其の一四 俺、講評を受ける。

 戦闘が終了し、今は再び応接間の中へと舞い戻ってきた。

 ちなみにゲーム機はあのままで、画面がやや暗くなっている状態だ。

 片付けをいつやろうか、等と考えていると。


「………指導、講評、する、よ」


 汗の一滴も掻いていない師匠が、へとへとで肩で息をしている俺に声を掛けた。

 ………畜生、体力の化け物………


「………何か、言った?」

「なんでもないです。というか思想の自由を求めます。いやそれ以前にそんな妖術まで使えるのか」

「わたし、は、使え、ない、よ」


 ずごごご、と重苦しい音がしそうなほどレンズ越しに俺を睨んだその姿は、正しく雪女。

 そう、師匠の名前はトイ、妖怪<雪女>である。

 俺の妖術や体力諸々を鍛えるためにお呼びした師匠だ。

 訓練を終えての感想だが、正直に言ってしまえば、かなり強かった。

 何とか不意をつけたものの、師弟でなく、ただの戦士として戦っていたら、間違いなく殺られていたという、確信にも似た感覚がする。

 さて、そんな師匠が指導講評をして下さるとのこと。

 心して聞こう。


「………合格か不合格かで、いえば、合格」

「よしっ」


 どういう基準なのかは一切知らされていないが、何はともあれ俺は合格したようだ。

 やったな。

 見るからに喜んでいたのだろう俺を見て、トイが一つ咳払いをする。


「………今回は、かなり、甘く、採点、した」

「えっ、まじですか」


 合格したとはいえ、補習のあとのテストみたいに合格ラインが下がっていたのは、少しだけ複雑である。

 どちらかと言えば合格、という話だったので、具体的なアドバイスを求めよう。


「何がダメだったんだ?」

「………最初、如意棒、みたいなやつ、を、食らった、時」

「なるほど」


 あの攻撃には名前無かったのか、いやあるけど恥ずかしくて言えないだけの可能性もあるか。

 言い訳ではないけれど、あれはかなりの初見殺しじゃないか、一発目にあれを避けるとか、たぶん無理なんだが。

 ………今度からは絶対に喰らわないけどな。


「いやー、あれを二回目で避けたんでしょ~? 私は追っかけてないから見てなかったけど~、初期の私より凄いよ~、それ~」

「おウ、オレでもあれはちょっと無理そうダ」


 いつから居ないと錯覚していた?

 二人とも元気に観戦していて、時折野次を飛ばしてましたよ。

 あのウザさ、そして集中力を削いできてこと、俺は忘れない。


「………でも、本当の戦い、なら、やられてた」


 まぁ、確かに、それは自分でも思う。

 訓練だからと手心を加えていたのかは知らないが、普通なら、というか殺し合いならやられていた。

 ただの円柱の氷でなく、薙刀や、日本刀、サーベルのような刃物を模した形なら、人は殺せる。

 ………妖怪にとって致命傷かは分からないが。


「………でも、それ以外は、よかった」

「あ~、確かに~。トイちゃんの氷使って防いだのはなかなか臨機応変だったよ~」

「おウ、オレもあれは良かったと思ウ。貪欲さはお前の取り柄だナ」

「………それはありがとう」


 そう言われても、あの時は焦りやら危機感やらでほとんど覚えていない。

 その中で取った行動が高評価なのは、俺が天才という証でないか。


「………そこ、調子、乗らない」

「なんで分かったんだ………?」


 顔か、顔なのか?

 いやでも、感情を扱うビズにもポーカーフェイスと言われる俺だぞ?

 心当たりのない読心の原因を考えていると、シンミがトイの肩に腕を回した。


「まーまー、結構厳しいこと行ってるけど~、なんだかんだで嬉しいんだよ~、こいつ~」

「え、そうなのか?」

「そーそー、なんてったって、自分の本気で打ち込めるところが増えたんだもんね~?」

「………む。そう、だけど」


 あれ、もしかして、照れてるのか?

 トイは淡いベージュの帽子を目深に被り、赤くなった頬を隠しているようだった。

 もしかしなくても、照れていますね、ええ。

 普段は強気でマイペースなのに、図星を突かれ調子を乱されると弱いのは、少しだけでなく可愛いポイントです。

 さて、可愛いトイを発見した所で。


「で、これから俺はどうすればいいんだ?」

「ほらほら~、聞かれてるよ~? かーわーいーいーしーしょーおー?」

「………うるさい、黙って、て」


 肩を組みながら回されていた手を、ひょいっと捻りあげ、そのまま床に押し付けた。


「ヴァー! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ごめんってごめんってごめんってごめんってごめんってごめんってごめんってごめんなさい!」

「………うる、さ、いっ!」

「あぎゃー! ………あ、あ、あ………げふっ」


 あ、死んだ?


「女って怖ぇなァ」

「全くだ。でも主語でかいぞ」


 師匠の言いつけは守るようにしよう。

 さて、若干話が逸れてしまった感はあるが、話を元に戻そう。


「結局、これからどうやって強くなっていけばいいんだ?」

「………基本は、妖術と、妖力を伸ばす」


 あ、妖術って言うのは、実際に使う技のことで、妖力はそのためのエネルギー量のことな。

 ちょっとややこしいが、そう呼ばれているのだから仕方ない、郷に入っては郷に従え、と言うやつだ。


「じゃあ、ビズとやってることとそう変わんないのか」

「せやナ」

「………まずは、なんでも、基礎、固め」


 なるほどな、スポーツでも勉強でも、基礎が大事だからな。

 こと妖怪の戦闘、あるいは妖術ともなると、一つ足を踏み外せば命取りだ。

 他の分野よりも猶更基本を丁寧に修めねばならないだろう。

 そうして今後の方針、基本的に訓練を行う日時について相談した。


「じゃあ、今日はありがとう。俺にできることがあったらまた言ってくれ」

「………ん、じゃあ、今度、ウチに、来て」

「ああ、分かった」


 それくらいならお安い御用だ。

 と思ったが、ビズが何やら複雑な顔で頭を抱えている。


「………お前、後で気を付けろヨ、まじデ」

「? おう」


 まあいい、覚えておこう。


「………じゃあ、今日は、予定があるか、ら」

「ああ、本当、ありがとな」


 そう言って、トイを送り出すと、次は大天狗様に向き直る。

 ………まだ失神してるや。


「おーい、起きろ」

「ん、んぁ………」


 身をよじっている巫女姿の少女は、なんだか苦しそうである。

 正直そのままここに置いて帰っても問題ないとは思うが、今後の日程調整もしなければならない。


「おいこら、起きろ」

「………はっ!」

「お、起きたか」

「私は今、何をしていたんだ~?」

「知らんわ」

「くっ………ただひたすらタンスの角に足の小指を交互にぶつけていた所までは覚えてるんだけどな~」

「地味に嫌な悪夢見てるじゃないか。そしてありきたりだな」

「夢にまで文句は言われたくないよね~」


 それもそうか。

 流石に夢にまで干渉は出来ないからな。


「あ、そう! 次は私のターンだよ~!」

「どうした? 唐突に遊〇王に目覚めたか?」

「違うよ! 次は私が手合わせする番でしょ~!」

「?」

「あぁぁぁ~!」


 先程まで臥せっていた者の態度とは思えないくらい元気だった。

 まぁ、流石に俺も鬼じゃない、トイとの戦いで大分疲弊してはいるが。


「分かった分かった。じゃあまた外に行こうか」

「分っかればいいんだよぅ~、分かれば!」


 露骨に機嫌を取り直したシンミと、少しだけゲンナリした顔のビズを連れ、俺は外へ出た。


 [***]


 その頃、とある家の中、少女はとある男よりも先に帰宅してその男の帰りを待っていた。

 少女の名前は綿貫奏。

 白九尾の居候先の女子高生である。

 待ち人はその妖怪であるのだが、彼はまだまだ帰らないであろう、というのは神のみぞ知る事だ。


「………おそい」


 彼女は、身長と椅子の高さの関係で床に届かない足を揺らしつつ、テレビを眺めていた。

 新学期、新しいクラスが始動したこの時期。

 一年生にとっては今後の三年間を左右する時期。

 そんな時に彼女は、一人で家にいた。


 実は、彼女のクラスメイト達も、親睦会と称して、今日の午前中からカラオケをしている。

 もちろん、彼女にもお誘いはあったのだが、彼女はそれを断った。

 理由は単に、新しく知り合った白九尾の少年のことがもっと知りたいから。

 彼女自身も、今までに抱いたことのない感情が胸の内に起こっているのを理解し、戸惑っているところではあった。


 次の学校の準備を済ませた。

 高校の授業内容の予習を終わらせた。

 そんな彼女には、家の中で現時点でやりたいことはなくなっていた。

 それでも、彼女は家から出ない。

 それはひとえに、とある男にお願いを聞いてもらうため。

 ………なお、彼との間に特に日時指定をしていなかった事に彼女は気づいていない。


「はやく来ないかな」


 玄関のチャイムが鳴ったのは、そう思った矢先の出来事だった。


「はーい」


 心なし鼻歌を歌い、椅子から飛び降りて、彼女は玄関に向かう。

 そして、深く考えることなく、鍵を開けた。

 その後だった。

 開いた扉からのぞく姿は、待ち人とはかけ離れたシルエットだと。

 そう、気づいたのは。

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