其の二三 俺、あやまるⅡ
俺の目の前には、頬を膨らませた少女が一人。
薄暗い街中で出会う所などは、初めて出会った時のシチュエーションに近い。
何より違うのが、目の前の少女、綿貫奏の表情だろう。
一体何が………と思ったが、よくよく考えればすぐに見当がついた。
一応、奏には今日の俺の予定を軽く伝えていたのだ。
「あー、ごめん。ちょっと職場見学が長引いて」
「………なんで? なんでおくれたの?」
「いや、だから今説明して………」
「そうじゃない。きのうよりかおいろわるい」
「………さっきも言ったけど。実は見学先でちょっと倒れちゃって」
「………はぁ!?」
できるだけなんでもないようなことみたいなニュアンスで伝えようとしたんだが………ダメだったか。
奏は、冷静さを取り落としたように此方へにじり寄る。
「なんで、なんでそんな、たおれるの? まえもたおれたじゃん! なんで、そんな、むちゃするの?」
「なんでって………それは」
少しずつだが、奏の目から涙が込み上げているのが見てわかる。
俺はそれを見て言い淀んだ。
その答えが、本当に奏の為になるのか、確信が持てなかったから。
俺が逡巡する間に、奏は俺の右足を掴んで揺さぶる。
「なんで、なんでこたえられないの? いえないようなことしたの? いってよ、なんでも………」
「───奏」
言えないことは、ある。
人間は、時には自分自身を覆い隠さないとやっていけない生き物だ。
っと、この理論はおかしいか。
「俺も、よく分からないんだ」
「わからない、って………」
「倒れた理由」
本当に分からない。
一番の当事者である筈の俺が分からないんだ、他の人にもきっと分かりはしないだろう。
付け加えるなら、奏がここまで俺のことを心配してくれる理由も分からない。
でも、それでも。
きっと俺にも出来ることはある。
「ごめん、奏。俺にも倒れた理由は分からないけど、それでも、これからは気を付けるよ」
「そうじゃない」
「え」
誠心誠意誓ったのだが、何が違うのだろう。
見れば、奏は今も俺の足に縋っている。
………その瞳を見れば、言わなければいけないことは、きっと誰にでも分かっただろう。
自分の察しの悪さに嫌気が差した。
「………ごめんな、奏。心配かけて」
「………っ、うぅ」
遂に、奏の目から涙が溢れ出す。
奏は手で拭おうとするがそれでもなお涙は溢れている。
差し出したハンカチが意味をなさない程、とめどなく、とめどなく。
「しんぱい、した………っぐ、かえって、こないっ、からぁ」
「ああ、ごめん。本当に心配かけた」
「あっち、こっち、走っ、て、っ、やっと、みつけっ、た」
「………本当にごめん」
あやまりながら、俺は決意した。
やっぱり強くなろう。
まずは周りの人を心配させない程度には。
そして、周りの人を心配から守れるくらいには。
薄暗い街に街灯が灯る。
その光は、咽び泣く少女と涙を拭う少年の姿を、よりはっきりと映し出した。
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