という訳か。


「と、言う訳でー、今回は私とトイ、それにトロの、二対一でやるよー」

「え、あ、ああ、なるほど」


 確かにそうだ。

 こちらは只でさえ人数が少ない挙句、相手の頭数を把握出来ていない。

 一体一の状況は、まず無いだろう。

 特に俺に質問がないことが見て取れたのか、シンミが首を傾げて聞いて来た。


「分かったー?」

「ああ、大体は」

「………まあ、習うより、慣れ、ろ」


 トイも目を伏せて頷いている。

 どういう意味かはイマイチ把握できなかった。

 満足気な顔のシンミが人差し指を立てて、ルール説明をする。


「じゃー、全員が壁に向かって歩き始めて五分後、完全に一人になったタイミングでスタートねー」

「あれ? 二人は一緒に居ないのか?」

「私達は見回り係ー。発見したらすぐさま駆け付けて殲滅するヤツだよー」

「なるほど」


 そういうものか。


「………おー、けー」

「応」


 シンミは伸びをしながら、トイは肩甲骨を伸ばしながら、俺は軽く屈伸をしながら歩き出した。

 三分後のスタートに向けて、誰もが準備運動をしている。

 俺は今回も、奏の為にも全力で二人の動きを盗む所存だ。

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