第34話 元気を出す方法

「元気が出る写真を送って」と恋人に言ったらどんな写真を送ってくるのか、SNSに書かれたそんな一文で、友里と、友里の友人、乾萌果と岸辺後楽の三人ははしゃいだ。

「でも優ちゃんは、写真が嫌いだから、きっと自分じゃなくて、綺麗で素敵なモノを送ってくれるかも」

「友里が一番好きな綺麗で素敵なモノは、駒井優っていうのにね??」

「そうなんだよ乾ちゃん~~!!」


 揶揄ったというのに素直に泣きつく友里に、乾は笑って頭を撫でる。

 小動物のように気に入っている節がある。


「あ、返信きた」

 岸辺後楽が、先に言った。恋人の綾部カササギから、かわいいネイルを全面に出した写真が送られてきた。

「このネイル、あたしが図案つくったんだぜ」

「あらラブラブ。ネイリストはさすがうめえな」

 ふふーんと元気になっている後楽を見て、友里は(さすがカササギさん)と感嘆のため息を吐いた。


 友里のスマートフォンにも、優からの返信が来た。

「あ!」

「どれどれ、は~無加工。さっすが」

「自分の写真で元気になるとか、どんだけの自信だよ」


 そこには、教室のカーテンが風で揺れる瞬間、光の中で微笑む駒井優が映っていた。黒髪がサラサラと揺れ、逆光が肌の質感をさらに美しく見せている。


【元気がないの?めずらしいね 心配 あいたい】


 そう添えられた文言を読むと、心なしか優の眉が下がって見えた。心配そうに友里を見つめているようだ。


 友里は立ち上がり、この感情を言葉にできないとばかりにバレエのシェネ・ターンで後ろの黒板までくるくると回っていった。

「ウケル、元気になりすぎ」

 乾はそんな友里の様子を動画に撮って、さっそく優に送った。

「自信つーか、友里のことわかってのことだったんだな」

 後楽もくすくすと笑いながら、口に含んだ棒付きの飴を取り出して、魔法使いのようにクルクルと友里に照準を合わせてまわした。



 ::::::::::::


 クラスメイトからスマートフォンを返してもらい、優は今撮ってもらった写真を友里に送信した。


「それって恋人に写真を送ってもらえるかチャレンジだよね」

「え、なにかあるの?」

 優は、世情に疎いので、仲良しのクラスメイトがニコニコしている様子に少し照れた。

「優さんはすぐに判断したけど、普通は自分が元気出る小物とか送っちゃうみたい」

 追い打ちをかけられ、優は真っ赤になる。友里が元気になるものといえば、普段、

 嫌がって写ろうとしない自分の写真のことだとしか思えなかった。

「すこし恥ずかしい」

「あはは、喜んでるよきっと」


 友里とお付き合いしている事を知っている友人なので、口差がない。

「優さんもお返しにおくってみたら?」

「え」

「どんなのが返ってくるかな?ちょっとえっちなのも流行ってるみたいよ?」

「え!そんなの……だめでしょ!」

「だめなんだけどねえ」


 くすくすと笑う様子に、優は少し負けたような気分になる。

(きっと自分は、その誘惑に逆らえない)


 そう思った通り、夜の9時。

 自室で勉強を始めた優は、友里に「元気になる写真を送って」と送信していた。


(送ってしまった)


 優はどこか後ろめたいような気持ちで、スマホを胸に抱えた。

 友里の性格をわかっている優は、イイ感じの棒だとか、ベニテングダケだとかの写真を送ってくるのではないかと妄想する。友里は小学生のような可愛らしい性格のままで、自分ばかりが、邪な大人に育ってしまったような気がしていた。


 ブブっとスマホがゆれる。

(もう返信きた)

 画面を見るが、着信だった。

「!」

 その通話に対応すると、お風呂に入っていたのだろう、濡れた肌にたくさん光のしずくをまとったままの、友里が映っていた。

 優は、思わずスマホを取り逃し、手のひらの中で踊らせて、通話を切るボタンが押せない。


『大丈夫!?元気ないの?!!いますぐ行くから待ってて!!』

 音割れしそうなほどの大きな声で、友里が言うと、通話は切れた。

 優は、もう真っ暗になってしばらくして待ち受けに戻ったスマホを前に、真っ赤になって固まった。


(いまの)


 友里の生まれたままの姿が目に焼き付いている。


(ど……どうしよう!)


 すでにそういう関係になっていて、見慣れているはずだというのに、優の心臓はバクバクと音を立てて、一向に慣れようとしてくれない。逆に何度目にしても、まるで初めてのような気分になる。


(慣れないなあ)


 いいかげん、慣れてしまってもいいのにと頭ではわかっているのに、何度でも友里を大好きだと自覚する心臓は、まだおさまらない。はあとため息をついて、赤くなった頬を撫でた。


 もう一度スマホが鳴って、優の体がビクリと跳ねた。

 角を曲がったとこにある友里の家から、すぐに飛んできた友里からの着信だ。夜の9時にチャイムを鳴らすことを憚ったようで、優は電話には出ず、そのまま玄関へ走って行った。


 ::::::::::::



「優ちゃん、元気ない?」

「元気だよ。今元気になった」


 にこにことしている優に、あわてて濡れ髪のまま走ってきた友里は、少し困ったような顔をしている。

「そうだ、乾さんから友里ちゃんが躍っている動画が送られてきたんだ」

「あ!」

「すごく可愛いから、何度も見てる」


「あのね、今日はお写真、ありがとう!優ちゃんがクラスの子に写真撮ってって頼んだのかなとか、いつも苦手って言ってるのに、わたしが元気ないのかなって心配して取ってくれたみたい!とか想像したら嬉しくて踊り出しちゃったの」


 アハハと優が笑うと、やはり友里は少し所在なさげに横を向いた。


 友里は優の部屋のソファに座ろうとしたが、優がベッドに腰をかけるので、そのまま立ちすくんだ。


「おいで」

 優が、促すが、友里はうごけずにいる。

「いや?」

「ううん、髪が濡れてて、ベッドを濡らしちゃうから」

「そんなの気にしなくていいのに」

 優が言う。しかし友里が、すっかりベッドに横になる想像をしていることに気付いて、ハッと顔を上げた。

「あ!」

 友里も同じように気付いたようで、「ち、ちがうの!」などと手を振って、慌てて優の隣に座る。

「わたしってほんと、そこつもの」

「そんなとこも好きだよ」

 優が言うと、友里は赤い顔で優を見た。

「優ちゃん、ご機嫌だ。かわいい」

「だって、飛んできてくれたから」

「それは」

「友里ちゃんだってわたしに送った文言でしょ、普通に好きな写真を返すだけで良いものって聞いたよ」

「優ちゃんが知ってると思わなかったし、っていうか忘れてて、慌てちゃったんだもん」

「やさしい」

「んもう、すぐからかう~!」

「からかってるんじゃなくて、愛おしんでるの」

「そういうとこだよ!?ほんとに!?」


 優がくすくすと笑うと、友里は柔らかくぽくぽくと優の肩辺りを撫でるように叩いた。


 優は友里を引き寄せ、抱きしめる。


「友里ちゃんが、そばにいるだけで元気になっちゃう」

「それは、わたしの台詞なんだけど」

 優の背中に、自分の手を回し、抱きしめ返す友里。


「どんな写真を送るつもりだった?友里ちゃん」

「あー、そう、この間イイ感じの棒を見つけてね!」

「あはは!」


 優は自分が想像した通りの写真になるところだったことに、大笑いした。

「な、なあに」

「ううん、こっちの話」

 まだフルフルと肩を震わせる優に、友里は腑に落ちないという顔をする。


「友里ちゃんの写真がいいな」

「わたしの?おもしろ顔しようか」

「変顔じゃないやつ」

「普段から変顔ってこと?」

「どうしてそうなるの、かわいいよ」

「かわいいは優ちゃんなの」

 むうっと優が拗ねるので、友里はうふふと笑って優のすべすべとした頬を撫でた。


「優ちゃん大変!」

「え!な、なに!!」


 突然友里が叫ぶので、優はハッとして友里を見つめた。

 ちゅっと唇にキスを落とされて、黒目がちの目をぱちくりをさせる。


「キスがしたくなっちゃった」

「……っ」

 ごくんと息を飲み込む優に、友里がふわりとほほ笑む。


「じゃあ、帰るね」

 あっさりとベッドから立ち上がろうとする友里を、優はハタとして抱きしめた。


「まださみしい?」

 先んじでからかうように友里に言われた優は、こくりと頷いて、友里の背中を撫でた。

「ひゃ、優ちゃん・・・・・っ」

「ん」

 下着をつけていない友里の肌を、布の上から感じながら優は、友里の胸にそっと顔をうずめた。画面越しでは感じることのできない、その柔らかをしばし堪能して、友里が戸惑っていることに気付いて、少しだけ体を浮かせた。


「ごめん」

「んん、色気がすごくて、うっとりしちゃった」

「え」

 友里の思いがけない言葉に、優はキョトンとする。


「したい、けど、だってでも、髪も濡れてるし、優ちゃんはここからお勉強して5時半に起きるでしょ、絶対邪魔だし、でも我慢できないし、どうしようって思って」

「……したいって思ってくれたの」

「それはそう!」

「あはは」

「どうして笑うの~」

「だって、わたしばっかりとおもってたから」

「それは、ないよ~」


 すぐに帰ろうとしたのは、優を襲いかねないと思ったということだと友里はしどろもどろに言う。


「襲っていいのに」

「優ちゃん!そういうこと言っちゃだめ!はしたないよ!」

「いつもと逆だ」


 優は友里の言葉にアハハと笑った。


「優さんって、いつも省エネって感じだけど、恋人の話の時は全力投球って感じ」

 友人の声が聞こえた気がした。


 いつでも優は、友里に対して全力だ。まつ毛のキラキラした動きも、くるりと光を湛える瞳も、ふにふにの指先に触れて、いつまでも堪能していたい。


「慣れないって思っていたけど、想像している友里ちゃんより、現実の友里ちゃんがいつでも超えてくるんだよ」

「わたしのこと、いつもかんがえてるってこと?」

「う……、そ、そうなのかも」

「わたしもそうかも~。頭の中の優ちゃんの一千倍くらいかわいい」

「友里ちゃんの頭の中のわたし、どんなかんじなんだろ」

「え~、すっごくかわいいよ」

 うふうふと笑う友里を胸に抱いて、優ははぁとため息をついた。


「帰したくない」

「……」

「まずは髪を乾かそうか」

「わあ、おねがいします!」


 友里の気になっていることからひとつづつ消していって、少しでも一緒にいる時間をのばす戦法を思いついた優に友里は微笑んだ。







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