第一章 出会いと優しさと

其の一 俺、転生する。

 降り注ぐ観客の歓声を背に受け、骨の雨を駆け抜ける。

 自分の何倍もの体躯を誇る骸骨を正面に見据え、大きく踏ん張りをつけて跳躍。


「おぉらぁっ!」

「それじゃおいらは砕けねぇでよ!」

『両者一歩も引かない攻防! 骨の嵐を潜り抜け、攻撃を喰らわせられるのかぁ!?』


 手に持つ水晶の刀を流れるように扱い、骸骨の頭骨を叩いた。

 少し罅が入った所に妖術を叩き込み、中にいる本体に直接ダメージを与えた。

 そのまま相手は場外、俺は崩れ行く骸骨を踏み台にして舞台へ帰還。

 俺は刀を持たない方の手を掲げ、勝者としての礼儀を果たしつつ、自分も強くなったものだと思い返していた。



 [***]



 桜の花弁が舞い落ちる四月のとある朝、俺はあくびをかみ殺しながら、普段よりも少しだけ軽い通学用カバンを背負って、確かに学校に向かっていた。

 同じ制服の生徒たちの流れに身を任せていると特に考えることもなく、ただただ足を動かしているだけ。


 《眠い………………》


 俺の名前は『時雨 新』と書いて『しぐれ あらた』と読む。

 今年は、この世に生を受けてから十五年目。

 趣味は読書やゲームなどだが、いずれも他人に自慢出来るようなレベルではないので、自分から趣味の話をすることはあまり、いや、ほとんどない。

 これといった特技もなく、出来ることといったらネコの鳴き真似くらいなので、学校での自己紹介で困らなかった試しはない。

 成績も中の上くらい、運動神経も決して良くないので、当然だがモテることはない。モテる為の努力などは何もしていないので、モテるはずがないし、別にモテなくとも何も困ることはないし、別に構わないのだが。

 ………いや、本当に。強がりとかじゃなくてダナ。


 さて、俺がなぜ睡魔と格闘していたのかというと、


 《たかが春休みの宿題とあなどっていた………………》


 そう。春休みの宿題という名の化け物達を処理していたのだ。

 自分でも驚きなのだが、始業式の前日の状態で、なんと九割ほどが手付かずだったのだ。

 なんとか終わらせたのはいいものの、気づいたときには空が白んでいた。

 ………………つまり、世に聞く≪TETSUYA≫を。してしまったのだ。


 《そういえば、今日から受験生か………………》


 などと、他愛もないことを考えつつも、足は依然として亀の如きペースを保っている。

 殆ど働いていない頭で、作業のように足を動かす。

 眠気、睡魔、睡眠欲、そういうふうに言われるモノすべてが、今の俺には襲ってきていた。

 当然、殆ど目なんか開いてはいない。

 ボス、と音を立てて、誰かにぶつかった。


「あ、すいませ………………」

「………………」


 ぶつかった相手に謝罪すると、酷く冷めた目で見られた。

 なんなんだ。

 確かに俺が悪かったけれども、そんなふうにゴミを見るみたいに見なくても良いではないか。

 しかも、お前が責めるべきは俺じゃなく、突然立ち止まった自分自身ではないのか。

 そう思って、クマだらけの目をなんとか開き、相手を見る。


「………………あ」


 同時に、視界に赤信号が飛び込んできた。

 これは完全に言い逃れできない。

 赤信号だったから立ち止まったのに、後ろから歩いてきた誰かにぶつかられて道路に出そうになった、となったら、流石に冷めた目で見るのも頷ける。

 なんとも気まずい雰囲気になってしまった。

 仕方がないので、俺は赤信号が解除されるまで、ひたすらその人と視線を合わせずに過ごした。


 そして、愛しい我が家にしばしの別れを告げてから約二十分、といっても今日は始業式だけなので、午後には帰れるのだが。

 足取りが不安定になり、少しふらふらしてきた。


 《流石に寝不足か………………》


 ひどく調子が悪いというほどではないので、そのまま学校に向かうが、急に足が震えてきた。

 自分でも何が起きているのか理解出来ずに、道路側へ倒れる。

 すると、だんだん意識が遠のいて行き、助けて とか、誰か とかではなく、


 《何だよ………………宿題終わらせた意味ないじゃないか………………》


 と思ったら、後ろからクラクションが聞こえた。

 あぁ、どうやら、何時の間にか制服を着た中学生の本流から逸れてしまっていたらしい。

 こういう時は走馬灯が見えるとか言うけれど、俺には何も見えなかった。

 それだけ思い入れのない人生だった、ということなのか。

 特に引き延ばされることもない時間が過ぎ、今まで感じたことのない程の強い衝撃を全身に受けた後、俺は深い深い、永久の眠りについた。





 気がつくと、謎の光に包まれた部屋に一人立ち尽くしていた。

 もはや頭の回転が付いて行かず、しばらくの間、ぼぅっとしていたが………………ここは、まさか。

 次第に光が集まって行き、人の形のシルエットを作り始めた。

 完全に人形が作られると、光の中から声が聞こえてくる。



「突然ですが、あなたは先ほどお亡くなりになりました」

「………………………………ほひゅぅ?」



 今まで生きてきた………………いや、この光の言葉を真に受けるなら、『先ほどまで』生きてきた人生で、これほどまでに情けない声を出したことがあっただろうか。

 いや、なかっただろう。そして、これからもないと思う。

 なるほど、声が聞こえてきたということは、『一人』立ち尽くしていた訳ではなかったのか。

 ………………いや、違う、そうじゃない。今考えなければならないのは、そんなくだらない事ではない。

 まだ寝不足気味か、頭の巧く働かない状態で言葉を返した。


「あの………………今〈お亡くなりになった〉って言いましたか?」

「はい、言いましたが?」


 と、さも当然のように小首を傾げて誰かが言う。

 おそらくは頭だと思われるシルエットが傾いたので、多分この表現でいいと思う。

 いやいや、そんなことがあるハズが………………


「〈お亡くなりになった〉ってことは、要は〈死んだ〉ってことなのか?」

「そうですね。そういうことになりますね。」

「………………マジなのですか?」

「ええ。マジなのですね」


 おそらくはこの時の俺はかなり愕然とした顔をしていたことだろう、いや、もしかすると合点がいった、という表情だったかもしれない。

 もっとも、鏡などはないので、そんなことは確かめようがないが。

 俺の頭の中で、目の前の現実とそれを受け入れようとしない常識とが小競り合いを始めた。現実の勝利ですぐに幕を閉じたが。

 他人に自慢出来るレベルではないが、これでもラノベを読んだり、RPGゲームを遊んだりしていた、と記憶している。

 多少なりともこういったことに耐性は出来ている、筈だ。


 ふむ、まずは自分の死因を聞いておこう。


「あの………ここに来た時にうっすら死んだのかとは思っていて………気になっていたのは、俺はなぜに死んでしまったのか、と言うことなんですが………」


 すると、誰かは、少し間を置いて、光の中からこう言った。


「………珍しいですね。主体的な、相手の発言に関するものではない質問で、最初に自分の死因を聞いてきた人は今までいなかったと聞いております」

「そうですか? 普通の人なら誰でもまず最初に聞くと思いますけど」

「………………では、あなたの〈普通〉は世間一般で言うところの〈普通〉ではないのだと思いますよ。他の方々はまずまともに死を受け入れられず、質問しても〈ここはどこか〉などを知りたがるそうです」


 今、『まともではない』と言われた気がしたが、そんなことはないはずだ。

 俺は、恐らく自他共に認める凡人なのだから。

 というか、今ここはどこかなどと聞いたところであまり意味がないと思う。

 ライトノベルや漫画、アニメではこういう時は天界のどこかとかそんな所だろうから。

 おっと、話が脱線してしまった。


「あ、ところで死因を………………」

「あぁ、すみません。まだこの仕事に慣れていないもので………………」

「仕事ってことは、あなたにも………………」


 いや、待て、こういうのはここで名前を聞いておいたほうがいい。

 もしかしたら、実はこの人………? は凄い美少女で、いつか姿を拝めるかも知れない。

 だったら、今のうちに親しくなっておいたほうが良いと、人並みの感性は併せ持つ俺は考えた。


「あの、毎回あなただとめんどくさいので、お名前お伺いしても?」

「はい、大丈夫ですよ。私、〈イザナミ〉と申します。あなたは?」

「俺は〈時雨新〉って言うんですけど………………」


 思わず耳を疑った。え?『イザナミ』って………え!?


「〈イザナミ〉って、イザナギと日本列島を作った、あの〈イザナミ〉?」

「そうですね。元になったのはその〈イザナミ〉で間違いないですよ」

「元になった?」

「いえ、なんでもありません。私はその〈イザナミ〉です」

「なんと………」


 なんということだ。まさか日本神話に名高きイザナミに会えるとは。

 ………全く姿が見えないのが凄く残念だが。


「まさかイザナミさんに会えるとは思いもしませんでした。では、ここはやっぱり天界とかそんな所なんですか?」

「そうですね。えっと………ああ、すみません。死因でしたね。少々お待ちください」


 と言って、イザナミさんはどこからともなく、紙束を取り出し、それをペラペラとめくり始めた。

 光の中で紙だけがめくられているので、非常に滑稽な光景だ。

 やはりここは天界のどこからしい、俺の予想した通りだった。

 ………しかし紙束とは。神の世界は意外と文化が進んでいないのだろうか。

 そんなことを考えている間に、どうやら見つけ出してくれたようで。


「ああ、ありました。えっと………………〈事故死〉とのことですね。寝不足で倒れた所をトラックに轢かれて即死した………………とのことです」


 『事故死』。

 そうすると、あのクラクションや衝撃は勘違いではなかったようだ。

 あれは本当に痛かった………正直あまり覚えていないけど。

 と言うか、異世界トラックは俺みたいな奴のところに来るべきじゃないだろう。

 もっと生活に疲れた人とか、未来への希望が絶たれた人とかを連れて行ってあげるべきじゃないのか。

 まだ若々しい十五歳の少年を連れていくとか、今後の日本をさらに高齢化社会にしていくつもりなのだろうか?

 ………いや、話が逸れた。


「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

「…………なんだかやけに落ち着いていらっしゃいますね? 先程も申し上げました通り、他の方々はもっと取り乱されるものらしいのですが」


 そんなことを言われても。


「そうは言いましても、特に親しい人はいないし、恋愛をしていた訳でもないので。『死んだ』と言われても、特に問題はないですし、おそらくは未練もないですよ」

「………………まじなのですか?」

「ええ、マジなのですね」


 と、さっき聞いたセリフをそのままお返ししてあげた。

 あと、イザナミさんのが若干呆れぎみな雰囲気を醸し出していたのは、気にしない事にする。

 あぁ、さっき聞こうとしたことを思い出した。


「そういえば、〈仕事〉ってことは、仕事仲間や上司なんかも居るんですか?」

「ええ。私は世界の神の中でも割と位の低い方なので、雑用などを担当する事が多いのですが、今日はお兄様………イザナギの代わりにこの仕事をさせていただいております」


 『お兄様』って、イザナギなのか。

 日本神話では夫婦のはずだったが、まあ本人がそういう風に意図しているのなら、実は二人は兄妹で、お兄様はかなりのシスコン、妹がブラコンで、当時の人々には夫婦に見えたと言うことだろうか。

 天地創造とかのくだり、兄妹だったとしたら中々コンプライアンス的にだいじょばない気がする。

 まぁ神の世界にも色々とあるらしい。


「………あの、仕事の続きを、と言ってもほとんど始まっていないですが、続きをしても大丈夫ですか?」

「あ、はい。こちらこそ色々とお聞きして、仕事の邪魔になりましたよね。すみませんでした」

「いえ、大丈夫ですよ」


 そう言って、イザナミさんは咳払いを一つしてから、こう続けた。


「あなたには、三つの選択肢があります」


 イザナミさんは右手らしきシルエットの人差し指を立てて、話を続ける。


「一つ目は、このまま天国に行ってそこで暮らす」


 そして、右手(らしき以下略)の中指を追加する。


「二つ目は、異世界αに行ってそこで暮らす」


 さらに、右手(全略)の薬指もまた、ピンと伸ばした。


「最後は、異世界β………………と言っても、あなたが暮らしていた世界とあまり変わりませんが、そこに行って暮らす。あなたはどれを選びますか?」

「そうですね………………まず、〈天国〉について説明してくれませんか?」

「天国は、ただひたすらに漂い続けるだけの場所ですね。魂の救済が終わった心の器から自我を取り出して、保管しておく場所、と言いましょうか。勿論器の方は再利用いたします」

「却下でお願いします」


 ただひたすらに漂い続けるだけ、だと?

 そんな何の意味もない、娯楽もない所に行ってたまるか。

 もっと良い所はないのか。


「じゃあ、〈異世界α〉って?」

「αはですね、貴方に分かりやすく言うとすれば、いわゆるRPGゲームの世界のような、魔法があったり魔物がいたりする世界です」

「………………」


 魔物がいる?

 さっきの天国よりはまだ良いが、そんな危険な世界に行ってたまるか。

 もっと良い所はないのか。


「最後に、〈異世界β〉について説明お願いします」

「βの方はですね、先ほども言いましたが、あなたが生きていた世界とほとんど同じ世界ですね」

「娯楽などはある?」

「はい、ありますよ」

「魔物は居ない?」

「当たり前です。あなたが生きてきた世界とほとんど同じと言ったではないですか。魔王軍との戦いは、αの方で展開されてましたし………あと、その問い方、某人物特定魔人、意識してますよね?」

「それは気のせい?」

「ほら」


 なるほど。実質第二の人生を歩めるようなものか。なら、そこが一番良いかな。


「じゃあ、〈異世界β〉でお願いします」


 すると、イザナミさんは再び少し間を置いた。

 光の明度がやや上下する様子が見て取れる、プロはここからコミュニケーションを高めていくのだろうか。

 いや、神との交流のプロってなんだ、巫女とか神官とかか?

 ………意外と当てはまりそうな役柄あるわ、これ。


「今回には誘導した節がありますが、あなたは本当に珍しいですね。他の方々は、九割方〈異世界α〉を選ぶそうですよ」

「いえ、俺は痛いのとか、怖いのとかが苦手なんで、〈異世界β〉を選びます」

「そうですか………あ、少し良いですか?」

「いいですけど」

「では。実は最近〈異世界α〉で魔王が倒されまして。それに伴い、人口の増加が問題だったんです。世界の人口が増え続けちゃったので、伝染病とか災害とかで色々と間引きしようとしたんですが、そういうときに限って、転生者共がイキりだすんですよねぇ」

「………しれっと神様間引きで人類減らそうとするとか怖いな………じゃなくて。大変、なんですね?」

「ええ、そうなんです。前任の受け売りですけど、こっちまでシワ寄せが来て大変だったんですよ。とまあ、応急処置的に私は〈異世界β〉をおすすめするつもりだったんです。正直に言えば、手間が省けました」


 おすすめされる予定だったとは言うものの、この選択は自分の問題だ。

 しかもこの後の人生にだいぶ関わってくる、超、超、超大事な問題だからな。

 なんとしても自分で決めたい。

 そして、イザナミさんは一呼吸おいてから続ける。


「………私、あなたを気に入りました。これから、目を閉じて思念すれば、私と会話出来るようにしておきましたので、ご了承くださいね………時々私から話し掛けることもあると思いますが、同時に繋がらない事もままありますので、注意して下さいね」


  俺は心の中でガッツポーズをした。親しくなっておいて本当に良かった。

 しかも向こうから話掛けてくれるとは。

 本当に、本当に良かった。

 神様と御近づきになれるのなら、今後の異世界生活に勝利したも同然じゃないか。

 ………でも、さっきの『間引き』発言もある、調子には乗り過ぎないようにせねば。


「では、そこで少々お待ちください」


 そう言うと、イザナミさんは消え、代わりに拳程度の大きさのの人魂が現れた。

 その数、およそ百個。

 俺の左右に一直線に並び、まるで墓を指す道のようになって行く。

 道が完成した時、頭の奥にイザナミさんの声が聞こえた。


 《この道を真っ直ぐ進んで下さい》


 なるほど、頭の中に響き渡るような感じだ。

 これがあれば、最悪一人でも大丈夫だな。

 などと考えつつ進んで行くと、謎の光が扉のように存在していた。

 イザナミさんであった光よりはやや暗く、ぼわん、という擬音が正しく形容するだろうか。

 異世界転生ものだと、こういう時になんらかのハプニングが起こるのもテンプレだよな、など下らないことを考えつつも、一歩一歩、着実に歩みを進めていく。


 《この光の中に入れば、すぐですよ。心の準備は………………あっ》


 何かイザナミさんが言いかけた気がしたが、もう既に一歩踏み出している状況で言われても反応できないので無視する。

 俺は悪くない。

 フラグを立てたのは俺かもしれないが、頭の中で思い浮かべただけなので、証拠なんてない。あるなら出してみろ。

 とにかく言われるままに入れば、頭の奥がかき回されるような錯覚を感じた。



 [***]



 そして、気付くと俺は生前の自宅の近くのスーパーにそっくりな建物の前に立っていた。

 生きていた頃のスーパーと全く同じ作りをしているようで、イザナミさんは嘘を吐いていた訳ではなかったようだと確信する。

 ………違和感は拭えないけれども。


 《無事に着きましたね。ここが〈異世界β〉です》


 再び頭の中からイザナミさんの声が聞こえた。

 なるほど、やはりここが(異世界β)か。

 確かに魔物は見当たらないな。ここなら平和に暮らせ………?

 ふと身体の具合に違和感を感じて立ち止まると、イザナミさんが言う。


 《すみません。私は神の身ですのであまりひとりの方に依怙贔屓、出来ないんですよ。他の人に聞いて、この世界で過ごして下さい》


 と、本当に申し訳なさそうな声で謝ってきた。

 あれだけ期待させるような口ぶりでつけてくれた通信機能の意味が疑問視される程の発言だ。

 だが、別にイザナミさんに非がある訳ではないので、とそう言おうとして、集中する。


 《構いませんよ。ここまで送って下さっただけで、感謝してます》


 上手く伝わっただろうか。

 少し不安になるがそれほど時間は開かずに、イザナミさんから返事が返ってくる。


 《ありがとうございます。ではまた、いつでもお呼びください》


 きちんと伝わったようだ。しかし、神様といつでもコンタクトが取れるのは、本当に心強い。

 グッバイ、愛しの天国マイルーム、ハロー、新しい世界アワーワールド

 さて、イザナミさんに言われたように、さっそく聞いてみるとしよう。

 その辺にいた青年に目を付けて、話掛けてみる。


「すみません。少しお尋ねしたい事が………」

「はい、何です………って、え、うわぁ!?」


 青年は俺に向き直ると、素っ頓狂な声を上げて、一歩後ずさった。

 なんだ?

 俺の顔にラフレシアでもくっついているとでも言うのか?


「あの、そんなに驚かれなくても………」

「いや! えぇ!? 驚きますって! あなたのような方が僕ごときに何を聞くと言うんですか!?」


 ………なんだ?

 さっきから妙な違和感が頭の隅に………

 とりあえず、青年に別れを告げ、近くの池へと向かう。一度、自分の姿をきちんと確認しなくては。

 約十分程歩き、目的地である池へたどり着く。

 池にうつる自分の姿を確認して、思わず息を飲んだ。


 《は? なんだよ、これ?》


 水面にうつるのは、明らかに人外の何か。

 その何かが俺の動きとシンクロして動くと、この人外の何かは自分の姿だとようやく理解する。

 そこにうつっていたのは………



 《………狐!?》



 口を大きく開けて驚く、真っ白の毛並みをした、九尾の狐の姿。



 ………どうやら俺は、<妖怪>に転生してしまったようだ。

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