其の二六
「準備が整います」
「対象は現在、我々第三分隊が運んでおります」
「ゲンスイ殿に課せられた、この地での命はほとんど完了致しました」
「貴殿の下に働く者、その数四十。全て移動支度完了しております」
「如何なさいますか?」
ワタシとワタシの部下が報告する。
ワタシはその報告を、椅子に座り、傍らに傍付きを侍らせながら聴く。
この者達が言うことに間違いはない、今まで幾多の試練を共に掻い潜ってきた者達の発言をワタシは疑わない。
「フム………」
ここは洞窟の中。
暗く、人の寄り付かない場所を選び、潜伏している形だ。
およそ十平方メートルの空洞部分には、申し訳程度のかがり火を置くのみで、まともな灯りなどとても求められない。
その為に内部からは確認出来ないが、現在時刻は昼間の一時であり、外ではまず間違いなく太陽が照っている。
そんな時に外を出歩く………いや、集団で出歩くのは危険が過ぎる。
「いや、出発はもう少し後にしよう。明るい内でなく、暗い夜の内に移動するべきだ」
「では、そのように」
「ああ。具体的な時刻は………そうだな、夜の十時にする」
「では、そう連絡致します」
「頼んだ………ああ、お前達も疲れたろう。伝達が終わり次第、休憩してくれ」
「………了解致しました」
労いの言葉を送り、部下を見送る。
………ああは言ったが、恐らくあいつらも休息をとることは無いだろう。
この地での任務に就いてからおよそ一ヶ月、近頃休憩時間に鍛錬をする者をよく見かけるが。
「………出張任務中にすることでは無いだろう」
「は、今、何かおっしゃっりましたか?」
傍らの従者が、ワタシの漏らした独り言に反応を返してくれる。
ワタシは椅子から立ち上がり、かぶりを振って両隣の従者に告げた。
「いや、何でもない。君たちも休める時には休んでおけ。立ちっぱなしでは疲れるだろう。俺も自室に戻る」
「は。ごゆるりとお休み下さい」
そのままワタシの為に用意された空間に歩いて向かう。
その外観は、三メートル平方の空間を閉じ込めるように布を張っただけの質素なものだが、しばし休息を取るには十分だった。
北方、要するに洞窟の入口の側に設けられた垂れ幕から中に入る。
そして近くの手頃な台の上に上着を脱いで置き、南方の隅に置いてある簡易なベッドに横になる。
空調をしっかりしているとはいえ、やはり洞窟内のためか、重く、どんよりした空気が巡っているのを感じた。
「………はぁ」
ワタシがこの部屋に入ったのは、抑えきれそうもないため息を、誰にも見られない場所でするためでもあった。
勿論自分の休息の為でもあるが、主には他の者達の休憩に対する意識改革をどうするか、の為だ。
「どうするのが正解なのか………」
部下達が仕事熱心なのは、本当に良いことだし、部下達には感謝もしている。
とは言え………その部下達が日に日に疲弊していくのは見るに堪えない。
彼らの為にワタシから率先して休みを宣言しては居るのだが………それでも彼らに休息を取る意思は見えない。
ゲンスイ殿の指示には逆らえないのか。
「………ッ」
ワタシは歯噛みする。
出張任務で最も大切なことは、生きて帰ること。
どれだけの成果を出したとしても、任務についていた者が死んでしまえば………その先は得られない。
逆に言えば、どれだけ成果を得られなかったとしても、生きていれば未来がある。
貴重な人員を失いたくはないし、何よりワタシ自身、彼らに愛着がある。
「………昔はこうなる筈では………」
彼らがおかしくなったのは………一年前、前々回の任務が終了し、本部に帰った時だったか。
あの時確か、報告の為にワタシが部長殿に謁見していた時に、部下達は労いの為にゲンスイ殿に招集されていたハズ。
あの時か………或いは………
と、その時、ボスボスと天幕が叩かれた。
………当人的にはノックのつもりなのだろうか。
「大佐殿! 大佐殿! 目標、到着致しました!」
「………ああ、分かった。すぐに行く」
思いの外短い間だったが、それでも多少は体を休めることは出来た。
ベッドから起き上がり、そして台の上の上着を羽織る。
天幕の外へ出て、傍に居た部下に尋ねた。
「で、対象は何処に居る? 向かうが」
「は。現在は洞窟の入口に居ります」
こちらです、と部下が手で行く先を示しながら歩き出す。
ワタシは彼に一言感謝して、着いて行く。
そして程なく洞窟入口に着いた。
そこには七、八名程の武装した部下が居り、ワタシに敬礼していた。
片手を挙げることで彼らに応え、手元の資料にある写真と、きつく、かつ丁重に縛られた少女とを見比べる。
「………大分背が低いようだが?」
目の前の少女は、多めに見積もっても百四十センチ程度の背丈だ。
どう考えても、手元の資料にある《十六歳》という記述と矛盾する上、人相書きと同一人物ではあるだろうが、肉眼で見ると幼さが見受けられる。
任務失敗や、もしも間違っていた場合の後処理の為にもワタシは問う。
部下は自分たちの行動に責任を持っているのか、恐れることなく答える。
………うむ、いい傾向だ。
「お言葉ですが、指定された住所に住んでいたのはこの者と、もう一体のみです。もう一体の方は、明らかに写真と違いましたので、こちらの者を連れて参った次第です」
「フム」
なるほど………?
いや、納得しかけたが、見過ごせない情報があった。
「お前達がこの少女を連れてきた理由はよく分かった。しかし、その『もう一体』と言うのは?」
「は。《妖怪》です。特徴的な尻尾が確認出来ましたので、恐らくは<狐>の類かと」
「………そいつには危険性は無いのだな?」
「は。奴はどうやらこちら側の世界に渡ってきたばかりの様ですので、未だ警戒に値する存在であるとは判断致しませんでした」
「なるほど」
何かを見落としている気がしたが、とりあえず頷いた。
「うむ。ご苦労だったな。ここを出るのは夜になってから、具体的には夜の十時を予定している。それまでは体を休めてくれ」
「分かりました」
彼らもまた頷いたが………まず間違いなくワタシではなく、ワタシの後ろのあの方の指示に従っているのだろう、これまでも、そしてこれからも。
彼らは去って行き、後には少女と、先程道案内をしてくれた部下とワタシが残った。
「………キミ、ご苦労だった。キミも休むが良い。この者はワタシが責任をもって運ぶ」
「いえ、ですが………」
「この洞窟内で最も居心地が良いのはワタシの部屋だ」
もっとも、あくまで強いて言えば、の話しだが。
「そして、あくまでこの者は我々にとっては客人、丁寧にもてなすべきだ。と言うことは、ワタシの部屋が最も相応しい。そしてワタシは、自分の部屋に他人が入るのを好まない」
先程伝令役が部屋の中に入らなかったのも、ワタシが事前にこれを言っていたからだ。
部下は渋々と思っているのがハッキリと分かるような顔で、快活を装って頷いた。
「………了解致しました! それでは、大佐殿もごゆっくり!」
「ああ」
ワタシは少女を抱え、来た道を戻る。
そして戻る道中で、後悔するのだ。
………部下に嘘を吐いたことを。
しかし、そうでもしなければ、彼はきっと休まない。
他の者よりもいくらか人間らしい、恐らくはこの部隊に編入してからさほど日が経っていない彼には、どうしても体を休めてもらいたかったのだ。
部下の健康の為に、かえって自分が披露する。
完全に本末転倒ながらも、ワタシは部隊の安全を優先したいのだ。
このやり方を変えるつもりは無いし、何としても全員で帰還してやる。
………ワタシは、そう祈っていたのに。
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