其の一九 俺、お邪魔する。

 兜さんの話の後、俺はベンチで佇んでいた。

 春の風は穏やかで、内面さえも優しく撫でて、通り過ぎて行く。

 心の中の空白を。


「………まあ、訓練の理由が一つ増えた訳だな」


 兜さんの話の本筋、『奏を守ってくれ』という依頼。

 それを俺は、二つ返事で了承した。

 というか、言われなくてもそのつもりではあったはずだが。

 それに、あの時に語り掛けた言葉には、一片の嘘もない。

 だけれども、どうしても考えてしまう。


 ………………………いざという時に、命を賭けてでも守り抜く、そんな覚悟が、今の俺には果たして有るだろうか、と。


 俺の心は揺れ動いている。

 やはり俺は、考え始めるとネガティブになってしまうのだ。

 それでも、俺の気持ちは俺にも分からないまま、時は過ぎていく。


「………さて」


 考えていると、もっと自分に自信が持てなくなる。

 そう思い、立ち上がって花の園を抜ける。

 この先、自分が何を選び、どう生きて行くにしても………護りたいものを護れないのは、御免だ。




[***]




 現在、俺は割と人通りの多い道を歩いていた。

 周りには、普通に買い出し中の金髪女性も居れば、エプロンをつけた黄色い肌の大男などが見える。

 ………普通に溶け込んでるな。

 さて、今俺はシンミとの約束の為に、とある場所へと向かっている。

 ………まあ、迷ったが。

 仕方がないので、俺はシンミとトイから貰っていた地図を取り出し、道を確認する。



「えっと、今この道で、北はあっち、地図の中のあの店がそこにあるから………」


 良し、この道で合ってる筈だ。

 俺は二つ先の路地を右に曲がり、地図のバツ印を目指した。


「………あれ」


 おかしい。

 路地の左手側に扉があって、ノックしたら出てきてくれると言っていた筈なのに、扉が無い。

 だから、ノックしようもない。

 何故だろうか、地図通りに進んできたと思ったのだが。


「………仕方がない。一度戻るか」


 迷った時の鉄則、分かる所まで一旦戻るを遂行することに。




 ………という事を三回繰り返した。

 いや、俺が方向音痴な訳では無い、訓練から帰る時は、普通に帰れているのだ。

 となると、この地図が悪いことになるが………?


「んー、どこがおかしいんだ? この店の位置と交差点の場所は間違ってない筈だしな………」

「すみません。提言します。その地図の間違っている箇所。店の名前です」

「え、あ、なるほど。そりゃ着かない訳、だ………!?」


 咄嗟に、俺は後ろに飛び退る。

 こういう反応は実戦練習の賜だな。

 オーバーリアクションだと思われるかもしれないが、普通なら三回も同じ事を繰り返す人に、声は掛けないだろう。

 だが、独りで地図を取り出して確認していた俺に声が掛かったのだ。

 予想もしない角度から話しかけられたので、少々驚いてしまった。

 と、俺が大分失礼な行動をしてしまったせいか、その人は、かなり困惑しているようだった。


「あの。何か気に触る事。しましたか? 目指す場所。バツ印です。違いますか?」

「いや、あの、そうですけど、そうじゃないんです。と言うかむしろ、助かりました。このままだと約束の時間に遅れそうだったので」

「なるほど。それは大変でした。ずっと見ていました。困っているようでした。時間を守るのは大切です」

「あー、なるほど」


 そうか、この人なんか既視感あると思ったら、さっき道を歩いていた、黄色い肌の人か。

 にしても、なんだかよく分からない喋り方をする人だな。

 だけれども助かった。

 その後もその人に詳しい道を教えて貰い、俺は何とか辿り着くことが出来た。




「あ、いらっしゃ~い。待ってたよ~」

「………やっと、来、た」


 扉から出てきたのは、腰まで届きそうな程の黒髪の大天狗と、肩にかかるほどの長さの青い髪を持つ雪女。

 黄色い人に教えて貰った通りに行くと扉とインターフォンがあったので、とりあえずインターフォンを鳴らした。

 すると、待ち構えていたかのようにタイムラグ無しで扉が開き、少し面食らった。

 地図は郵便受けに入っていたらしいので、遅れた原因の多く、つまり地図を描いたのは二人のうちどちらかだろうけど。


「ああ、ちょっとお邪魔する………ところでトイ、この間は来てくれてありがとう。ちゃんと帰れたか?」

「………結構、大変、だっ、た」


 なるほど、となるとお前が犯人か。

 黄色い人の助けもあって結果的には着けたから良いけども。


「ま、立ち話もなんだから、宣言通りお邪魔してよ~」

「あ、なんかすまん」


入り口でずっと立っていた俺にシンミが声を掛ける。

 マナーが間違っていたか、全然気が付いていなかった。


「も~! トイ~! トロンくん来るから綺麗にしてって言ったじゃ~ん! なんで食べかけのお菓子とか畳んだ洗濯物が落ちてんのさ~!」

「………別に、落として、ない。置いた、だ、け」

「お客さんが来るのに床に置いてあるのが問題なの~!」


 俺が来なかったとしたらそれでいいのか。

 しかも俺の前でそういう喧嘩を始めていいのか。

 どうやらコイツらにマナー関連の事を責められる筋合いは無いようだった。




 入って通路に従って進んでいくと、やがて扉が再び現れた。

 開けて中に進むと、中にはソファーとローテーブルがある、リビングのような空間だった。

 すぐ近くの扉は既に空いており、その中に蛇口と食器棚が見える。

 なるほど、ここは恐らく応接間か。

 そう思った時、シンミが壁にかけてあったエプロンをして、食器棚のある部屋へと進んでいく。


「じゃ~、お茶入れてくるから待っててね~」

「なんかすまんな」

「………てつだ、う」

「うん、気持ちだけ受け取っとくよ~」


 自ら手伝おうとしたトイを、シンミは柔らかく拒否した。

 顔は笑っていたが目は笑っていなかったので、つまりはそういうことだろう。

 やんわりと断られたトイは、眠たげな瞳のまま頬を少し膨らませている。

 見るからに不満がある顔だ。


「………むー………挑戦、したい、のに」

「いや、あの、やめといてくれるか。俺の身の安全の為にも」

「………! 私、そこまで、料理、下手じゃ、ない、も、ん」

「え、そうなのか」

「………卵焼き、位は、作、れる」

「………ちなみに色は?」

「………………赤、色」


 うん、ご馳走になるのはやめておこう。

 そしてトイを止めたシンミには感謝だ。


「ま~、そんな訳だからさ~、トイはトロンくんと一緒に待っててよ~。そこにゲームとかもあるし」

「………対戦、す、る?」

「よし来た。なんのゲームがあるんだ?」

「………最新版、の、スマ○ラ」

「よし乗った!」


 あのゲームの最新版はやるしかない!




 三十分に渡り、死闘は続いた。

 途中でお茶を差し入れに来た大天狗も死合に加わって、三つ巴の正しく乱闘。

 トイは、仮面のボールでトゲ付きの剣を振るい切る。

 シンミは、赤いドラゴンで火を吐き空を飛び岩砕き。

 俺は、黒い翼の天使モドキで矢を放ったり殴ったり。

 勿論残機数は三でアイテムはなし。

 ………あの十字の入った未確認飛行物体さえも、なしだ。

 闘いは幾度となく繰り返されたが、最後に勝ち星を多く挙げていたのは………


「………やっ、た」


 トイだった。

 その次はシンミで、最後が俺。

 ………別に俺が弱い訳では無い、筈だ。

 お金が入ったら買って、奏と一緒にやってみよう。

 とまあ、そんなことをしているうちに大分時間は過ぎた訳だが。

 俺って結局、ココに何しに来たんだっけか。

 ………ああ、そうそう。

 社長だという西園寺一之助さいおんじいちのすけさんに会って、この団体の説明を聞くためだ。

 と、なると、その人を待つ必要があるのだが。


「やあ、諸君。元気かな? おや、君がトロン君だね?」


 ………扉を開けて入ってきたこのナイスミドルなお爺さんは、その人でなければ一体誰だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る