其の三 俺、少女と出会う。

 夕暮れ、と言うよりもう夜の公園のブランコに一人座っている少女は、どこか悲しそうで寂しそうな表情をしていた。

 近所の高校の制服を身にまとって一番星が現れるのを見ていた少女と、星空に変わりつつある夕暮れ空。

 まるで絵画から切り取ったかのような情景は、美しさというか、どことない儚さを感じさせる。

 もう夜になると言うのに、こんな人気の無い場所に一人で居ても大丈夫だろうか。

 異世界に来たばかりの人間は普通自分の身の上を案じるだろうが、普通は考えないような事を考えてしまうのは、この少女の雰囲気のせいか、たまたま異能力を手にして機嫌が良かったからか。

 なんにせよ、放っておく事は出来なかった。


「こんばんは。一人で何してるのかな?」


 言った後で、ヤバい発言をした事に気がついたものの、後の祭。

 下手したら通報されかねないと焦っていると、少女は、さほど気にしていないようで。


「なにって………座ってるんだけど?」

「うん。それは見たら分かるから」


 おお、マジか。

 この子、結構言うな。

 こっちを向いて来たので分かったのだが、この子は少女よりも、美少女の表現の方が合ってるな。

 かなり小さめな顔に付いているのは、少しつり気味の吸い込まれそうな目と、形の良い唇と鼻。

 全てのパーツが、この少女のクールなイメージと合っている。

 また、肩の上で綺麗に切り揃えられた髪も相まって、とても愛らしい。

 ......そう、のだ。

 彼女の評価を美しいではなく愛らしいとさせる決定的な原因、それは、身長にある。

 俺がこの子を高校生だと思ったのは、制服を着ていたからだ。

 もし制服ではなく普通の服を着ていたとしたら、多分高くとも中学校一年生、低くて小学校五年生くらいでもありえると思う。


 しかしあれだ。

 ここまで成長が遅いとは、もはや病気なのではないかと疑いたくなる。

 それはさておき、まずはこの少女を家に送り届けないとな。


「あの………家はどこだ? こんな人気のない所に一人で居ちゃ危ないぞ?」

「しらない人の言うこと聞いちゃいけないって、お母さんが言ってた………あなたも、〈妖怪〉連れてないの、へんだっておもうんでしょ?」


 ………人が善意で人助けをしてやろうと思っているというのに………

 しかし、落ち着け。

 大体、おおよそのフィクションの中では美少女に怒ったところでどうしようもないのだ。

 何だかんだと因縁をつけられるか何かして、おつきの同級生や側近から報復されるのが見えている。

 それならば、今ここで親しくなっておいた方が良いだろう。


「俺は君が妖怪を連れてないからってどうとも思わないけどな。俺はトロン。新人妖怪だ………これでもう〈知らない人〉じゃないだろう?」


 少女は今まで合わなかった目線を合わせてきたかと思うと、あごに手を当てて一つ頷く。


「............いちりある」


 と呟いた。

 難しい言葉を知ってるんだなーと思ったが、高校生だったら知ってても当然か。

 この子の見た目がアレすぎて、つい小学生に対して抱く感想を持ってしまった。

 でも、この子、結構騙されやすそうだ。

 そうだ、この子にも名前を聞いておこう。


「あの………君の名前は?」

「あ、会ったばかりの人におしえるわけない」


 ………それはそうですよね。

 よくしつけられた子供だ。

 まあいい、これからじっくりと仲良くなれば良い。


「もう知らない人じゃないし、家の場所は?」

「こっち」


 少女は立ち上がり、俺はその後を追う。

 え? 名前は教えないのに家は教えるのか?


 [***]


 大通りを歩きつつ、ふと疑問に思った事を聞いた。


「で? 何であんな所に一人で居たんだ?」

「………お昼寝してたらいつのまにか暗くなってて、しかたがないから一人で座ってたの」

「もしかして、暗いのこわ」

「そんなことない」


 食い気味に答えた。

 ………え、じゃあ俺の右手を掴んで離さないこの手はなんなんでしょうか?

 と、そのとき、野良猫が目の前を走り去っていった。

 右手がさらに締め付けられる感覚を覚え、こういう所は見た目相応だな、と感じる。


「やっぱ暗いの怖い」

「そんなことない」


 でも、さっき公園で会った時よりも、言葉遣いの角が取れたような、少し心を開いてくれたような気がして、ちょっと嬉しい。

 かく言う俺も、この子との会話は楽に出来る。

 前世で、女子に話し掛けられた時に『は、はいぃぃい!?』と言ってしまったあの事件以来、女子との会話はしない、と言うよりさせてもらえない事になっていたが、この子は見た目がアレなので、あまり意識しないで会話出来るのが嬉しい。

 何故か、自分は自分よりも小さくて距離感の近い女性とは気を張らずに喋れるらしい。


「おにーさんは?」

「へ? 何?」

「なんでおにーさんは一人だったの?」

「それはだね………」


 前の世界で死んでからのことを掻い摘まんで説明した。

 気付けば謎の光と相対していたこと、この世界に入ってきたこと、その際に何故か二足歩行する九尾の狐になっていたこと。

 女の子はゆっくりと頷いたり目を見開いたりしてリアクションをくれるので、少々事細かに話過ぎたかも知れなかった。


「………と、言う訳だ。分かったか?」

「うん」


 おお、なかなか理解力がある。

 いや異世界転生の件で露骨に怪しむ姿勢は見せてきたけれど、嘘吐いても仕方ないし、この世界の感じなら他に転生してきた奴も何人かいるだろうし、信じることにしてくれたらしい。


「いやはや、街に降りてきたのは良いものの、行く当ても無ければ、する仕事も無い。こっからどうするかな」


 投げやりになって呟く。

 多くの人の夢、異世界転生も所詮はこんなものだ。

 衣食住の確保にそれを支える職業を探さなければならないし、周囲との人間関係もうまく行かなければ前世とほとんど変わらないままだ。

 もう一つの剣と魔法の異世界を選んでいたら話はまた違っただろうか。

 ため息を零す俺の顔を覗き込むようにして、小さな唇を少しキュッとした後に言葉を紡ぎ出した。


「………じゃあうちくる?」

「行く行くー………って、え? マジで! 良いのか!?」


 聞くと、この子の家は保育園を経営しているらしく、『あなたみたいにもふもふだったら子供達にも大人気』とのこと。

 働く場所は探していたし、尻尾なんかは俺でも触ると気持いいほどモフいが、流石に保育園はちょっと。

 子供が嫌いと言うわけではないけれど、会話の通じない相手は苦手なんだよ………


「いや、やっぱいいや。親御さんに悪いしな」

「へーき。今家にお父さんとお母さんいないから」

 

 あー、なんだ。

 両親が居ないなら、何も問題はな………いやちょっと待て、今何て?


「今、って言ったか?」

「? 言ったけど、なに?」


 何を言ってるんだ?

 真面目な顔して、トンデモな発言しただろうこの子。

 何故両親が居ないからOKになるのか、普通は逆だろうに。

 あとついでに言えばさっきの「うちくる」発言も、本来女の子がする側じゃない気がする。

 まあ、一晩泊めてもらうくらいなら、お願いしようか。

 俺にはロリコンの属性は無いので、別に何かする気も無いし。

 ………見た目は小学生から中学生で実年齢は高校生、この場合はギリ非合法ロリになるのだろうか、とかくだらないことを考えた。


「いや、何でもない。じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔させてもらおうかな」

「………うん」


 この子はそっぽを向いて顔を隠そうとしたっぽいが、耳まで赤く染まっているので、何を考えているのかはだいたい分かる。

 いや、嘘、ごめん全然わからん。



 俺を一歩後ろに連れて女の子は歩みを進める。

 その様子は別段変わった所はないが、家に案内し始めてからというもの、少しづつ緊張が高まっているように思われた。

 ………どうしよう、何か不安でもあるのだろうか、それともやっぱり迷惑だったかな。

 でも、今さら『やっぱいいや』とは言えないし、後悔してるのかなぁと、歩きながらそんな事を考えていると。


「………ついた」

「は?」


 いや、待ってくれ。

 ちょっと待て、前の世界での記憶が正しく、テレビで一度見た記憶のあるこの館がソレであるならば。

 ここって、あの超有名な、チョコレートをビスケット生地で包んだお菓子『狸のサンバ』を生み出したあのお菓子会社、『ロテツ』の社長宅だろう?

 しかも『ロテツ』は確か子会社の一つ、本体は更に大きな企業集団だったはずだ。

 というか、おかしくないか、保育園経営してるんじゃないのか?


「あの、保育園を経営しているのでは?」

「うん。わたしがしょうらい、ほいくしになりたいってお父さんに言ったら、今のうちにいつでもけんがくできるように、買ってくれたの」

「うん? つまり娘の夢の為に一つ丸ごと保育園を買い取ったってことか?」

「そうゆーこと」


 マジか、社長令嬢はんぱねぇ。

 って言うか、お父さん娘を溺愛し過ぎだろう。

 見学に連れていくならまだしも、『じゃあ経営する』という選択肢は出て来ないでしょう、普通。

 呆気に取られている俺に少女が聞いてきた。


「あの………わたし、ふつうじゃないでしょ?」

「唐突にどうしたんだよ。いや、普通じゃないかどうかって言われたらそうかもしれないけど」

「そう、だよね………」


 表情がやや曇った。

 そうだな、これくらいの時期は多感な年代だ、俺も人のことは言えないぴちぴちの中学生だが。

 流石に何かフォローしないとと思い、先程の発言を何とか中和しようと試みる。


「あー、でも。君は君だろ。今まで話してた、ちょっと不思議で暗いのが怖い女の子。俺にとってはそれ以上でもそれ以下でもない」

「………」


 やや目を開いた少女は目線を逸らし、そっぽを向いてしまった。

 ………暗いのが怖いっていじったのを怒っているのかも、後で謝ろう。

 ふと、彼女のこわばりが取れているのを感じた。

 二人で外壁に沿って歩き、門へとたどり着いた。

 屋敷の敷地の門のそばに警備員さんが十人くらい立ってるし、止めてあった車に乗っていたらしき運転手のような人が、運転席から降りて、ドアを開けて『遅かったですね。お嬢様』とか言うし。

 女の子曰く、普段はここまで門に人が詰めているわけじゃなく、今日はわたしが遅かったから心配していたのかも、とのこと。

 父親のエピソードを聞く限り、間違いなく心配はするタイプだろうから恐らくその推測は当たっていると思われる。



 にしても、本当にデカい家だな………門から建物の入り口まで車で移動する家なんて初めて見た。

 しかもこの車、日本で買える値段なのか?

 なんかやたらと長くて、全長約十メートルくらいあるんだけども。

 ………まあいいか、女の子の御厚意に甘えているだけだから、お邪魔できるのはどうせ一晩だけだし。

 そして、車から降りてちょっと歩くと、なんか普通の一軒家が見えた。

 へぇ、こういう家って、使用人たちの家も敷地内にあるんだなぁと思っていると、どうやらそこに向かっているらしい事が分かった。

 ああ、使用人の人達に紹介してくれるのか、と思い、そのままついていく。


「………ついた」

「おう、そうみたいだな」


 近くで見ると、結構でかい。

 うん、『普通の一軒家』という評価は訂正しよう。

 三階建ての家の庭は結構広くて、住人はいないようだがイヌ小屋までがある。

 庭の中にある家に更に庭があるのか、という質問はしてはならない、実際にあるのだから。

 外壁の傍には花壇もあって、昼間はさぞ綺麗な事だろう。

 従業員になればこんな家に住めるのなら、俺ここで働こうかな。

 と本気で考えていた。


「じゃ、あけるよ」

「おう、いつでも来い」


 張り切っている俺に少女は怪訝な目を向けながら、ポケットから取り出した鍵で かちゃん と鍵を開けた。


「あの、すみませーん、誰か居ませんかー?」


 と玄関から声を上げる。

 反応が返ってこないのをやや不思議に思いながら女の子に向き直る。


「? だれもいないけど、どうしたの?」


 え? 誰も居ないの?

 けどまあ別にいいか、どうせ今晩だけだし。


「今は出かけてるってことか。じゃあこの家の人は一人暮らしなのか?」

「うん」

「そうか。じゃあ、お邪魔します」


 靴を履いていなかったので、どうしようかと思ったが、こういった妖怪の為の『足洗い機』みたいな物が一般的に普及しているみたいで、持って来てくれた。

 それを使って、足を綺麗にしてから玄関を上がると、一般的な家の内装がそこにあった。

 社長令嬢の手招きとはいえ、勝手に人様の家に上がり込むのはやや心苦しい、今度何としてもお礼をしよう。


「ちょっとまってて」


 と言って、少女はぱたぱたと足音を立てながら、奥へと消えた。

 リビングの椅子に座って待つこと約十分、再び少女が現れる。


「こっちきて」


 と言う少女に促されるまま、二階へと登ると、なぜか二階なのに和室があり、布団が敷かれていた。


「この部屋、使って良いのか?」

「うん。どうぞ」


 じゃあ、遠慮なく。

 敷いてあった布団を見ると、突然自分が寝不足のまま異世界転生を熟していたことを思い起こして眠気に襲われた。

 このままだとすぐにでも眠ってしまいそうだ。


「にしても悪いな、勝手に上がらせてもらった上に、部屋まで借りちゃって」

「ううん、だいじょうぶ」

「そうか、じゃあ家主さんによろしく伝えておいてくれ」

「? ここだよ?」

「………………うん?」


 わたしのいえ?

 ってことは、ここは誰かお手伝いさんが暮らしている家とかじゃなくて、この子が暮らしてるのか?

 車の窓から敷地の奥には立派な洋風建築があったぞ?

 しかもさっきの言葉通りなら、この子がここで一人暮らししてるってことか?

 何のために、そしてどうしてそんな発想になったんだ?

 ………何にも分からん。


「───じゃあ、俺は今日疲れたからもう寝る、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 そして俺は考えるのをやめた。

 少女が階段を下りる音を聞きつつ、俺は枕元の行灯をよけて、布団に潜り込む。

 目を閉じて、寝ようとした所で、思い出した。


 《イザナミさん、俺は何とか楽しく生きて行けそうです》

 《? そうですか。それはなによりです》


 戸惑いながらも返答してくれるイザナミさんって、凄い優しいよね。

 そして、俺は異世界での一日目を終了した。

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