Episode of Devils ~妖怪達の話~《Toron》

 兄妹による合体技で、チチオヤーンを撃破した後。

 ウチには、誰かが家を出る時には、家に残る人の内の一人は見送りに行くというルールがある。

 みんなの職場や学校に着くべき時間はほとんど同じだ。

 しかし、家からの近さ的に一番遅くまで残っていられるのが俺だから、基本はそれは俺の担当だ。


「じゃあ、私は今から学校行くんだからねっ」

「はいはい。行ってらっさい」

「適当だよねっ」


 直前になって支度を始める癖のせいでバタバタと家を出る妹を見送り。


「あー、じゃあ、行ってくるわ。死んでも行きたくねぇけど」

「んじゃ死んだら」

「最近子供達が冷たいよぅ」


 溶けそうなほど背骨が曲がりながらぼやいていて、かなりうざったいチチオヤーンを見送り。


「んじゃ、行ってくるよ」


 誰も居ない家に見送られ。

 俺は学校に向かった。




 いや、しかしまあ、最近の俺はどうも疲れている気がする。

 普段なら、妹にあんな感じに当たることもなかったのに、さっきはついカッとなってしまった。

 歩きながら気が付いたけど、ベッドじゃなくてソファーで寝ちゃったから、かなり節々が痛い。

 こんな妹による原因もあるだろうけど、何より一番俺の心と体にダイレクトアタックするのは。


「時雨クン、よっすー!」


 後ろから声がしたので、振り返る。

 と思ったら、いつの間にかソイツは俺の背中に張り付き、バンバンと背中を叩いていた。

 大して痛くはないが、なんとなく鬱陶しいので、俺はカバンを持っていない方の手で無限背中叩き機を止めつつ、とりあえずは挨拶を返すことにした。


「………おはよう」


 俺が日々疲労を蓄積していくのは、この、朝の挨拶とは思えないくらい適当な言葉を発する奴のお陰せいだ。

 かなり短く、肩にかかる程もない、茶色の髪。

 右と左の頬には、ちょっとしたそばかすがある。

 背丈は小さいけど、その分の栄養を全部吸ったのか、ってぐらいには胸がある。

 いや、ホントにマジで。

 失礼であるとは分かっているが、同年代でコイツより大きな胸を持つやつは見たことがない。

 コイツの名前は、五月雨布留。

 それらの『可愛い要素』を吹き飛ばすほど、俺にとっては残念な奴だ。


「どーしたの? 元気ないじゃーん! もっと元気に行かなきゃ! 私達も、昨日から先輩になったんだよ!」

「………まあ、そうだなぁ」


 言いながら、コイツはまた俺の背中をバシバシと叩きだす。

 こんな奴の後輩は疲れるだろうなぁ。

 ちなみに、コイツと俺は同じ中学に通ってる。

 通学路が途中から同じだなんだと難癖を付けて俺に突っかかってくるのは、コイツしかいない。

 布留の奴とは、昨年の春に中学に入った時に知り合った。

 いや、認識せざるを得なかったと言うべきかな。

 『注意:このセリフは読み飛ばし可』が常に付いているような奴だ。


「あ、そうそう、こないだの発表見た? あの『刀剣論破』が新作アニメやるって! 楽しみだよ! 超がつくほど! なんてったって、キャラデザが良いんだ! ホントに私好み! キービジュも公開されたけど、今までの『刀論』の中で一番かも! そん中でも、赤色お下げの子がかっわいいんだこれが! 誰が中の人になるかな? やっぱり〇やねるかな? それとも〇のりん? ワクワクが止まらないよー! 今からエンジンフルスロットル!」


 こんな感じで、いきなり熱く語りだされたら、誰だって印象に残るだろ?

 俺の場合は、一瞬で記憶に刻み込まれた。

 最初に話しかけてしまった俺が悪いのかな。

 いずれにせよ、俺とコイツはおよそ一年の付き合いだ。


「あれから一年、か」


 柄にもなく呟いてみる。

 さっきから布留は喋り続けてるし、きっとこっちの言うことなんか気にも留めてないだろう。

 と、思っていたけど。


「あれ? なになに、急にセンチメンタルなこと言ったりして! らしくなくてクサイよ?」

「……悪かったよ」


 ああ、俺がコイツのせいで疲れる原因は、ここにある。

 こういう、人のふとした発言をわざわざ拾って、そしてそれでイジるところだ。

 ………もう、一々言い返すのも、めんどい。

 このままでいいや。




 そうして俺と布留は、学年が上がったことにより移動した『二年二組』の靴箱に向かった。

 自分の出席番号が記載された靴箱の扉を開き、中の上靴を取り出して代わりに外靴を入れる。

 ………こういう時は屈んで靴を履いたりと、女の子らしい仕草があるのが気に食わない。

 思わず目を奪われていると、布留が履き終わって起き上がり、危うく合いそうになった視線を逸らした。

 布留は気が付いていない様子で俺の隣に立つ。


「あ、そうそう、昨日も言ってたアレなんだけどさー、やっぱり私はやりたいかなー。どこでも良いんだよ? 例えばカラオケとか、ファミレスとか?」

「あー……」


 コイツが言っているのは、『無事二年生に進級できたぜやったぜおめでとう会』というヤツだ。

 何かを成し遂げたあとの打ち上げ的な『やったぜ』要素と、単純な誕生会のような『おめでとう』要素は、どちらが大きいのか。

 それを布留に聞いたら、「そんな細かい事気にすると、ほ、ほ、他の人にモテないぞー」と言われた。

 ………が、学生の本分は勉強だから、い、良いんだい!


「まあ、俺も反対ではない」

「お、そうなの? じゃあ、行こうよ! どこか行きたい場所ある?」

「いや、特に無い。と言うかお前が行きたがってたんだろ、布留。お前の好きなとこにしよう」

「お、そ、そう?」


 急に布留はそっぽを向いてしまった、なんでじゃ。

 ちなみに、俺が決めるのはめんどかった、ってのも理由の一つだ。

 コイツの前で言うと絶対に突っつかれるので、死んでも言わんけど。


「じ、じゃあじゃあ、私はカラオケがいいです! 健全な中高生の男女が打ち上げ的な感じで行くには、これ以上の場所は無いでしょ?」

「で、本音は?」

「キミにアニソンやボカロを布教したいからです!」

「………出来るといいな」


 「健全な~」とか言うキャラじゃないからな、コイツ。


「でもでも、時雨クンも、反対じゃないでしょ?」

「………まあな」


 正直、コイツの魂胆を聞いてから気乗りしなくなったけど、さっき『どこでもいい』と言っちゃった手前、断われはしない。

 覚悟は決めよう。


「一年掛けて語っても、全然理解を示してくれなかったからね! 今回は一風変わったアプローチだよ!」


 一年間、俺は本当によく耐えたと思う。

 もちろん、どうしてもオタクになりたいわけじゃない。

 ってか、俺の妹のおかげで、多少はオタクっぽい物に理解はある。

 だからかは知らんけど、一年前から今まで、俺は布留による特別講座を受けっぱなしだ。

 いつ講座が終わるかは分からん。


「それにしても、なんで時雨クンは素直にならないかな? なんか理由があったり?」

「理由っていやあ、恐らく妹によるアレだな」

「ふーん?」


 いつだったか、妹がなんかのアニメのイベントに行きたいと言い出したことがあった。

 俺は特に反対せず、その日仕事があった親の代わりに、まだ小さかった妹の保護者として同伴したのだが。

 その時に、物凄くマナーが悪い人達がいたのだ。

 俺達は帰り際にトラブルがあって少し会場を出るのが遅れたのだけど。

 その時に目撃したのは、大量に落ちているゴミ、周りの人を顧みずに大声で話す集団、スタッフオンリーの場所に勝手に入る人、エトセトラ。

 妹やコイツがそんなことをしないのは分かっているし、迷惑を掛けたりするのもあくまで一部の人だけと、分かってはいるのだけれど。

 それ以来、俺には『オタク』と言われる人に対する少しの軽蔑心のようなものが芽生えたのだった。

 ………色々なネタはコイツや妹経由で仕込まれてはいるけどね!


「ふぅん、ま、私はキミが抱える過去までは知らないけどさ」

「え」


 布留が俺の前を歩いていた筈が唐突に立ち止まり、此方を向いた。

 らしくない言動に戸惑っていると、そこであることに気が付く。

 顔のそばかすや髪型は認識できたのに、目のあたりに黒い靄が掛かっていて表情のすべてが察しきれない。

 なんだ、これ。


「え、ふ、布留………?」

「だってそうでしょ? キミは私がどういう気持ちだったか、何を考えてたか想像したことあるの? 目を見て話してくれたこと、どれだけあったか覚えてる?」

「や、やめ………」


 ゆっくりと、しかし着実に此方に歩み寄る、黒い靄。

 訳も分からず小刻みに震える身体を抱えて蹲る俺を、靄は如何にもつまらない、といった雰囲気で眺めていた。

 やめろ、やめろ、その姿で俺を見るな。

 割れるほどの痛みに苛まれ、俺は───

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