其の一八 俺、話を聞く。
日は昇り、ささやかな風が優しく肌を撫でる。
俺は今、花の園という花畑に備え付けてあるベンチに、一人腰掛けていた。
頭の中で、先程兜さんから聞かされた話を反芻しながら。
始まりは三十分ほど前の事だ。
「実は最近、良からぬ話を小耳に挟んでな」
いきなり俺を社長室、もしくは書斎に連れて来てソファに座らせ、兜さんは話を切り出した。
話の流れも何もないタイミングで切り出され、正直困惑気味だった俺は、とにかく話の全貌を掴もうとした。
「と、言いますと?」
「アフリカや中東、中南米の辺りでは、未だに紛争が続いている事は、当然少年も知っているな?」
「………はい」
民族的、宗教的、領土的なしがらみにより、今なお多くの血が流されている。
以前、社会科の教師が言っていた事だ。
初めにこの手の話を聞いた時、俺はやり切れない想いで一杯だった気がする。
………出来ることなら、自分の知り合いが、そういった事に巻き込まれるのは、防ぎたいものだ。
「紛争、戦争があると言うことは、当然ソレ関連のビジネスも未だに根強く残っている」
「まあ、そうでしょうね。悲しいことですけど」
こういう言い方はなんだが、当然の話だ。
紛争や戦争というものにおいて得をする人間がいる限り、そこにニーズという名の犠牲が蔓延するのは。
悔しいが、会社の人も命を、生活を掛けている。
兜さんは、厚いシャッターで蓋をされた窓に向かって足音を響かせながら、話を続けた。
「で、だ。ソレらの筆頭と言われる物が、『傭兵斡旋業』だ。分かりやすく言うなれば、『兵士屋』といった所か」
「なるほど」
それもそうだ。
………いや、話は分かるのだが、言いたいことがまるで伝わってこないのは、俺の理解力に問題があるのか。
平和な国、日本に暮らす俺には、少々現実離れした話だ………こういう意識が問題なのかもしれないけれど。
「ここまでは良いか?」
「ええ」
「良し。此処からが本題なのでな。付いてこられぬと困る」
そう言いつつ、突然何者かに掴まれたかのように、兜さんの足が停止した。
入口側に居る俺には、背中を見せている形だ。
「最近、その業界に、新しく参入してきた奴らが居るそうだ」
「へえ」
世界から争いは無くならない。
そう見越した上での判断か。
「その名も《
「へえ」
兵士斡旋をやってる所が『静かな』とか『優しい』とか、胡散臭すぎるだろう。
「で、その《GNOME》とやらがどうかしたんですか?」
「端的に言ってしまえば、その通りだ。尤も、どうかした、程度の認識では困るがな」
この話しぶりからして、かなりやばい事をしでかしたらしい。
「まあいい。聞け。先日、《GNOME》は、とある国家に兵士斡旋をした。問題はその兵士なのだが………十割が人間ではなかったらしい」
「え? 人間でない、ていうのは?」
「これは、立派に戦時条約に違反している」
話を聞くと、妖怪が人間の戦争に参加するのは、国際法でも禁止されているらしい。
普通の人間には知りえない話だが、確かにそれは由々しき事態ではある。
「今からは可能性の話になる。もしもこの組織が単独でテロを目論んだら、どうなるか分かるか、少年?」
「それは、普通に国際的な連合軍とかに鎮圧されるんじゃ?」
「いや、そうはいかない。派遣された兵は妖怪らしく、人間の身体能力を遥かに上回る力を持ち、集団のトップの個体は相当な知能を誇っていたそうだ」
「なるほど………」
「その上、各国の軍隊には未だに妖怪が編成されていない。国際法の事もあり仕方の無い事だが、そうした国に人外を相手にして勝てる要素は、殆ど無い」
「確かに」
「ちなみにその時派遣された兵の数はおよそ五百。その中の死者は全体の一割ほどらしい。相手国の被害は数百倍らしいが」
「………それ、かなりやばい話ですね」
勿論自分は戦争にも経営にも詳しくないし、国際情勢のプロフェッショナルでもない。
しかし自分にも分かる、そんな集団が存在するというだけで、かなり恐ろしい。
「派遣時に交わされた契約では、『日本円にして約五十億』を要求したらしい」
「五十億!?」
「ああ、そうだ。兵士五百に金額五億。一人当たり百万となる」
「それは、なんというか、破格ですよね」
スケールの大きさに腰を抜かした。
しかし考えてみれば目の前の男性も、世界に影響力を持つ企業グループの長なのだった。
「そうだ。雇った国も流石においそれと払える額では無い。だが、結果としては雇った側の圧勝。いや、勝負にすらならなかったとも言えるかも知れないが」
「何ともまあ………」
「………ちなみに、《GNOME》の代表者は去り際に『ではまた、明日からも、必要とあらば即日派遣致しますし、規模拡大も受け付けますので!』と。そう残したそうだ」
恐ろしさ故か、心なしか震えながら、兜さんは絞り出すようにして、声を出した。
このセリフを聞いた時、俺の顔は青ざめていたと思う。
人間でない兵を五百も派遣して尚、即時規模を拡大して送れる程の兵を持っている。
《GNOME》は、そんな組織だ。
………だいぶやばい。
「この組織の恐ろしい点は他にもある。《GNOME》が発足する前から現在に至るまで、世界各地で妖怪や術使いが失踪する事件が頻発している」
「関連性がない訳が、無いですね………」
「その通りだ」
恐らくは、人間ではない兵士の件と何かしらの関係があるのだろう。
そこまで喋った後、兜さんは後ろを向き直る。
弱さ、臆病さの欠片もない、優しい瞳が俺の体を縛り付ける。
これからの言葉、心して聞こう。
「そこでだ。少年には是非、奏を守って欲しい」
「───それは、なんでです?」
「………奏も、奴らのターゲットとなる人物の一人。術使いの端くれだ」
「そうなのか………」
本人からよりも先に、父親からカミングアウトされた。
別に良いが、本人の了承を得ていないのに、いいのだろうか。
「それに、我輩にも職務がある。いつも傍で護る事は、極限になれば井川は許しても世界が許さんのだよ。我輩一人で世界を止める訳には行かぬ」
「確かに、兜さん位になると、そうもなるでしょうけど」
「少年も、奏の事は当然嫌いでは無いだろう?」
「当たり前です」
恩義を感じこそすれ、怨念など欠片も持ってはいない。
奏の存在が無かったら今の俺はいないし、野垂れ死んでいた可能性すら低くない。
少なくとも、一緒の時間を過ごして心地よい相手を見つけるなんて贅沢、奏が居なければ出来なかった。
「では、奏のことを守ってくれないか─────」
兜さんは、縋るような声色で、俺に、意思確認をしてきた。
愛する娘の為、誠心誠意頭を下げる。
そんな兜さんを見た俺は密かに、何を言っているんだ、と思っていた。
………答えは、もう決まっているのだから。
「あのですね、兜さん」
「………なんだ、少年」
「俺、奏に救われたんですよ」
この世界の、拠点。
この世界の、食事。
この世界の、風呂。
この世界の、時間。
そして………この世界での、勇気。
「奏に会っていなかったら、出来なかったことがいっぱいあると、俺は思ってます」
紛れもない、真実。
裏表のない、本心。
偽りのない、事実。
そして………………………純粋無垢な、願い。
「きっと多分、それは今までのことだけじゃない。この先の未来でも、それは同じだと、俺は思います。だからこそ、共に行きたい。俺は、そう感じます」
運命などという恥ずかしい事は言わないが、できることなら支えたい。
それが、男として、人間として─────いや、人に救われた妖怪として、するべきことだ。
言い切った俺を兜さんは顔を上げて見詰め、そして顔を綻ばせる。
「………やはり、我輩の見立ては間違っていなかった、か」
「え? なんて?」
「ふ………なんでもない。それでは、これから………奏のことを、宜しく、な」
優しい顔で、兜さんは俺と握手を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます