其の二二 俺、あやまる。
俺は今、『ファースト探偵事務所』の中で世話されている。
事務所の前で倒れてしまった俺は、そのまま事務所の中に運び込まれたのだ。
所長である一之助さんが「今すぐ安全な場所に運び込もう」とおっしゃってくれたらしい。
そしてトイが「………消化に、いい、もの、が、いいか、な」とおかゆを作った。
シンミは「一応濡れタオルでも額に当てとこう」と、頻繁にタオルを取り換えてくれた。
それがおよそ二時間続いたとのこと。
それについては本当に有難いし、二時間も迷惑をかけた申し訳なさでいっぱいなくらいで、何も文句はないのだが………
一個だけ言うことがあるとすると………「目が覚めていない人に対してお粥を作っても意味ないんじゃ?」ということだ。
いや、心遣いは有難いんだけども。
ということで、今俺はお粥を頂いていた。
食べるのは好きだし、美味しいものも好きだ。
たとえそれがいくら素朴なものであっても。
そう………美味しければ。
ぶっちゃけて言えば、これ、クソ不味い。
口に入れれば入れるほど、その量を越える別の何かが出ていくような錯覚に襲われる。
食べることそのもの、その概念が地獄と成り果てるような、そんな味。
「………美味、し、い?」
と聞いてくる誰かがいるから、絶対に口には出せないけれど。
「ああ、美味しいな。ああ。でも、もう大丈夫だ」
「………本、当?」
「ああ。本当だ」
と言ったものの、やっぱり多少罪悪感は残った。
不味い。
誰か来てくれ、そして俺をこの場から救ってくれ。
「あれ~、トロ、律義に食べてんね~。そんなくそまずいもの~」
来てくれとは言ったが爆弾を投下してくれとは言ってないぞ?
「………え、っと、くそまずい、の?」
「うっ」
やめろ、こっちを見ながら不安そうな顔をするな。
罪悪感が臨海突破して再び気絶してしまいそうだ。
「え~、うん」
そして話が面倒になるからシンミはもう何も言うな。
トイの顔が次第に下を向いていく。
室内だから帽子は取っていて、表情が完全には隠れておらず、若干普段よりも眉が下がっているのが見て取れる。
「………………やっぱり、かぁ」
不味いぞ。
いやこれは味の話じゃなくていつもより沈黙が長くなっている状況に対してだな。
「………………ごめん、ね。弟子君。気に、して、ない、か、ら」
「そうなのか?」
「ま~、だろうね~。住み込みで働く人は~、食事は当番制にしてるんだよね~」
「そうなのか」
まあ、俺は奏の家から通うことになりそうだが。
「でも~、あまりに料理があんまりなもので~、トイだけは当番から外れてるんだよね~」
「えぇ………」
「だから~、とっくに思い知らされてるはずだから~。言っちゃって大丈夫だよ~」
そうなのかぁ。
にしても言い過ぎだと思うシンミの言葉に、トイは複雑そうな顔をする。
「………………秘書くん、と、作っ、た、のに」
「そうなのか?」
「………………う、ん」
「へぇ………」
チラリとキッチンの方を見やる。
すると確かに、黄色い人影のようなものが見えた。
きっとあの人が秘書くん、なのだろう。
「いやいや~、トイ、アナタ彼の言うこと聞いてなかったじゃんか~」
「そうなのか?」
「………………そん、なこ、と、ない」
「どっちだ」
「いや~、だって『塩をひとつまみ入れて』って言われた時、トイ、砂糖をドバドバ入れてたじゃんか~」
「それは何というか………次元が違うな」
そんな真似をすればあんな味になるはずだ。
何故そんな無謀な事をしたのかは分からんが。
トイは、少し恨めしげにシンミを見つめながら、呟いた。
「………………………………………………シンミ、こそ、弟子くん、が、倒れ、た、時、一番、あたふた、し、てた」
「んにゃ~!?!?!?」
ふとした呟きに、シンミが奇声を上げる。
一体なんなんだ。
トイが何か言っていたのに、お前のせいで途中から何を言ってるのか聞こえなかったじゃないか。
赤くなりながらシンミはふにゃふにゃと口を動かす。
「にゃ、そんなことない、にゃい」
「………………あ、る! だっ、て、弟子君、のタオ、ル、五分、に一回、は、変え、すぎ」
「にゃああああああ!?!?!?」
「一体どうしたのですか。お客人の前でそのような行いは良くありませんよ」
割って入ってきたのは、ナイスジェントルな西園寺一之助さんだ。
止めてくれるかと思ったけど。
「それでは、君たちは向こうの部屋へ行ってもらいましょうか。ああ、勿論トロン君はここに居てください」
「………………分かっ、た」
「お、おぉぉぉ~けぇぇぇ~───」
ズゴゴゴゴ、という感じの効果音が鳴りそうな剣幕で、二人は奥の扉を開けた。
そしてそのまま、部屋の中へと消えていった。
「あの、あの部屋は?」
「奥の部屋は『トレーニングルーム』となっています。先程も説明致しましたが、完全防音かつ衝撃吸収となっていますので、トロン君も使ってくれて結構ですよ」
「ああ、あそこが」
やたら扉が重そうだと思ったが、それなら納得だ。
ソファの上で横にされている俺に、向かい側にあるチェアに腰掛けた一之助さんが慎重そうに切り出す。
「最初に謝らなくてはなりません。本当に申し訳ございませんでした。無遠慮な行い、心よりお詫びします」
「えっ、いやいや、そんな、頭下げないでください」
慌てて両手を振って、言葉通り頭を下げてくれている一之助さんを制止しようとする。
自分としては本当に気にしていない、勿論一之助さんのあの言葉が何らかのきっかけにはなっただろう。
しかし、彼は彼で考えたうえでの発言だろうし、まさか気絶するなんて想像できるはずもない。
暫く頭を下げ続けた一之助さんは、自分で納得がいったのかゆっくりと頭を上げた。
「ありがとうございます。ところで、ですが」
「? なんですか?」
「ご家族の方は、大丈夫ですかな? きっと心配なさっていると思うのですが」
「あ、ああ。そうですね。それではお暇します」
「はい、ではまた。仕事のことはおいおい連絡します………二人にはしっかりと言っておきますので」
「御手柔らかにしてやって下さい」
本気で殴りかねない感じの迫力のある笑顔だった。
俺もこれからお世話になる身、立ち振る舞いには気を付けよう。
それから数分後。
俺は薄暗い市街地のど真ん中で、とある人に捕まっていた。
「………今までなにしてたの?」
「う~ん………気絶?」
「なにしてるの、心配したでしょ!」
これまたかなりの迫力があった。
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