Episode of Devils ~妖怪たちの話~(Toron)

 ある日の朝、俺は目を覚ました。


 元気な雀のうるさい鳴き声が聞こえる。

 窓の外を舞い落ちる花びらが目に入る。

 体の周りの毛布からぬくもりが伝わる。

 口を開けて寝ていたのか、口が変な味。

 朝ご飯のパンや、ご飯の香りはしない。

 なぜなら、これから俺が作らないといけないから。

 制服に着替えようとすると、ここが自分の部屋ではないことに気付いた。


 目を開けると………そこは魔法と剣を使って人々が魔物と戦う………正真正銘の、異世界だった。


 ………………なんてことはなく、ただ自宅のリビングにあるソファーで横になっていただけだった。

 ここは、俺が一日の大半を過ごしたいなぁと、そう願っている場所。

 我が、『時雨家』の城………じゃあない、普通の一軒家。


 まあいいや、お腹が減ったし、朝食を作るとするか。




 卵をテーブルに一、二回打ち付けてカップに移す。

 そしたらそこに箸を突っ込んで、黄身を壊し、混ぜる、混ぜる、混ぜる。

 黄身と白身の境目が無くなるまで、『何? 卵に何か恨みでもあんの?』ってくらいに、めちゃくちゃにする。

 十二分に混ざったら、油をひいておいたフライパンに、卵の混ぜ物を注ぎ込む………前に、作り置きしている合わせダシを混ぜる。

 これは我が家の特製ダシ、結構うまく調合できてる。

 前に学校に持ってった時も、割と評判は良かったし。


 《………俺の方からあげたってわけじゃないんだけどね。》


 そんなくだらない事を考えつつ、それでも両手は機械的に卵焼きを製造していく。


 《そろそろ起きてくる頃合いかなぁ》


 そう、俺は、父さんと妹と俺の三人暮らしさんにんぐらし!をしているんだ。

 父さんは基本的に朝は遅いので、俺が家を出る前に起きてくる事は、まずないと言っていい。

 で、そうなると、俺以外に起きてくるのは、あと一人しかいないわけで………


「おはよう、お兄ちゃん。べ、別にお兄ちゃんのために起きてきたんじゃないんだからねっ、か、勘違いしないでよねっ」


 ………とまあ、棒読みしながら起きてきたのは、俺の妹の時雨丹生しぐれ にゅう

 『丹生』と書いて、『にゅう』と読むんだ。


「お~、にゅー、そろそろご飯出来るからな。ちょっと待っとけ」

「べ、別にお兄ちゃんに朝ご飯作ってなんて、たのんでないんだからねっ」

「………じゃあお前、自分で作るか?」

「………私のために朝ご飯作っても、いいんだからねっ」


 お分かりいただけただろうか。これが、我が妹。

 かなり、というかものすごく、面倒なやつだ。しかも、それでもって内弁慶。

 ほんとうにめんどくさい。

 どうも、何かのアニメ………何かってゆーか、教えられたんだが、タイトルは覚えてないアニメのキャラクターの真似をしているらしいんだよ。

 しかも、そのキャラっていうのが、見た目だけなら俺の一番好きなキャラだから、よけいに見てて何かよくわからない気分と言うか、『そのクッソヘタクソなコスやめろや』とはいかないまでも、ちょっと家でも控えて欲しいなぁとは思ってる。

 でも、妹は容姿は結構整ってるから、これが意外と似合ってたりもするんだよ。

 俺的には控えてもらいたいと思うんだけど、俺の中の『兄』が、妹にはできるだけ輝いていてほしいと、そう言ってる。

 どっちも、嘘なんてない、俺のホントの思いだからなぁ………どっちか選べって言われても、それは無理。 

 そんなことを考えてると、リモコンをぽちぽちしていた妹が、ふと手を止めた。


「………ねぇねぇお兄ちゃん、昨日のノイタ◯ナ、録画できてなかったんだからねっ」

「知らんわ。第一、俺はお前の録画予約確認してねぇし。にゅーが忘れてたんじゃないの?」

「お兄ちゃん、私の事なら何でも知ってるって思ってたんだからねっ」

「なんでだよ。なにゆえ、俺がにゅーの事何でも知ってるってことになるんだよ。シスコンじゃあるまいし」

「………!?」

「なんでそこで目を見開いて、『うそでしょ、信じられないんだけど!?』って顔をするんだよ! 常識的に考えろっつーの! 俺はシスコンじゃない!」

「………嘘だ! お兄ちゃん、いつも私に変な視線送ってくるんだもん!」


 あ、ちなみに、妹のあのキャラは語尾だけだったり見た目だけだったりの、作り物のハリボテもいいところだから、こうやって感情が高ぶったりすると、簡単に軋みを上げる。

 ………っと、今何か、絶対におかしいセリフを吐かなかったか? このハリボテ娘。


「おい、今、『変な視線』って言ったか?」

「言ったよ! だって、そうなんだもん!」

「ふざけるな! 変とはなんだ、変とは! 俺はただ、可愛い妹にとって最っっ高の兄貴でありたいと、そう願ってるだけだよ!」


 妹はだんだんとヒートアップしてきたらしく、頬が真っ赤に染まっている。


「ほ、ほら! 今、『可愛い妹』って言った!」

「ああ、言ったさ! こんな可愛い妹がいて、兄貴として鼻が高いぜ、を省略した形としてだけども!」


 『兄貴として』を強調して、俺はこのハリボテアホ娘に言い放ってやった。

 と、そこに、声を張り上げて来る者が一人。

 ………その声は、定期テストを目前にした中学生のように切実で………荒ぶる壊れた蛇口のようにとどまるところを知らない。


「だぁーーーーーっ!! う~~~~~る~~~~~せぇ~~~~~!! お前ら、朝もはよから兄弟喧嘩か痴話喧嘩か知らんが、とにかく喧嘩すんなっつーの!! 近所メーワクだろーがっ!!」


 ここから先の事は、ほとんど覚えてないんだ。たぶん、四割くらいは本能だったんだと思うけど。

 あとの六割は、喧嘩してて、ついむしゃくしゃしてたからってゆーのと、この親父だからってゆうのがフィフティー・フィフティーだけれども。

 なにはともあれ、こんな大声で、『近所迷惑』とかのたまいやがったこのバカ親父に、面と向かって言いたいことは一つだけ。


「「あんたが言うなぁーーっ!」」


 みんなも、おんなじこと思ったよな? 俺は悪くない、親父が悪い。

 って言っても、結局の原因は、どう考えても俺たちだけどね? 親父が全責任を負うべきじゃないってのは、俺もにゅーも理解しているんだけどね? 

 本来九割くらい俺に責任があるのは、理解してるつもり。

 でもまぁ、このときは、喧嘩してたことも忘れて、親父に黄金の右をかましたね。

 あ、ついでに、にゅーは、純金の左をかましてた。




「………とまぁ、そんなことがあったんだよ」

「ははぁ~、これまた面白いことになってるねぇきみんち」


 通学路、俺が語り掛ける相手の、顔、は。

 ………なんだ、これ。

 顔に黒く靄がかかっているような、そもそも顔が存在しないというような。

 なんだ、これは、そもそも何かがおかしい。

 俺は俺か? 動かそうとしても動いている感覚がない。

 まるで、バーチャル・リアリティ空間にいるかのよう。


「………どうしたの、顔色悪いよ? 体調悪い?」

「い、いやそんなわけじゃ」

「それとも──────、思い出しちゃった?」

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