其の一五 俺、仲を深める。
さて、シンミが機嫌を持ち直したところで、いざ参らん、と、外へ出る。
………疲れは半端ではないがな。
「トロってさ~、今すっごい疲れてるよね~」
「分かるか?」
「そりゃそうだよ~。あんだけのことやったら、大抵の人はヘタるよ~」
察してくれるのはありがたい。
正直、さっきのをもう一回繰り返すのは、辛い。
………師匠になってもらった以上、ある程度のことは言われてもやるけどさ。
そんな俺の心を読んだのか、シンミは優しく呟いた。
「大丈夫~、私はそんなに鬼じゃないよ~」
「天狗だもんな。まぁ、助かる」
「ってわけで、今からは妖術の時間ね~」
「ああ、分かった」
先程よりもいくらか優しい訓練が始まった、と思ったのだが。
正直、これがかなり難しい。
シンミは天狗、風のエキスパートであるから、その扱いを中心に学ばせてもらうことになった。
先程の戦いでは氷の使い方を教わった記憶はないが、まぁ初回なので実力を測った、ということなのだろう。
さて、風の力はと言えば、炎や氷と違い、ただ出す訳ではなさそうなのだ。
方向や強さの調整が難しく、狙った場所に狙った場所から風を吹かせるのは、正直に言って今の俺には不可能だ。
………こんなん無理やろ。
課題として、一枚の紙を手に持ちながら風の力で押してぐるぐる巻くよう指示されて悪戦苦闘する俺を、にやにやしながらシンミが見つめる。
「おいこれ、かなり難しくないか?」
「ま~、そ~かもね~」
「そんな、無責任な言い方して………」
「え~、私は割と一瞬で出来たよ~?」
「くっ………才能の差が恨めしい………」
ちなみに茶々を入れてきそうなのっぺら坊ことビズはもう居ない。
急に用事を思い出したらしく、別れの挨拶もそこそこに帰って行った。
かなりありがたい存在だったよ、お前の事は忘れるまで忘れない。
っと、余計なことを考える暇はない。
「くっ、ふっ………上手くいかないな」
「基本何でもそうだけど~、やっぱ才能があって~、その上に努力を重ねるもんだからね~」
「全ては才能ってか」
「ん~、そ~ゆ~訳でもないんだな~、これが」
巫女姿の師匠は、腕を組んで、うんうんと唸っている。
………ちゃんと考えてくれてるんだな。
自分がモチベーションを保てるよう、教え方に緩急を持たせようとしてくれているのかもしれない。
そういうところは、本当に感謝の念を覚える。
腕を組みながらぐるぐると同じところを回っていたかと思えば、シンミはいきなり顔を上げた。
「あ、じゃあ~、お手本、見せるよ~」
「は、手本? おい、どういうことか説明して………」
「は~い、ちょっと本気出すからしっかり捕まっててね~」
「説明を求………」
「はいは~い、行くよ~、っ!」
そう言うと、シンミは俺の頭を後ろから抱き抱えた。
ふにっ、と柔らかい感触が後頭部に広がる。
………いくら何でも無防備すぎやしないだろうか、俺だって男ではあるのだが。
手に持っていた紙を取り落とすくらいには動揺した俺を、シンミはお構いなしにぎっちりと固定して離さない。
「ご~、よ~ん、さ~ん、に~、い~ち………」
「え、ちょっ、痛」
「ぜろ~っ!」
空気を貫く半端ではない音を立てながら、シンミは空高く飛び上がった。
凄いな、こんなことも出来るのか、いつか、俺も出来るようになるのだろうか。
いやはや、恐れ入った。
と、考えている俺の右の頬を、なにかファサッとした何かが通り過ぎた。
なんだろうと思ってふっ、と振り返ると、そこには鳩の群れがいた。
綺麗だな、俺、動物は嫌いじゃないから近くにいるとつい構ってしまいたくなる。
───じゃない!
呑気にしている場合じゃない!
此奴に抱きかかえられながら、まだ一人で空を飛べない俺も飛んでいる!
元々神社のある場所が山の中、そこから飛び上がったものだから眺めはよく、町中を一望できる。
奏の屋敷を探すうちに、自分の視力が狐由来の強力なものに変わっていると初めて気が付いた。
ぐるりと見まわしてみると、公園で遊ぶ子供、屋上で女子高生に土下座している中年男性などが見える。
いや、二つ目のは完全に事案が発生してるだろう。
一通り状況を把握したうえで大切なのは、やはり俺が飛んでいるということだ。
それも、街が一望できるほどの、かなりの高さまで。
そうと気づくと、途端に途轍もない恐怖と尋常ではない不安感が俺を襲った。
「うおっ! やばい、これはやばい!」
「あ~、こらこら暴れない暴れない、余裕がなくなってきたね~」
「朗らかに言ってる場合では断じてないと思うぞ!」
「ふふ~ん♪」
「話を聞け~ぇ~ぇ~!」
旋回するな!
ただでさえ命綱がないのに、下手をして力が緩まって落ちたりでもしたら一発でアウトだ!
抗議を申し立てるべく俺が話しかけている間にも、シンミは悠々とした飛行を続ける。
「ね~、ね~、すごいでしょ~?」
「凄い! 確かに凄い! だから降ろしてくれ! 俺はまだ地に足を着けていたい年頃なんだ!」
「ふっふ~ん」
やめろ、俺を抱えたまま胸を張るな!
もう今は色々といっぱいいっぱいだ!
そして降ろせ!
「そろそろいいかな~?」
「もしそれが降りてもいいかっていう俺への許可だとしたら、あと十分前に言い出して欲しかったところだな!」
[***]
というやり取りのあと。
結局二十分ほど飛び続けたシンミは、現在かなりヘタっている。
実はあの飛行、何らかの法に違反していたらしい。
飛んでいるシルエットを見かけた誰かから通報があったらしく、ヘリコプターで機動隊らしき方々がこちらを追いかけていた。
その中に一人、ヘリから顔を出そうとする女性隊員がいたのだが。
「待ちなさい! 貴方達は、きっと私たちが捕まえるわー!」
あの時の女性機動隊員みたいな人は、鬼気迫るものがあった。
高速で高度を飛ぶヘリコプター状の機械から顔を出そうとする辺り、あの女性隊員も人間ではなく妖怪なのだろうか。
うむ、怖かった。
とまぁ、そういった人達から逃げる為、全力飛行をしたのだった。
もう二度としたくない経験だった。
ふと、応接間のソファに寝そべるシンミが顔を上げる。
「いや~、まさか《陰陽師》に追っかけられちゃうとはね~。はんせーはんせ~」
「ああ、深くそうしてくれ………って、《陰陽師》?」
「そう言ったけど~? え、知らない~?」
「いや、名前を知ってはいるけど、実際に見たことは無かったな」
「ま~、まだまだトロは新米だからね~」
「それはその通りなんだが」
ふむ、知らないのかと聞かれると、つい見栄を張るのが男だろう。
実をいうと全然わからないし、ビズから以前聞かされた程度の知識しか持ち合わせていないのだが。
「あー、なるほどそーゆーことね、完全に理解したわ」
「なんだか全然分かってなさそーだね~。ま~、《陰陽師》なんてあんなもんだよ~。あれに比べたら、裏で活躍するような探偵社の方がかっこいいでしょ~?」
「ふむ、それは一理ある」
にしてもシンミ、表で活躍する治安維持部隊よりも、陰で困っている人を助ける方が格好いい、みたいな厨二臭いセリフだなそれは。
その理屈で納得した俺も俺だけど。
よいしょ、と一声上げてソファから起き上がり、シンミが俺の様子を伺いながら言う。
「ま、そんなわけでさ~、良かったら見においでよ、ウチ。この前その話した後アタシ帰っちゃったしさ~」
「………いや、悪い。それは無理だ」
「なんで~? 歓迎するよ~?」
「いや、今日はちょっと、な」
じり、じり、とはいよってくる大天狗様から目をそらし、俺は何とか切り抜けようとする。
言ったら馬鹿にされる光景がありありと頭に浮かぶからだ。
「いや、な、って言われてもね~」
「そんなわけで、それはまた後日、機会がありましたら」
「いや、せめて事情を説明して欲しいな~、と」
「貴方様のご活躍をお祈り申し上げておりますー!」
「お祈りメール風に逃げられた! まあ結んでるしいつでも連絡取れるからいっか!」
叫ぶシンミを置いて、頭の真上を少しだけ通り過ぎた太陽を気にしつつ、俺は応接間を出て神社を後にした。
[***]
玄関が開いたのが分かった。
ガチャリ、と音がしたからだ。
この時間までどこに行ってたんだとか、そういった親みたいな小言はぐっと飲み込む。
コンコン、と音がして、靴を脱いでいるのが分かる。
………あれ、なんて言うんだろうな、女子高生なんかが履く革でできた靴みたいなやつ。
ソファー? ローター? 聞いたことはある気がする。
リビングのドアが開いたのが分かった。
俺はリビングダイニングキッチンのキッチンにいたからだ。
入ってきた彼女は明かりを付ける。
「おかえり、奏。料理を始めよう」
そう言い放ったのは、既にエプロンを装備した俺だ。
奏はキョトンとしているが、元はと言えばお前が言い出したんだろう。
俺は、買ってきたテーブルの上の材料を指さしながら言う。
「あれ、忘れたのか? 今日は俺が奏に料理を教えるって、約束だっただろう」
「そう、だけど、なんで?」
ポツポツと喋られると、今日会った雪女を思い出す。
少しずつ近寄ってくる奏に、さも当然というような態度で声をかける。
「なんでって、俺は今朝からこのつもりだったぞ?」
「………わすれてなかったんだ………」
「当たり前だろ。大切な人との約束は、死んでも破らないと定評のある俺だぞ」
「そんなのりゆうになってない」
「なってるよ。俺は奏が大切だからな」
なんてったいって命の恩人だから。
感謝してもしきれない程だから。
───それに、俺があの時思い浮かべたのは、奏の顔だったから。
これは後付けだけどな。
ふと奏を見ると、紅い顔で、下を向いている。
俺の買ってきた食材が気に入らなかったのだろうか。
買いに行こうと思ったら、そもそも俺は金をもっていないことに気がついて、井川さんに借りたんだぞ。
事情を話したら、少しだけ表情を緩めて、貸してくれたんだぞ。
ちなみに、代わりに一日屋敷の方で家事手伝いをするって条件なんだぞ。
「あ、あの………………」
「え? なんだって?」
奏がゴモゴモと口ごもる。
聞き取れないため顔を近づけて問うと、奏は息がかかりそうなほど近くによってきた。
そして、赤い頬のまま。
「あ、ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
小さく呟いた奏に、俺も柔らかい声色を意識して答える。
「じゃあ、手を洗わないとな」
「そうだね」
「料理の基本は清潔だぞ」
「しってる」
「………やっぱりこれ俺必要なのか?」
結局、丸々一時間ほどかけて完成した麻婆豆腐は辛すぎて、テレビ番組の企画かよと思った程だった。
あ、あと、食べ終わるのがすごく遅かったな。
奏との会話は弾んでしまっている、いつの間にやらかなり親しみを覚えてきているようだ。
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