第35話 27歳の優と友里
「え!?優ちゃん!?!?」
普段の優は、友里の敏感な部分に触れる際は問う。それは友里にとってはもどかしく慎重で、心地よさよりも羞恥が勝ち、心の底で(言葉攻め)だと思っている。
なので、まず驚きが先に来た。
優もそれに気づいたのだろう、友里を見つめ、気まずそうな顔で、友里の下着の中でそっと手のひらを浮かせた。水分を含む音が、小さなアパートに響く。
「優ちゃん、わたしの寝込みを襲ったの!?」
そんな品行方正な優が、恋人になった時から、少しずつ自分への恋にかまけて、感情をあらわにする瞬間に、なんとも言えない高揚感を覚える。
嬉しそうな笑顔の友里に、優のほうが襲われた時のような顔で青くなった。
「せめてもっと、嫌そうに言って!!」
優がいい声で言った後、青い頬が真っ赤に染まる。その様子に、友里は体がうずいた。友里の嬉しそうな様子に気付いた優は、友里が猛追を始める前に、「言い訳じゃないのだけど」と添えながら、状況を説明した。
「さっきまで、友里ちゃんは「自分は17歳だ」と言っていた」
「!?」
うっとりと優との情事を進めようと思っていたが、耳を疑うような状況に、友里の蜂蜜色の瞳が真ん丸になる。
「病気かな!?」
27歳の自分にとって、10代に詐称することは恥ずかしさ以外なかった。
「だから、一緒に病院に行こうって言ったんだけど、その前に、その」
「うん?」
「抱いてほしいっていうから」
「わたしがそういったから抱いたの?」
「……」
友里は、こっくりと頷く真っ赤な顔の恋人の顔をまじまじと見る。
(いつもは、しようっていっても、しばらく押し問答するのに……)
今現在も、してほしいとお願いしている友里の体に触れないようにしている優が、そろそろと下着の中から手をどかそうとするので、友里がガッと押さえつけている。優の方が力は強いのに、友里を気遣って力ずくではできない。眉を八の字にして、凛々しい顔がすっかり蕩けきっていて、自分がそれを触られているかのような表情だ。
「
「えー、なんだっけ……」
すっかり忘れている友里に、優が説明をしようとした。が、その前に友里はハッとして「紀世ちゃんが、ホテルではじめてケーキバイキング奢ってくれたときか」と叫んだ。
尾花紀世は、優の兄の妻で、友里と優とは、幼い頃に一度だけ逢って遊んだことがある。友里が女王様のように生きる紀世の価値観を、本物の自由を見せつけることで、特定の──友里のためにのみ尽くす喜びに変化させてしまったことが起因となり、再会した際、友里を攫って「友人になれ」と恐喝したことがある。
それは紀世が重い病気にかかって余命宣告されたせいだった。それまですっかり忘れていた「友人」との記憶のふたが、死を前に開いてしまった。紀世の病気は友里の説得と医師系の駒井家総出の力により完治し、今では一児の母。優は、27歳にしておばさんだが、案外気に入っている。ただ街中で「おばちゃん!」と呼ばれると、高身長と男顔のせいで道行く人に、少しだけ奇異な目で見られる。
何度も紀世とともにホテルで豪遊をしている友里は、攫われた際の記憶を「はじめてケーキバイキングした日」だと記憶が改ざんされていた。
優は後輩の村瀬のバイクに乗って追い駆けた件や、駐車場に落ちていた友里のスマートフォンを見た瞬間の、血のひく思いなど、しっかりトラウマとして覚えているようで、そわそわとしている。
(友里ちゃんは服を脱がされ、バスローブ一枚で監禁されていたというのに、のんきなものだ)と思った。
「17歳の友里ちゃんだと言っているから、またいつものロールプレイかなとも思ったんだけど」
恥ずかしそうにモジモジという優に、友里は微笑む。
「優ちゃん、上手だものね。この間の看護師・優ちゃん、可愛かったなぁ♡なんでお医者様はしてくれないの?」
「わたしは、教える立場の者が相手にひどいことをする様子が、苦手だ」
「教える立場なのに、負けてメロメロしちゃうとこがいいんじゃない?」
「理性に負けている様子がいいの?」
「そう!普段、凛としている人が、夢中になっちゃう様子を見たい!」
優は唸る。それは、友里が優を好きだと感じる瞬間だとわかっているため、強く否定もできない。優も、明るくポジティブな友里がしおらしくなる瞬間に、このうえなくトキメク自分を自覚している。ギャップ萌えというやつだ。
「でも、権力で支配している感じが苦手で」
優が言う。
「どっちかと言えば、地位はく奪だよ」
「えー……、価値感の相違だな」
「じゃあわたしが先生で、優ちゃんが生徒だったらいい?」
「……100歩譲って、先生同士なら、まあ……」
「わーい、今度やろうね!」
「もう……」
友里の突拍子もない遊びに付き添ってくれるようになった恋人に、友里はスリスリと顔を預けた。
プレイの話になっていたことにハッとした友里が、話を戻す。
「うーん、朝、優ちゃんを見送ろうと思った所から、記憶が無いかも。シャンプーを買ってくるんだっけ?」
「そこはおぼえてる?美容院に行くなら、サブスク分を貰ってきてほしいって話を」
優と同じ美容院に1カ月1万円・通い放題で契約している友里は、長い髪をそろえに行こうと思っていた。ショートカットを伸ばし始めている優はもう少し高い頻度で通っている。
「うちがリフォーム中ってことも忘れてたみたいで、家の近所のアパートにふたりで暮らしてるんだ!って嬉しそうだった」
「正直、同棲気分なのは、17歳のわたしに同意」
「わたしだって」
優も同意するので、友里は笑顔で優の唇をチュッと音を立てて奪った。
「優ちゃんが、積極的なの久しぶりで、うれしかった」
突然のキスに頬を赤らめながら、優は、ようやく友里の下着の中から手を抜いて、友里を抱きしめて、引き寄せた。
「あん」
友里は残念そうだが、優はしっかりと抱きしめられて満足そうだ。
「……最近、忙しかったからね」
3か月ほど、体を重ねていなかったふたりは、苦笑し合った。正確には、友里が、優を抱いている途中、ふたりで寝落ちしたりしていた。
「外科医さまは指がだいじだもの」
「……っそんなこと言ったら、友里ちゃんだって、お裁縫で疲れてるでしょう」
「我慢しきれなくなって抱いたのかなあって思ってたんだけど、いつも通り、わたしがお願いしたのね」
「……」
少しだけガッカリしたような声で友里に言われ、優は友里の肩をなでる。
「あの……この際だから言うけど、わたしだっていつでも友里ちゃんとしたいんだよ。でも、その……、これはお誘いなのかな?って戸惑っているうちに、わたしの理性がはじけてはじまっているというか、ヘタで申し訳ないとは思っているんだから」
「きゃー!優ちゃんのそういうとこ、大好きっ」
友里に言われて、優はもう少し格好の付く言い訳をしたかったが、口をつぐんだ。
「ねえ友里ちゃん、抱きたいって……なにも用意してないのに言ってもいいの?」
「言ってもいいんだよ」
友里が間髪を入れず言うので、優は照れ倒す。
「すごいつかれてても?」
「もちろんだよ!!もし疲れててもね~、優ちゃんを愛したら元気になっちゃうの」
「言える気がしない」とハアと優はため息を吐き出す。
「言ってよ~~!!」と友里がぐりぐりと優の脇に頭をうずめる。
「言いたくなかったら急に押し倒してもいいよ」
「お裁縫の時に?針仕事している友里ちゃんを押し倒すの、絶対ダメ」
(実は一度、やったことがあるけれど)
優は10代終わり際、ほとんど裸のような恰好で優のそばにいる友里を、無理やり押し倒したことがある。優の方がずっと大きな体をしていて、針仕事をしている時に押し倒したら怖いだろうと、脅かしたのだ。
(すごく反省しているけど)
友里があまりに無防備に、優に肌を晒すからだ。恋人であっても、煽らないでほしいという忠告のつもりだった。
友里はそんな優すら、「かわいい」とか「すこし強引なとこ、好き」などと言って、「淑女な優」のまま、全く怖じ気ずくこともなかった。ただ、無茶をした優ばかりが、友里の大きな抱擁にメロメロになった出来事だった。
しかし友里は、それをすっかり忘れてはいるが、そのおかげで、部屋で下着をつけるようになった。
「10代のわたし、かわいかった?」
優の脇に頭を入れたまま、友里が問う。
「いつだって友里ちゃんは、わたしの特別だよ」
今の自分は可愛くない?というような声で友里が言うと、優はそれを見透かした顔つきで、友里を胸に抱きしめ直した。そのまま友里の耳に口づけをして、首筋にキスを落とす。
「優ちゃん、そうだ、お仕事は?」
「今日はもう、休んだよ。友里ちゃんが病院に行くなら、別だけど」
「行かないよ、なんだか不思議な力で、こどものわたしと、入違ってただけかな~っておもうし!」
「なにそれ」
優の首に手を回して、話をしながらふたりはキスを繰り返した。友里が少しだけハアハアと息を荒げ、「あ」と小さく喘ぎ声を出す。
「……友里ちゃん、今日は、わたしに」
「……」
言いかけた優の唇に友里は、そっと指先を添えて、妖しく微笑んだ。
「抱いて」
友里が呟くと、チュッと優の頬にキスをした。
「さっきみたいに初々しくないかもだけど」
「友里ちゃん……大好き」
言いながら、優が深く口づけをする。友里はまだ反論したいような気持ちだったが、優の唇に呼応するように「んん、んっ」と唸る。
「愛してる」
深く口づけを繰り返して、床に敷いたままだった布団に、友里を押し倒した優は、そのまま胸をまさぐる。
「あっ、優ちゃん。ねえ……。声……ン……」
「夢の中の友里ちゃんも、声のこと気にしてた」
「え」
「大人になったら、おさえることが出来るのかなって」
「あんまりできないって知ったら、がっかりするかなあ」
「──前に比べれば、ずっと大人しくなってたんだなあって、感じたよ」
「え!?そうなの!?じゃあ、もしかして、さっきまですっごい大きい声でヨガってたのかな!?」
仮住まいのアパートの防音がどの程度かわからず、友里は羞恥に震えた。
「すごい可愛い。毎日、ずっとずっと可愛いし、いつでも、友里ちゃんは、わたしの最愛の人だよ」
チュッと手の甲にキスをされて、友里は真っ赤になった。唇よりも、ずっと恥ずかしく悶えてしまう様子に、優が苦笑する。
「わたしには思いもよらないところで、恥ずかしがるところ、好き」
「わたしのことは、優ちゃんしか、知らないんだから……っ」
ぎゅうっと抱き着いて友里は照れながら、優の耳にのみ届くように小さな声で愛を囁いた。優が頷いた。
「友里ちゃん、わたしも愛してる。もっといろいろ、教えて」
「うん……、いっぱい知って」
思いがけないお休みに、ふたりは笑顔で「さぼっちゃったね」と言いあい、夕方近くまで抱き合って、お休みを満喫した。
ふたりで美容院へシャンプーを取りに行って、帰り際に、「おばちゃま~~!!」と天使の声に振り向くと、紀世とその姪が笑顔で手を振っていた。そしてそのまま、ふたりは懇意にしているホテルへ連れていかれた。
白いソファにゆったりとくつろぎながら、姪と一緒にケーキ三昧を堪能した。甘いものが苦手な優は紅茶を嗜み、駒井家のリフォーム状況など、お互いに近況を報告し合いながら、一段落ついたところで「あの時のような拉致ぶり」と優が呆れた。
紀世はにやりと笑って、女王の貫禄で「最高でしょ?」と問いかける。姪と一緒にケーキをうれしそうに選ぶ友里を、見つめる。過去の出会いひとつひとつ──もしも、友里に出会わなければ、今の騒がしくも愛おしい生活は、ありえないのかもしれないと、優はいつもほんのり、失う不安に溺れそうになる。
目が合った友里が、ふわりと笑う。
それだけで、冷えた心に火がともる。優は、「たしかに」と紀世にニコリとほほ笑んだ。
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