其の一一 俺、探す()。

 診断を終えた俺とシンミは、ビズが待っているであろう応接室へと舞い戻った。

 ………さて、これで神社でやること、終わったか?


「なあ、シンミ」

「何かな~?」

「神社ってのは、妖怪のステータス的なものを診断する場所なのか?」

「ステータスって言い方いいね~」


 まず反応すんのそこかよ。

 やはり男の、というか男の子の趣味をよく理解していらっしゃる。


「ま~、ここはその通りだよ。ししょ、いや住職さんがいればもっと出来ることはあるけどね~」

「住職? ここって神社だろ、なんでお寺じゃないのに住職なんだ?」

「あーなるほど~、細かいところに気が付くけど、トロン君はまだ神仏習合って習ってなかったんか~」

「しんぶつしゅうごう?」

「簡単に言うと、神道の神様と仏教の仏様をおんなじ者だって見る考えのこと~。ウチは基本神社だけど、神宮寺ってお寺もあるんよね~」


 そういうものなのか。

 それに、ここは、っていうことは、別の神社ではまた別のことが出来るのだろうか、それも気にはなる。


「でも、今はいないんだろ?」

「せやね~」

「エセ関西弁はなるべく控えた方がいいぞ」


 本場の人はマジでうるさいからな。

 と誰かが言っていた。

 この文言は特定の集団を攻撃する意図はありません。




「オウ、遅かったなァ」


 さて、来た道を辿って帰ってきました応接室。


「………なにしてるんの」


 例の刀を持って眺めているビズにそう言うと、彼は何事もなかったように刀をそっと棚に戻し、こちらを向いた。

 顔のパーツがないのに、へらへらしているのが伝わってくる。


「いヤ、なんでもねェヨ。ちょっと気になっただけダ」


 怪しっ。

 めっちゃ怪しっ。


「デ、ドーだったんダ?」


 話題変えたよ。

 見るからに怪しっ。

 だからと言って深追いはしないのが俺である。


「やっぱり<白九尾>だったよ。妖術は《高炎・高氷・高風》だと」


 シンミと彼女が持っていた紙束によるとな。


「三つもあったのカ。しかも三つとも《高》って、結構良かったじゃねェカ」

「そーそ~、結構珍しいんだよ~?」

「そうなのか………」


 全然知らないことばかりだ。

 そうは言われても、あと一歩で《超〇》になっていた可能性もある、と言われると器用貧乏だと決めつけられているようだ。


「デ、ドーすんダ、これかラ?」


 ビズがソファに腰を下ろした。

 どう、って言われてもな。


「別に今まで通りに生きていくつもりだが」


 特に何も考えていないが、衣食住と平和さえあれば別にいい。

 自分から面倒事に首を突っ込む気もしない。

 あぁ、でも仕事は見つけないと。

 いつまでも綿貫家に頼りきりではいけない、居候の形でも、何らかの職を見つけなければ。


「いヤ、今のは言い方が悪かったナァ」

「と、いいますと?」

「例の修行の事ダ」

「………………あ~………………」


 それか。

 確かに、もしもの時の為に、自衛の手段として妖術の訓練をビズに頼んでいたところだ。


「そっちも今まで通りに頼むつもりだけど」

「オレは構わネェんだがナ、これはお前の為の話だ」


 のっぺら坊の言葉に小首をかしげた。

 俺の為の。


「つまりどういう事だよ」

「な~に簡単な話、『その道のプロ』に修行の監督してもらうってのはドーダ?」

「それはやっぱり居た方がいいだろうね~」

「『その道のプロ』か………なるほど、言いたいことは解った」


 ビズには本当に世話になっているが、俺の妖術とビズの妖術はお世辞にも似通っていない。

 精神的な変化を司るのっぺら坊たるビズの妖術と、現実に於いて熱をある程度操り更に風を起こす白九尾である俺の妖術。

 より実戦的な護衛術を学ぶにしろ、妖術の扱い方を学ぶにしろ、『その道のプロ』は必要だろう。


「俺は三つの妖術があったが、同じような感じの妖怪はいるのか?」

「まずいない………とは言い切れないけど、それぞれの上位互換を探した方が無難だね~」


 曰く、《炎・氷・風》それぞれは稀によくある妖術の系統で、この神社内の記録によれば三人に一人はこの三つの内のどれかなんだとか。

 妖術三つってのは珍しいのに、中身は珍しくないこの感じが、いかにも俺らしいなぁと思う今日この頃だった。

 あぁ、この神社内の記録によれば、っていうのは、各地の神社にはそれぞれ妖術と妖怪を特定する独自の手段があって、体系化できていないんだとか。

 だから《高〇》、《超〇》とランク分けしているこの神社はかなり珍しい方なんだと。

 そうなると、《超〇》を持っている人を探すのがよさそうだ、さっきの紙束に記録されていないものだろうか。


「それじゃあ、《炎・氷・風》それぞれの《超》を探すか」

「そうすッカ」

「そだね~」


 じゃあまずは───


「あ、風といえば、アタシは<天狗>で妖術は《超風》だったな~」


 唐突になんか言い出したぞ、この人、いや妖怪。

 と言うかシンミは<天狗>だったのか、道理で着ていた衣服が山伏風なわけだ。


「《超風》ってのは、《高風》の強化版だって聞いたことあるな~」


 なぜかちらちらこっち見てるぞ、この人、いや妖怪。

 ………大体言いたいことは分かってきた。


「ここ最近暇だな~、今はまだまだ弱っちい新人妖怪をびしばし鍛えたい気分だな~」


 あまりの光景に、俺とビズは顔を見合わせた。

 ここまであからさまだと、かえって痛々しくも見える。


「………ナァ、あレ………」

「きっとそうだよなあ」


 だからって声は掛けないけども。

 ちなみにもし『弱っちい新人妖怪』ってのが俺だとしたら、本人の目の前でいい度胸だなって思うし、軽く張り倒したいとも思う今日この頃。


「そんなわけで、もしよかったら、アタシが手伝ってやってもー………いいよ?」

「日本語どうなってんだお前は」


 なんか腹立つ。


「断る理由はないけど、なんか悪いから遠慮するわ」

「うぇっ!? いやいや、そ、そんなそんな」

「いやいや、やる気があってどうしてもって人じゃないとなぁー。色々付き合わせちゃうだろうし、やっぱ悪いよなー」

「やる気!? あるよあるよ、ありあまってるよ!」


 余裕がなくなると語尾を伸ばさなくなるんだなって新しい発見。

 ………………かかったな。


「そこまで言うならやる気を証明して欲しいなー」

「………ど、どうすれば良いの?」


 少し不安げな顔になるシンミ。

 大丈夫、そんなに大変な話じゃないから。


「もう後一人、コーチを連れてきたら、やる気を認めてやろう」

「えー!?」


 シンミは驚いたのか、若干背をのけぞらせて声を上げた。


「心当たりはあるけど、きっついよぉそれ」

「これができないとな~」

「くっ………」


 すぐ隣では、ビズがやれやれという感じで肩をすくめている。

 ………いいだろう別に。

 ちょっと利用させてもらうだけだ。


「いいだろうっ! やってやらぁ!」


 男らしく声を上げるシンミ。

 女の子に対しては口に出さないけど。


「超速で、マッハで、音速で、一瞬で、連れてきてやるっ!」


 速いのは分かったから、言っている間に出発して欲しいものだ。

 ついでに言えば、マッハと音速は意味ほぼ同じだから。

 片方で充分だから。


「そーすればいいんでしょっ!」

「まあ、そういうことだな」

「待ってろよっ! あんたがどこにいても必ず舞い戻ってやるよーっ!」


 片方が海外に単身赴任することになった男女が空港で別れ際に交わす言葉みたいなのを残し、シンミは部屋の窓を開け、飛び去った。

 妖怪って飛べるのか、じゃあ風の力を持つ俺も、鍛えればいずれは飛べるようになるかもしれない。

 ちょっと興奮。


「………ナァ、一個聞いていいカ?」

「………なんだ」

「お前最初かラ、コーチ頼むつもりだったロ」

「その通りだとしたら?」

「アイツが探しに行った理由が無くなるヨナァ」

「………バレたか」


 ぶっちゃけその通り。

 俺に損はないのに、あいつは見事に騙された。

 こすいとか、ずるいとか言うな。

 ちょっと利用させてもらっただけだ。




「───ぃ───」


 ………なんだ今の。


「今なんか聞こえたか?」

「いヤァ、わっかんねえナァ」

「まあそっか。気のせいだな」


 聞こえたか聞こえてないかの答えにはなっていないが、気を取り直して目の前のテレビへと意識を向ける。

 ………あっ、やべっ、ドリフトの差で抜かれた。


「くっそ」

「ハッハー」


 必死にこちらもドリフトを決め、何度も虹色のブロックを取り、甲羅を投げ茸を食してはようやく追いついた。


「………ぃーまぁー………」

「やっと来たカ」

「お前がおっせえんだよ」

「ファイナルラップだゼ?

 このままオレがゴールテープを切ってやラァ!」

「このゲームにゴールテープなんてないけどな!」


 二人の口は怪しく輝く三日月のように釣り上がり、やがてスタートラインと二回目の邂逅を果たす───


「たっだいまぁ!」


 ………ことはなく、二人ともコントローラーを取り上げられた。

 あぁ、俺のベビ〇マリオが溶岩に溶けてゆく………


「何すんダ! オレのノコ〇コがカ〇ンになっちまうじゃネーカッ!」


 俺が軽く凹んでるあいだに、怒り心頭のビズは犯人に食って掛かる。


「人がお使いに行ってる間に勝手に取り出したハードとソフトで二人仲良くゲームしてるのはどー言うことなのかなー」


 流石にビズも悪いと思ったようで、大人しく引き下がるようにしたようだ。

 そもそも神社にテレビゲーム機があるのはどういうことだ、というツッコミが出来る立場でもない。


「はいはーい、それじゃぁ、この子の紹介するよー」


 この子?………………って、誰かいるわ。よく見たら。

 帽子とワンピースを身につけ、何故か一部だけ白い青髪の少女。

 薄いベージュにピンクのリボンがアクセントとなって、柔らかさの中に女の子らしさを感じさせる帽子である。

 冬の中に春の芽生えを予期させるような、そんな風貌だった。


「………初めまして………トイ………で、す」


 消え入りそうな声でそう言ったのは、後に俺の師匠となるクールな女性だった。

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