其の二七 俺、話し合う
俺の声が狭い室内に
「どうしてだ! 何故、何が理由で先延ばしにする!? 何故今すぐ向かわない!」
ここは西園寺さん達のファースト探偵事務所の中、依頼人との打ち合わせ等を行う為の応接間だ。
きっと俺の顔はかつてない程に歪み、苦々しい表情を湛えているだろう。
その事を自覚しながらも、尚思いをぶつけざるを得ないのは、それほどまでに俺が混乱し、取り乱している証左だろうか。
「………まあ落ち着いて。我々にも多少の理由はありますので」
「おウ、勝手に早とちりしてんじゃねェゾ?」
今度は長机の反対側に座る西園寺さんの穏やかな声と、ビズの荒々しい声が響き渡る。
この場には、他にもシンミとトイが居るのだが、二人ともあまり喋らない。
かなり深刻な事態と言うわけだ。
「良いですか? 順序を追って説明致しますので焦らないで最後まで聞いて欲しいのですが、今現在我々に出来るのは作戦を練る事だけです。相手は身代金を要求している訳では無いので、金銭での解決は厳しいです」
「そうダ。向こうは向こうデ、お嬢ちゃんの家の誰にも気付かれずにお嬢ちゃんを誘拐した手練ダ。よっぽどの事が無ェ限リ、あちらさんから尻尾は見せないだろウ」
そうだ、俺の命の恩人………綿貫奏その人が、何者かによって誘拐されたのだ。
犯行グループの具体的な目的、手段、規模、その他一切が不明なこの状態では、確かに捜索・奪還は厳しいものがあるだろう。
だが、それは逆説的に………
「身代金目的じゃないって事は、奏の安全は保証できないってことだろ! こうしている間にも、奏の命がいつ奪われるか分からないじゃないか………!」
「………落ち着い、て………」
興奮を隠しきれずに捲し立てる俺の両頬を、ひんやりと冷たい手が包む。
凄腕の雪女、トイだ。
彼女はこちらを眼鏡越しに真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと諭すように語る。
彼女は俺を止めようとしているようだが、俺にはここで引下がる気はさらさらない。
どれだけ止められても目的達成だけはしてみせる、それは俺が自分に言い聞かせている事だった。
俺が何を言おうかと言葉を選んでいる時に、彼女は頭を振って言い聞かせた。
「………私たちの、ボスは、伊達じゃ、ないよ………?」
「? 西園寺さんがどうしたって………」
「………忘れ、た? ボスの、能力………」
トイは少しずつ、絞り出すように話す。
正直今はそのたどたどしさが少し鬱陶しくもあり、またいつも通りの様子に安心もさせられる。
俺にとって彼女が何なのかは、自分でもよく分かっていない。
それでもなお、拘束から逃れようと身をよじらせる俺は、今度は背中から包み込まれる感触を持った。
「まーまー、落ち着いてよー。このまま闇雲に探したところで、見つかる確率は恐ろしく低い、それはトロ君も分かるでしょー?」
「そりゃ、そうだが………」
今度はシンミが説得に来たようで、背中越しに柔らかな黒い髪が触れる。
ともかくこれで逃げることは難しくなった、前門の
………流石に本人達を前にして口にすることは出来ないが。
「むしろ、無闇に動いて向こうさんに警戒されて、奏ちゃん? が、何かされちゃうかもしれないのさー」
「………だから、なるべく見つから、ないよう、に、先ずは見当を、つけ、ないと………」
「………まあ、確かに」
冷静であったとはいえ、どこか判断力を欠いていた俺でも分かる。
潜伏任務に就いているのに自分たちの存在に勘づかれたように感じた人は、大抵焦って事を仕損じるものだ。
そしてその時取る行動は、奴等が短絡的な者でない事を祈るが、そうでなければ、或いは………
「だけど、一体どうやって? 誰にも勘付かれずに捜索するなんて不可能だ。それに今はまだそいつ等が何処に居るか見当も付いていないだろ」
「そこで、私たちの出番だよーぅ」
「は、出番?」
「………そう。私、達が、探偵事務所を、やってる、アイデン、ティティー?」
「ええ、そうです。私達が探偵事務所として活動するための大前提の話ですね」
一之助さんは納得した顔で顔を伏せて頷き、ビズも分かったような顔で首を赤べこのように上下させる。
………この場でイマイチ理解出来ていないのは俺だけのようだ。
シンミが俺の後ろから歩き出して全員の前に移動すると、トイも移動してシンミの傍に立ち、手を広げる。
二人はプレゼンテーションをするかのように身振り手振りで話し始めた。
「………私たち、は、探、偵事務所。舞い込む、依頼、には、人探しが、一、番多い………」
「そうですね、厳密には人でなくペットを探したり、浮気の調査になりますが、大別すればその種の依頼が多く、月に三~四件ある依頼の凡そ半数がそれです」
「で、何故そうなのかってのが問題………ってか、私達の売りなんだよねぇー」
「確かに、信頼と実績以外の要素はありますね」
確かに、探偵事務所とは、そんなイメージがある、その中でもここでは人探しが多いのだろう。
………と言うか、この人達のプレゼンは喋る担当がコロコロ変わって聞きにくいな。
話を聞いていたが、何処かシンミとトイがニマニマとした笑みを浮かべながらこちらを眺めている事に気が付く。
………何か俺の反応を待っているかのような気がするのは気の所為だろうか?
「人探しってのは、とにかく速さと正確さが大事でねー」
「………前者は、探し、人の、安全確保、の為、そして、後者は、探した、後で違う、ってならない、為」
「そうですね。その通りです。強いて言うならば、捜索範囲の広さや探し人の安全確保の為の戦闘力等も、なるべくあった方が良いですね」
「………で、そうした条件を満たす為には、何が必要か分かるかなー?」
と、ここで俺に質問が舞ってくる。
ここまで拝聴一方だったが、いざ質問されると………
「多分それなりに広い情報網と、個人を特定する要素を持っていることだろうな。さっきお前が言った二つを満たす為には、最低限それが必要だろう」
案外答えられるものだ。
「お、正かーい、その通り。頭の冴える人は嫌いじゃないよー………で、まあそれが必要な訳だけど」
「………他の、所に行って、も、いい、のに、わざわざ此処に、来るのは、同業が、私達の、こと、を、認めてる、から」
「どうやら他の同業の方々の所に依頼に行った際に、我々の事務所を勧められるようなのです。同業者からの評価は嬉しいものですね」
「で、それは何故かー?」
「………他の、所、が、私達を、勧める、ほ、ど、私、達が、人探しの、プロ、で、ある、理由と、は?」
「えぇ?」
やばい、見当もつかない。
人探しのプロ集団であるこの人達に頼る以上、知っておかねばならないし、今までの話がヒントになってるんだろうが、正直よく分からない。
人探しにおける『速さ』と『正確さ』を持ち、それらを何処にも真似出来ない水準で維持している。
これだけで、一体どうしろと………?
と、そこで。
「………ああ、構わないよ、ありがとう、入って」
一之助さんが何事かを言った。
俺には誰も居ない空間に向かって言ったようにしか見えなかったが、他のメンバーは普通に何もリアクションをしない。
もしや、俺の幻聴か?
と自分で自分を疑った時、カラカラと音を立てて応接間の扉が開いた。
そこに立っていたのは、俺が以前会ったことのあるあの方だった。
「失礼します。皆様にお茶をお持ちしました………貴方はあの時の方です。違いますか?」
ぺこりと一礼してから俺の方を向き、質問してくるのは、以前に会ったことのある黄色い肌の方だ。
確か前にあった時は、此処の場所を尋ねたんだったか。
俺も椅子から立ち上がって一礼をする。
「あ、そうです。その節はどうもありがとうございました………えっと、貴方はここで働いているんですか?」
「そうです。私はここで働いています。あの時は単なる善意でした。気にしないでください………お茶です。座って下さい」
そう言われたので俺は座り直し、黄色い方はコトッコトッと人数分の湯呑みを長机の上に置いていく。
それなりに慣れた手つきであるので、感心しながら眺めていると、よく見たら湯呑みが六つある事に気が付いた。
ちゃっかり自分も話を聞くつもりだったらしい。
「どうぞ」
「ありがとう、いつもすまないね」
「問題ありません。私は手伝いです。仕事をしています」
「はは、まあ、そうか。早速頂こう………と、その前に、トロン君には紹介していなかったね。彼は私達の事務所の従業員の一人、リシャール君だ」
「主な仕事はお茶汲みとー、お客様とのスケジュール調整とー、あとお金の管理なんかもやってるよねー」
「………凄い、人。敏、腕、秘書」
「恐れ入ります」
いつの間にかリシャールさんのプレゼンに様変わりしていた。
話を聞く限りでは、ここの超重要戦力であるらしい事はよく理解できる。
場所に詳しいのも当たり前の話だった。
「あ、そうなんですね。えっと、よろしくお願いします」
「私は若いです。貴方は私より歳上だと思います。敬語は要りません」
「そうなのか? じゃあ、リシャール君って呼んでいいか?」
「問題ありません」
身長は凡そ百八十センチ程と結構大きく、筋骨隆々でガタイも良い。
この場にいるメンツで匹敵するのは、ビズくらいのものか、と思って見やると、リシャール君とビズは目線を交わしていた。
………一之助さんが『俺には紹介していなかった』と言ったということは、裏を返せばビズとは面識があると言うことだ。
「ご無沙汰しております。元気ですか?」
「まア、ボチボチだナ。ってカ、最近は会うこと増えたかラ、ご無沙汰って程でもないだろうニ」
「そうです。心配です。大変でしょう」
「確かニ、お互い身の安全が保証されてる仕事でもねーからなア」
そう言えば、俺はビズのやっていることを何一つと言っていいほど知らない。
俺がこっち《異世界その二》に来て初めて会った妖怪だと言うのに、お互いのことは何一つ知らなかった。
今後とも良好な関係を続けていく為にも、彼の事は知っておいた方が良いだろうか。
そう思って二人の会話に割り込もうとした時、お茶を啜っていた一之助さんが声を上げた。
「ふぅ………やっぱりリシャール君の淹れたお茶は美味しいね。心が温まる味がするよ」
「ありがとうございます」
「トロン君も如何かな? 落ち着けると思うよ」
「あ、ああ。頂きます」
正直に言うと、この場の皆の対応のお陰でだいぶ落ち着いてきてはいる。
焦らねばならない状況であるのは変わらないはずだが、何故だか緊張の糸は解れていた。
「ふぅ」
温かいお茶を手に取ってみると湯気が立っていたので、一応軽く冷ましてから口へ運ぶ。
そうすると、心の底からじんわりと温まるような優しくて包容力のある味が口いっぱい、いや体いっぱいに広がった。
なるほど、心が温まる味、というのも頷ける話だった。
俺がお茶を口に含んで飲み干した後で、一之助さんは湯呑みをそっと机の上に戻した。
そして机に両肘を付けて手を組み、俺が勝手に『お父さんのポーズ』と呼んでいる格好を取る。
「さて、トロン君。今ので分かったのではないかな? 私達が人探しのプロである理由が」
「………? あ」
そうか、なるほど。
『速さ』と『正確さ』、その二つを瞬時に満たし、なおかつ誰にも真似されないオンリーワンの技術がある。
それは………
「一之助さんの………《気配探知》ですか」
《術使い》である西園寺一之助さんそのもの、と言い替えてもいいかもしれない。
要するに、《気配探知》は、人探しにうってつけなのだ。
普通の人には、妖術は使えないが妖力はある。
それらの違いを判別する事で正確性をクリアする。
そして《気配探知》は展開して使用しているらしい。
そうすることで速さをクリア出来る、という訳だ。
俺の会心の答えを聞いた一同は、リシャール君以外はニンマリとした笑みを浮かべた。
そして一之助さんが言う。
「………正解」
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