其の一〇 俺、神社へ向かう。
朝、俺は目を覚ました。
昨日と同じ動線で、昨日と同じ行動をする。
しかしながら、昨日とは違う点が一つだけあった。
それは………
「じゃあトロ、いってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
そう、今日は土曜日。
転生したのが木曜日、色々あったのが金曜日なので、今日はこっちに来てから二日目だ。
だからといって、今の俺には目標などはなく、別段やることもない。せいぜい毎日の特訓くらいのものである。
何事か用事があるとかで家を出て家の門へと向かう奏を見送った後、俺は俺でもそもそと食事を詰め込む。
………家を出て家の門へ、って相当なお金持ちだな、改めて。
メニューは昨日と変わり映えがない、というか、昨日の夕食も同じだった。
………たしかに、俺が教えてやった方がいいのかもな。
腕はあるのに、それを振るえるメニューが一つだけというのはちょっと残念だ。
今日の夕食あたりは、俺が作ろう。
………そういや奏、余程長くかかる用事なのか弁当も持っていったみたいだけど、まさかあれも全く同じ中身、つまり三食連続同内容なのか?
というか、昔通ってた中学校にも自分で弁当を作ってったとか、詰めながら言っていたな。
となると、その間今日と同じ献立を作り続けた可能性もあるわけだが、まあいい。
今のところはこれしか出てきてないだけだ、他のものが作れないと決まったわけじゃない。
さて、俺も出かけるか。
そんなこんなで。
俺はのっぺら坊とともに神社に来ていたりする。
どんなこんなだ、と思う人もいるかもしれない。
あれはそう、昨日の夜………
『トロはさ、もう神社いったの?』
『………は? じ、神社………?』
『え、まさかきいたこともなかったの?
とりあえず、妖怪ならいっかいはいったほうがいい、ってじょうしきだよ』
『え、おお………』
はい、回想終了。
で、昨日のうちにビズに連絡して、今日来てもらったって事だ。
といっても、俺『神社』がどんな場所か、聞いてないんだけど………
ビズに聞いても、まァ行けば分かるサ、の一点張りだ。
別に構わないが、教えてくれる気配もない。
「よ、トロン。昨日ぶり~」
それに、今目の前には昨日のシンミがいる。
ビズから、昨日の女の服、近くの神社のところで前に見た、という話だったからもしや、と思ったが、やはりそうだった。
神社と言う環境でこの服を着ているということは、順当に考えてみれば、昨日の山伏風巫女服は副業の仕事着だったわけだ。
「おう」
「………よろしくナ」
「………は~い」
軽めに挨拶をすると、ビズとシンミが謎のアイコンタクトをしてた。
「知り合いなのか?」
「いヤァ、別ニィ」
「そうそう、べっつに~」
「………そうか?」
そういう反応するときって、大抵は嘘なんだよなぁ。
口に出したくなかったんだろうから、深追いしないけど。
………こういうところで聞けないのが、友達が出来ない原因だったのかもしれないな………
人知れず気分を落ち込ませる俺を励ますではないだろうが、シンミがぱん、と両手を叩いて言った。
「あ、喋ってる場合じゃなかったよ。案内しないとね~」
「あ、そうだな。頼む」
「頼んだゼ」
そう、シンミには今日、この神社を案内してもらおうと思っていたんだ。
ここに来るときにビズに話を聞き、本当にここで出会えた時、なにしろここで働いてるんだから、相当に詳しいんだろうと思って頼んだのだ。
というわけで、ご案内をよろしく頼もう。
「さぁさー、こちらへどうぞ~」
「はいはい」
「オウ」
そして通されたのは、なんと言うか、客間のようなところだった。
なんていうんだったか、あの、七五三か何かで振る、棒に白い紙みたいなのが付いたやつ、あれが壁にいくつかある。
あと、同じ形態で鈴の付いた棒もちらほら。
全体的には特に特筆すべきことはないか、と思ったら、壁の棒よりも太い一本の棒が。
昔の部屋の掛け軸をかけるあたりに、一振りの見事な刀が。
持つところの先端がでかくなっていて、水晶のようなのはなぜだろうか。
華奢な人ではとても持ち上げられないだろうその刀からは、重く、力強く、まさしく『質実剛健』という雰囲気が見受けられる。
しかし一方で、収まりが悪いような、居場所が違うと主張しているような。
「なあ、これはなんだ?」
「ああ、それはねぇ、確か~」
「確か?」
「………忘れちゃった~」
「………そうか」
忘れちゃったのなら仕方がない。
まあいいや、ここの事を聞こう。
「そうそう、トロンは、まだ神社に来てなかったんだよね~?」
「そう。ここで何をするかも知らないレベルだ」
「そっか、じゃあ、まずこっちに来てよ~」
「あア、行ってきナ」
「おう」
自分は座って手を振るビズに手を振り返しつつ立ち上がり、ふと思った。
説明とかなんもないんだ、と。
シンミに連れられ、社の中を歩く事数十秒。
やがて重苦しい扉の中へ入り、さらにしばらく歩く。
右に曲がったり、左に曲がったり、上がったり下がったりを繰り返し、やがてシンミが歩みを止めた。
うーん、神社でどうすればここまで迷宮チックに出来るのか………
「ここだよ~」
暖簾のような仕切りの布を手で押し上げてシンミに続く。
採光窓など存在せず、ただ蠟燭の明かりを頼りにもう少しだけ進むと、再び彼女は立ち止まった。
半身を此方に向けて示してくれたその場所には、占い師や霊媒師が使いそうな水晶がある。
紫色の小さな座布団に乗ったそれは、らんらんと不思議な輝きを放っていた。
………で、これはなんだ?
「何、これ?」
「ん~っと、ここに手をかざして~」
「手?」
左右の手を顔まで持ち上げ、オウム返しした。
しかしこう間近で見ると、とても人間のものとは思えないほど毛むくじゃらだ。
いや実際人間ではないんだけども。
「そ。で、それで頭の中に出てきた光景が、妖術の大体の特徴を現してるんだって~。いや、こーいうの、何か異世界っぽくて燃えるよね~」
「うん、まあ、分からんでもない」
実際、俺もちょっとそう思ったし。
自らの身の安全のために、魔物が跋扈する異世界その一を諦めたけど、やはり憧れは捨てきれないのだ。
にしてもやっぱ、シンミはちょっと男らしいというか、男性的趣味を持っているところがあるな。
「ある程度は知ってるかもしれないけど、妖術っていうのは、おんなじ種類の妖怪でも、個体によって違うもんなのね~。だから、これではっきり調べるんだって~。あと、自分が何の妖怪なのかも分かるらしーよ~」
「なるほどな、わくわくするな」
「ささ、はやくはやく~」
「あ、ああ」
言われて、恐る恐る手をかざす。
すると、なんていうんだろう、この、自分の中に得体の知れないエネルギーがあるということがクリアに感じられる。
身体を流れるエネルギーの感覚は、風呂上がりや運動直後で血行の流れが良くなっている状態に近い。
更に、その正体不明のエネルギーの流れが、水晶にかざしている右手に集まる。
水晶が輝きを増し、そして。
力強く燃えさかる炎
溶ける様子のない氷
人を飛ばすほどの風
が、続けざまに俺の脳へと焼き付けられた。
そのどれもがくっきりとしたものではなく、ややぼやけていたのが気になるが、やがて水晶の中に影が落ち始める。
その影はやがて。
真っ白な九つの尾を持ち、黄金色の毛をまとう狐
の姿を結んだ。
そして、水晶の輝きが薄れ、エネルギーの激流が収まると、傍らに立つ巫女の様子を伺いながら手を離した。
「えーと、それは、《高炎・高氷・高風》だね~。あ、ちなみに、名前は<白九尾>だったよ~」
見た様子をそのまま伝えたところ、シンミが手元にあった紙束を参照して教えてくれた。
どうでもいいけど、紙束をぺらぺらしている様子、神界のどこか、死んですぐに見たイザナミさんの姿を思い出す。
姿と言うにはやや神々しすぎて何も見えはしなかったけど。
因みに、ややぼやけていたのがポイントで、それがなければ《超炎・超氷・超風》の可能性もあった、とのこと。
………なんかくやしい。
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