其の八 俺、思い出す。
きれいな花びらが、辺りに舞い落ちる。
でも、地面に咲いてた花びらが舞い落ちるっていう事は、一回舞い上がったってことにならないか?
しかし、そんな美しい辺りの様子など、目にも入らないとばかりに固まる美少女が一人。
文字通りに『固まる』その姿で、まず最初に目に入るのは、その肩からこぼれ落ちるように長く、そして美しい黒い髪。
形容のしがたいほど美しい。
《むぅー》
とか、なんかそんな声が聞こえてきた。
そういう内容を言うということは、俺の思考、考えを読んでいる以外に考えづらく。
理論をこねくり回すけど、つまりこの声の主は。
《なんですか、イザナミさん》
そう、皆さんお忘れかも知れないが、自称ではなく、暫定でもなく確定神の、イザナミさん。
最近というか今日はあんまり何も言ってこないから、俺も忘れかけていたとか、そんなことはない、多分。
で、そんなイザナミさんが何の用なのだろうか。
《いえ………別に。久しぶりに休暇を貰ったので、ちょっと、たまたま資料室であなたの周りを映す水晶を覗いていたら、偶然女の人にデレデレしている間抜けな狐が居たもので》
へぇ、俺の周りにそんなに珍しい狐が居るのか。
俺の今の姿は完全な狐ではなく、狐耳が付いたただの冴えない少年といって差し支えない姿なので、俺の事を指して『狐』と表現することはないだろう。
こんなに中途半端な姿を、『狐』などと表現した暁には、本家狐さんからのお説教が問答無用で始まってしまうに違いない。
結局何の事を言っているかはわからんが、それは面白い、そんな狐がいるならぜひとも見せてもらいたい物だ。
少なくとも、今俺が見える範囲には、そんなものは見当たらないな、うん。
本当に何を言っているのか。
ま、それはともかく、俺が一番不可解に感じたのが、
《イザナミさん、なんか機嫌悪くないですか?》
そう、イザナミさんが、若干機嫌が悪いように感じるのだ。
どことなく語気を荒げ、吐き捨てるように喋っているように思える。
本当に何だというのか。
まっっったく、心当たりがない。
《別に、何でもないです。私のことなんて、放っておいて下さいっ》
《はあ、そうですか。分かりましたけど》
《けど? 何ですか?》
《………俺の質問から逃げようとしてませんか?》
《………》
あ、通信切れた。ま、いいや。
『放っておいて下さい』って言われてしまったからには、放っておくのがいいだろう。
また、変に機嫌を損ねてはまずい、障らぬ神に祟りなし、である。
神サマなんぞ、人間及び妖怪が理解できる次元にはいないものだろうし。
分かろうと努力するのは無駄というもの。
《むぅ》
俺の頭に、そんな幻聴のようで幻聴ではない台詞が響いた。
で、話を頭の中から目の前に戻す。
イザナミさんとのやり取りから数分後、目の前の美女は口のチャックを開いた。
「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって………」
うわ、奇麗な声、正直吃驚した。
それに、所謂地声と言うか、声に関する活動の経験がない人の声じゃない。
腹から声を出して、喉を使い過ぎない声で聴き心地も良い。
この声で歌を歌おうものなら、それは神にも匹敵する芸術だろう。
………屋敷の調度品を見て高そうという感想しか出てこないあたり、芸術を見る目がないのは自覚しているけどな。
「いや、謝る事なんかないですよ。気にしないで下さい。俺もいきなり話しかけたりして、すみませんでした。怖がらせるつもりはなかったんです」
「いえ、私も別に怒っていませんし、ちょっとどうしたらいいかわからなくなってしまっただけです。気にしていないと言っていただけて、気が楽になりました」
「そうですか………あ、すいませんが、お名前、お聞きしても?」
うん、楽しく会話出来ているな。
このまま順調に進めよう。
「私は構いませんが………親に、知らない人には名前をを気軽に教えてはいけないと言われておりますので………」
「あっ、そうですか。いや、そうですよね、普通」
名前を聞くのには失敗してしまったが、何、これから。
この世界での知り合いがいない俺は、美女とか関係なく他人とお近づきになるのに、労力を惜しんではならないのである。
「俺の名前は『トロン』。見ての通りの妖怪です」
「そうですか。では、えっと………ご家族はどちらにいらっしゃるのですか?」
「あー、ちょっと家族はみんな、ドバイに旅行に出かけてて………」
質問の意図はよくわからないが、もちろん嘘だ。大嘘だ。
俺の家族は、全員前の世界に居る。
ここで『転生した』とか言ったら、引かれてしまうかもしれない。
そうして腫れもの扱いされるのは何としても避けたい。
「そうですか。それでは、えっと、うーん………」
女は、先程と同じように、空を見上げ、考える。
俺が次の対応を考えているとき、女は、先程と同様、何でもないような質問を口にした。
「………親しい友人は、いらっしゃいますか?」
親しい友人。
その言葉を聞いた瞬間、俺は、酷い目まいに襲われた。
まるで、体が拒否反応を起こしているみたいだ。
またしても意図の分からない質問に苦しむ俺に、こうなるとは予想していなかったらしい女性が手を差し伸べる。
抵抗するすべもないまま、前のめりに倒れこむ。
「ハァッ、ハァッ………カハッ………ガッ!?」
「‼ 大丈夫ですか!? トロンさん! トロくん───」
「う、ぐ───」
一瞬にも、永遠にも思えるような、深い深い記憶の狭間。
気が付くと、俺はその狭間に落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます