【第一章完結!】Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~

國色匹

第零章 眠りと目覚めと

其の零 □、□□□□□。

 まどろみの中、少しずつ辺りを見回した。

 天井、壁、パソコン、デスクにイス............等々。

 何のことはない、ただの家であり、ただの部屋だ。

 疲れと怠さを感じて立ち上がり、腕を伸ばす。

 悲鳴を上げる身体が、固い床の上で眠っていたという事実を証明した。

 なぜ自分はわざわざ床で眠っていたのだろうか。

 すぐ左には自分用のベッドがあるというのに。


 ............自分用?


 このベッドが自分のものだとしたら、この部屋は自分の寝室になる。

 いや、『寝室』ではなく、自分の部屋と言うべきだろう。


 何はともあれ、これからどうしようか。

 パソコンデスクのイスに腰を落ち着けて、自分は考えていた。

 あくまで感覚的な意見で、部屋の壁に掛けられている制服から見てもおそらく自分は中学生だ。

 しかも男子の三年生。

 身体の勝手や本棚の教科書類からも察したのだが。

 付け加えるなら、明日から(今は午前二時なので、実質今日から)学校が再開する。

 これも、デスク上にある春休みの課題や学校からの連絡から推測しただけだ。

 さらに言えば、春休みの課題は九割以上が手付かずのままだった。


 ............何してたんだよ、自分は。


 仕方がないので自分はデスクのライトを点け、大して出来のよくない頭を回転させる。

 全ての課題を終わらせたのは、空が夜の終わりを告げ始めた頃だった。




 荷物をまとめ、通学用鞄を肩に掛け、る前に制服に袖を通す。

 なぜだか、その制服を纏った肩は記憶の中よりも重かったように感じられた。

 家から学校までの距離が思い出せないし分からないので、なるべく早く家を出ておきたい。

 この部屋を出たら、すぐに外靴に足を通すつもりだ。


 ドアノブに手をかけてひねり、力強く引っ張る。


 ガコン!


 ............え。

 気を取り直して、もう一度、先程よりも更に強く引っ張る。


 ガッコン!


 ......えぇ。

 やばい、どうしよう。

 鍵でも掛かってるのか?


「鍵、鍵はどこだ?」


 あ、俺、今何気に起きてから初めて声を出したな。

 こんな声か、別段普通で、取り柄の一つもなさそうな声。

 て、そんなことはどうでもよろしい。

 問題は、鍵だ、鍵。




 腹が鳴った。

 気がつくと、部屋は灯りがなくてもある程度は大丈夫なほどは明るくなっていた。

 そうなれば無論お腹も空く。

 しかしこの部屋には冷蔵庫がなくお菓子の類も存在しないので、何を口に入れることも出来はしない。

 結局、早く扉を開けなければならない理由が増えただけだった。

 部屋の中をくまなく探したところ、いくつか鍵は見つかった。

 しかし、どの鍵が扉の鍵なのかというもっとも大事な事の一つがわからないので、片っ端から、がちゃがちゃと試していた。


 そんな中、ふと部屋の扉の向こうから、人の足音と思われる音が響いた。

 なんだなんだ、強盗? 空き巣?

 まずい、何はともあれ隠れよう。

 こういうときって机の下だったか。

 いや、それは地震だったかな。

 でも、この部屋の中に隠れられそうなスペースなんてほぼない。

 しかし、今出て行っても返り討ちにあうだろう。


 ............ああ、いかん、ネガティブだ。

 もっと明るく物事を捉えないと。

 それに今はもう夜が明けかけている。

 よくよく考えれば、これほど明るい時に、果たして強盗は家に入るだろうか。

 まずは向こう側にいると思われる人に声をかけて......


「......お兄ちゃん、起きたの?」


 みようと思ったが先手をとられた。

 お兄ちゃん、か。

 そうすると、この扉の向こうにいると思われる人は、俺の妹ということになる。

 妹、か。


「あー......まあ、今起きたところだ」


 さすがに徹夜したところとは言えず、努めて、極めて優しい嘘をついた。

 と思ったら、扉が廊下側に開かれた。

 瞬間、思ったよりも顔が整っている妹が部屋に飛び込んできた。

 そっち方向に開く扉だったのか、とか、お腹空いたなぁ、とか、いろいろなことを考えていたが、これから受ける衝撃により、それらのことごとくは霧散した。


「おにいちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「ぎゃふぅっ!」


 という具合に、アメフト選手も真っ青のタックルを喰らったのだった。

 うーん、これは良質タックル。




 正直、そこから先のことはよく覚えていない。

 覚えていたことといえば、妹に連れられてキッチンに向かい、頑張りましょうの判定が付きそうな朝食を食べたことくらいだ。

 マシンガンを同時に十丁ぶっ放しているかのような妹の言葉の雨に、当たり障りのない答えを返したことも、なんとなく頭に残っている。

 気がついたら靴を履き、コンクリートの街並みを眺めつつ、歩いていた。

 どこへ行くとも分からないまま、取り敢えず人通りの多い道を目指して、同じ制服の生徒を見つけようという判断だった。




 俺の名前は『時雨 新』。

 猫の声まねが得意な、ただの男子中学生だ。

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