其の一二 俺、教えを乞う。
目の前には、黒髪と青髪の女性が一人ずつ。
そして後ろには顔のない中年男性が一人。
その場には静寂が降り注ぐ、などということは無かった。
中断されたわけでも電源を落とされた訳でもないゲーム機と、それに内蔵されたゲームソフト。
当然ながらまだ遊んでもらっていると思っているのか、それらは負けた時に聞くとコントローラーを放り投げたくなるBGMを続けている。
かと言って、誰もそれを止めようとはせず、言及も出来ずに互いに見つめ合いながら佇んでいた。
………なんだこれ。
「………この空気、なに?」
奇しくも俺と同じ意見を口に出したのは、初対面の可憐な女性だった。
氷のような青髪と、陽だまりのような帽子が、うららかな雪解けの春の起こりを連想させる。
真っ白なワンピースと、それに負けないほど白い肌。
全体的に、『人形のよう』という比喩がピッタリと当てはまる。
黒髪の巫女天狗によれば、この人は俺よりも強いってことになる。
………うーむ、見た目にはおっとりした女性にしか見えないのだが。
「え~っと、紹介するね~………って、言っても名前は聞いての通り」
「………<雪女>の、トイ、です。よろしく」
被った帽子を抑えながらぺこり、とお辞儀をした少女の名前は『トイ』と言うらしい。
そしてどうやら、雪女と言うことは、シンミはこの人を《氷》の師匠に迎える積りで連れてきたようだ。
人見知りをしそうなのに、随分と悠然としているというか強気というか。
あんまりにも挙動不審であるよりかは全然いいけど。
「おウ、よろしク」
「………え? あの、前、会った、こと………むぐ」
「よしっ! そろそろ訓練始めますか!」
「………むー、むーむー」
「いやー、今日は絶好の特訓日和だね! こんな日に特訓しないのはもったいないよね!」
「………まあ、そうかもしれないけど」
ビズとトイのやり取りに、唐突に取り乱し始めたシンミが、雪女の口を抑えつける。
じたばたしているトイの代わりに挙動不審になった天狗をどうすればいいか。
誰か対処法を教えて欲しいものだ。
というわけで、シンミに背中を押されるようにして外へ出てきた。
場所は訓練というか、この前ビズと修行に使った場所だ。
春風が暖かく吹き付ける中、俺とトイはお互いに出方を伺っていた、というか向き合っていた。
シンミやビズが見守る中、今、トイがその口を開く。
「………あの………私、何、すれば、いい、の?」
………は、え?
ちょっと待て、何も知らされてない、ということか?
連れてきたというより………半分拉致なのでは?
「………………(さっ)」
恐る恐るシンミに目をやるが、半笑いのまま視線を逸らす。
あいつ目ぇ逸らしやがったまじかよあいつ。
なんなんだろう、この感じ。
別にシンミが悪い訳じゃない、いやほぼ拉致だという点は要審議だが、つい事情を知っている体で話を進めてしまった。
なにも知らない相手とただ向き合って見つめ合っていたとか、恥ずかしすぎる。
まずは事情を話さないとか。
「え、っと。俺の妖術に、《高氷》ってやつがあるんだ。それを鍛える訓練に協力してくれないかな?」
「………それ、は、いい、けど。それ、で、私、なにを、する、の?」
「それは俺にもわからん。トイなりに考えてくれると有難い」
「………………………………………………………………」
トイは口を結び、左手を顎にあて、思索を巡らせる。
察するに何をするか決めてくれているのだろうが、俺のせりふから、二十秒が経過した。
緊張のせいか、体感的には六十倍、つまり二十分位だったが。
と、シンミがバツの悪そうな顔をし、おずおずと口を開く。
「あの~、アタシもやるつもりだよ? トロの先生役」
「………そう、なの?」
「そーそ~、ほんとほんと~」
「………ふむ」
再びトイは口をつぐんだ。
そこからさらに二十秒が経過し、緊張のせいか、体感的には六十倍(以下略)。
今度はシンミの隣に腕を組みながら立つビズが口を出した。
「オレからも頼ム。コイツに修行をつけてやってくれねぇカ」
「………」
またしてもトイは口を閉じた。
またまたさらに二十秒。
緊張のせいか(以下略)。
ついにトイが口を開いた。
「………なるほど、話は、わかった」
「頼めるか?」
「………後輩を指導する、のは、先輩の、つとめ………後々、私に、リターン、が、くる、はずだし」
よくわからないが、どうやら引き受けてくれるようだ。
「じゃあ、やってくれるってことで、いいのか?」
「………うん、けど」
「けど?」
「目的、というか、どういう、ときに、力を、つかう、のか。教えて、ほしい」
………目的、か。
俺の目的、力を使うべきとき、その他もろもろ、考えることはあった。
しかし、俺の口は自然と開き、喉は勝手に震え、決意を表明していた。
「………大切なもの、好きなものを守り抜くため」
勝手に口が動いていたが、不思議と腑に落ちた。
まるで、自分以外の自分が存在を押し出して来たかのようだったが、それでも自分で納得できる。
シンミやビズは、暖かい目でこちらを見ていた。
勿論、ドラえもんの生暖かい目ではないことを付記しておく。
俺の答えを受けたトイは満足げに頷く。
「………わかった。いいよ」
「本当か。ありがとう」
またしてもよくわからないが、どうにかこうにか納得してもらえたらしい。
快く、かどうかは知らないが承諾してくれた心優しい師匠に、俺は心から頭を下げた。
「………そうと決まったら、まずはじっせん」
「じっせん? 実践ってことか?」
「うんっ」
力強く頷くトイ。
とはいっても、俺は正直自分の妖術すらまともに理解しきれているとは言えないし、体術も碌に学んでいない。
「俺、まだ殆ど何も出来ないと思うぞ?」
「やってる、うちに、わかるように、なる」
「………………おーけー、わかった。やれるだけやってみる」
こうして、俺は再び師匠の雪女と睨み合う。
相手の姿はそのままだらりと脱力しているが、いつ吹雪くか分からない雪山のような空恐ろしさを思わせる。
自然と姿勢は前傾し、拳を構えていた。
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