其の二〇 俺、話を聞くⅡ

 ナイスミドルなお爺さんが入ってきた。

 諸君、と彼は言ったが………俺は知り合いではない。

 となると、仮面の剣士かオレンジ色のドラゴン、いや違う、それを操作した雪女か天狗のどちらかは知り合いだ。

 どちらだ、と思っていると。


「や~社長~。彼、連れて来ましたよ~」

「………連れて、来た、って、より………誘、った? 感、じ、だけ、ど」

「細かい事は気にしないでも良いさ。君達が我らが『ファースト探偵事務所』の為、尽力してくれたのならね」


 そう言って、彼は視線を俺に移した。

 どうやら、この三人は知り合いどころか同僚の様だ。

 しかも、お爺さんは社長或いは所長。

 つまり。


「やあ、自己紹介が遅れてしまったね。すまない。私は西園寺一之助。この『ファースト探偵事務所』の所長で、《気配感知》の《術使い》だ。初めまして、かな」


 ………そういうことになる。

 以前にも、探偵事務所のトップは術使いという話を聞いていたが、本当にそうだったのか。

 始めて、《術使い》と名乗る人に会った。


「あー、初めまして。俺は<白九尾>のトロンです。妖術は一応高炎・高氷・高風です」

「ほう。妖術が三つ。それは珍しい………今後は宜しく」


 一之助さんはスッと右手を差し出してきた。

 きっと握手を求めているのだろう、俺も右手を出して応じる。

 その時、一之助さんの瞳の奥に光が揺らめいた気がした。

 一之助さんの、「コイツは中々期待の新人だ」という考えが、俺にまで影響したのだろうか。

 ちょっと分からないが、とりあえず悪い人そうではない。


「えっと、早速ですけど俺、今日はこの会社? 事務所? のことについて話を聞きに来たんですけど、良いですか?」

「ああ、そうだよね。話は聞いているよ。私達に興味を持ってくれている、とね」


 そう言いながら、一之助さんは左手でソファーに座るよう促してきた。

 なので、俺は右手を離し、モフッとしたソファーに腰を預けた。

 俺が座ったのを確認して、一之助さんも座り、口を開く。


「まずは、君が今、どれくらいの事を知っているか、教えてくれるかい?」

「一応、浮気調査とか、ペットの捜索なんかをするって聞いてます」

「うん、まあ、概ねそんな所さ」


 綺麗な姿勢で、瞳を閉じて首肯する一之助さん。


「メインの活動としてはそんな感じかな。君の認識で間違いはない………不足している点はあるけどね」

「と、言うと?」

「君………トロン君と呼んでも?」

「構いません」

「ありがとう………トロン君も、『陰陽師』の事は知っているよね?」

「ええ、まあ」


 昨日、怒られかけたやつだ。

 確か、悪い妖怪を取り締まる、妖怪や《術使い》の集団だ。

 随分と職務熱心な方々だったな。

 昨日の事を思い出してシンミをチラリと見ると、彼女はサッと視線を逸らした。

 ………あいつ、都合が悪くなると視線を逸らす癖があるな。

 そそくさとシンミは逃げていき、トイもまた、彼女に付いて行った。

そんな彼女を視線で追った後、再び俺の目を見て一之助さんは話し始める。


「………彼らの役割、それは犯罪を犯した妖怪や《術使い》を取り締まること。当然、犯罪者の中には、怪盗という人種も含まれる」

「怪盗と、探偵………あ」

「分かったかな? 我々『ファースト探偵事務所』は、時折『陰陽師』から仕事の依頼を受ける事がある。怪盗以外もあるけどね」


 なるほど………!

 それは少し心躍る。

 宵闇に紛れて人々の宝を盗んでいく怪盗に、真実という名の銃口を突きつける、そんな感じか。


「全ての依頼の中では規模の小さいものが多いけど、最近は怪盗関連の依頼も増えてきたね」

「なるほど」

「お給金について一応言っておくと、一つの依頼を片付けた時に、その依頼報酬を貢献度に応じて分配する感じだね。勿論、所長の私は、一定量貰わないと家賃とか諸々あるから、貢献度なしである程度は貰うけどね」


 それはまあ当たり前のことだろう。

 家賃が払えなかったら、当然ここでの営業を続ける事が出来なくなる。

 むしろそうして貰わないと従業員としても困る話だった。


「じゃあ、次は職場について話そう─────」




 その後も、およそ三十分に渡って一之助さんの説明は続いた。

 気になる点が無かった訳では無いが………俺はここで働くことを決めた。

 元々その決心をする為に此処に来ていたので、自分の中では当たり前だった。

何かしら労働をして対価を貰い、それを綿貫家に納めねば、という考えは達成できそうだ。


「そうかい。それはありがとう。今後の事については、シンミやトイを通じて連絡するよ」


 そういうことで話は纏まったのだった。

 出口の扉を開けて、俺が帰ろうとした時、三人が見送りに来てくれた。

 代表者の一之助さんが話し出す。


「今日はありがとう………来てくれて。疲れただろう、遠い所まで」

「いえ、そんなに遠くなかったんで」

「そうかい?」


 お礼と今後の挨拶をして訓練に向かおうとした、そのタイミング。


「あ、君に一個言いたいことがあったんだ。─────私が《気配感知》の《術使い》と言った事を覚えてくれているかな?」

「え? はい」

「それの効果範囲は、おおよそこの街を丸々包むくらいなんだけど、それよりも縮めることが出来るんだ」

「? ?」


話が見えてこない。

一之助さんの表情は迫真そのものと言うか、俺を見定めようとしているというか。


「広げたりもできるけど、今は割愛して………範囲を縮めると、反比例的に効果が上がって、内面まで覗くことができる」

「あの、それが何か………」

「先程、握手をさせてもらった時にトロン君の中を拝見させて貰ったが………」


 一之助さんは、そこで言葉を一度切った。


「───君、本当に生き物かい?」


 そして、俺の意識は暗闇へと落ちていく。

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