其の二一 俺、再び目覚める。

 ズキズキと痛む頭に、覚醒を実感する。

 またしてもよく分からない夢を見た、誰だ、あいつは。

 俺とやたら仲が良かったみたいだが、俺の記憶には全く彼女のデータが無い。

 訳の分からない存在だ。

 多分だが『病院で他人の子と取り違えられた子供が、ある程度まで育ち、唐突にその事を告げられた時』の心境に近い、経験したことないから分からんが。

 要するに、『今まで自分が全く何も無いと思っていた場所に、急に繋がりができた』という感じだ。

 正直に言えば、戸惑っている。


 一昔前に、中身が入れ替わるという映画だか何だかが流行ったという。

 もしかしたら、俺もその作品の主人公達と同じく、中身が入れ替わってしまったのではないか。

 そして、ふとしたタイミングで、自分ではない自分が見た光景を見せられているのではないか。

 そんな、ありもしないSF的な事まで考え出す始末。


 ………いや、死んだはずなのに妖怪になって別の世界に転生してる今の俺があんまり『SF的な』とか使うべきではないな、うん。

 妖怪以外にも、《術使い》なるものがいるらしいし。


 《術使い》で思い出した。

 兜さんの話によれば、奏も《術使い》と呼ばれる内の一人らしい。

 分類としては、《妖怪》は、外界に影響を及ぼし、何らかの事象を起こす者。

 《術使い》は、何らかの特殊能力を持つが、事象を起こすことは出来ない者だったか。


 ………そう聞くと、《妖怪》と《術使い》との違いとは、何なのだろう。

 勿論、細かなところはいくつか違う上に、基本的には上記の違いがある。

 だが、この世はあくまで人間が主体。

 《妖怪》は人間以外の生命体だ。

 元が人間だったからこそ言えることだが、人間は、『人』と『人ならざるもの』という判断基準を用いることが多いし、人に本来できないことが出来る相手を奇異な目で見ることが多い。

 そんな人間主体の社会で、『人ならざるもの』としての《妖怪》と《術使い》の存在に、果たして幾らかの違いがあるのだろうか。

 《術使い》は外界に影響を与えずとも、人を超越した何かを持っているわけで。

 ………まあ、考えていても、そうそう答えが出ない問であるのは分かっている。


 一旦この話題は保留。

 今の俺が深く突っ込む話題でもない。

 それよりも、ここから先、具体的には明日の予定とか………


 ───じゃない!


 違う、そうじゃない。

 あの時、一之助さんからの言葉で気を失った俺は、今、何処に居るんだ?

 確認しなければならない、しなければならないのだが。

 今日の昼間───多分一日が終わってはない。体感時間でだけど───に兜さんから聞いた話のせい、という訳では無いが。

 断じて違う。

 いや、今俺が《GNOME》とやらに誘拐されている可能性が無いとは言えないので、なんとも言えないけれど。

 今起き上がるのは………少しだけ怖い。


 とはいえ起き上がらない訳にもいかず、どうしたものかと思っていると。

 周囲から声が聞こえてきた。


「ねね~、やっぱりタオル新しいの持ってく~?」

「………うん、お願、い。なんか、うなされ、てた、か、ら」

「りょ~」


 この声は………師匠二人組。

 どうやら俺は、倒れた後そのまま事務所内に運ばれたらしい。

 恐らく此処は仮眠室のような場所だろう、薄目を開けて辺りを見回すと、そこにはお粥らしき食べ物を持ったトイがいた。

 きっと俺の為に用意してくれたのだろう。

 有難い。

 いつまでも心配を掛けているのも悪いので、今目が覚めましたよー、という体で起き上がる。


「ん、あぁ………」

「………! 起き、た!」

「えっ! ホント~!?」


 起き上がると、やがてパタパタとスリッパを鳴らしながら、片手に濡れたタオルを持ったシンミがやってきた。


「お、起きたじゃ~ん! 全く手間かけさせやがって~!」

「あ、ああ、すまん………ってか、ここは?」

「………事務所、の、中」

「ああ、そうか」


 やっぱりか。

 玄関先で倒れてしまったのだからそのままにしておくわけにもいかなかっただろうし、申し訳ないことをした。


「ありがとな。その………看病、してくれて」

「………ん。いい、よ。弟子に、は、健康で、いて、ほしい、から」

「あたしも同じく~。トロ君には身体に気を使って貰わないとね~」

「本当にありがとうな」


 二人は、心底安堵した顔だった。

 俺はその二人に、前に倒れた時に見た奏と井川さんの顔を重ねていた。

 人間と《妖怪》と《術使い》の間にある違い。

 少なくとも『優しさ』に違いはないんじゃないかと、そう思った。

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