第28話 クリスマスとお正月
珍しく友里が自分のために仕上げた服は、クリスマス仕様のハイネックノースリーブドレス。真っ赤なポンチョに大きなリボンをつけて、そこに、小さなポーチを飾る。
その中には、真鍮の鍵。
優へのドレスが溜まってきたので、優の母の芙美花がふたり用のウォークインクローゼットを新しく作ってくれたのだ。一番メインの大きなタンスの鍵。その中には、今年のクリスマス用のドレスがしまわれている。
小さなころから優は丁寧な所作で淑女だった。
幼稚園のクリスマスプレゼントの包装紙をバリバリと破いていた友里は、まるでまだ未使用なのではと思うほど美しく紙をまとめ上げる優の姿を思い出す。それ以来優になにか贈る時は、包装紙から計画を練っていた友里だった。
ポンチョを装着して、鍵を胸にポンと入れる。
つまり、今年は友里自身が、ラッピングというわけだ。
帰宅した優は、友里の艶やかな姿に喜んだ。
「珍しいね、素敵なドレス」
友里は自分を着飾ることをしないので、優がいつもよりもはしゃぐ様子に、友里は頬が緩む。
「あのね、今日は私がプレゼントなの」
言ってから、友里は「?」という顔をした。
(その言い方はおかしいな、私がラッピングなだけでプレゼントは別なのに)
「だから優ちゃん」
このリボンをひいて、という前に、優の黒曜石の瞳が怪しく光っていたことに気付いて、友里は少しだけ後ずさった。
「ほんとに?」
優の言葉にこくりと縦に頷く。優は、ポンチョから出ている友里の生腕を少し撫でて「寒そう」と呟くと、友里の腰に手を回し、意外に薄い生地に驚く。友里は優のドレスの場合は生地からボタンのひとつまで吟味に吟味を重ねるが、自分のためにそれは動かないらしく、夏用の生地だった。
「友里ちゃん、体が強くないんだからね」
そう言って、優に抱きしめられて、友里は外の空気の香りと、優自身の暖かさに、思わずすべてを忘れて身をゆだねてしまう。
「うふふ」
「わらいごとじゃないよ」
「だって、優ちゃんも寒がりなのに、今日はあったかくて」
「友里ちゃんに早く会いたくて、予備校から走ってきたから」
予備校は、電車通学だ。電車の中でも走る優を想像して、友里は噴き出した。
「本当に、友里ちゃんをくれるの?」
「とっくに優ちゃんのものなんだけど」
「ふふ、かわいい」
優は友里の前髪を撫でて、そのままおでこをさする癖があって、友里はそれを上目遣いに眺めている。優を見るととても愛おしそうな表情をしていて、友里はそんな優を眺めることが好きだ。
そして沈黙が心地よくなったころ、優が友里の頬にキスをして、首筋、鎖骨、耳、そしてもう一度頬に唇を添えて、肩辺りをなでてから、鎖骨、額、瞼……そしてようやく、唇に優しい口づけをする。
(優ちゃんって、本当に丁寧)
友里は、そのころにはもう、心臓が早く動いて呼吸も荒くなって、優のことしか考えられなくなるほどメロメロと蕩かされてしまう。
恥ずかしさがこみあげてきて、おかしな下ネタなどを言っても、最近の優はそれすら逆手にとって、優が主導権を握ることが多い。
「あのね、ちがうの」
「?」
しかし、友里は、まだ少しだけ残る理性で、グッとこらえた。
落ちそうになる崖の脇に手を添えるようにして、本来の予定を思い出す。
大きなリボンを開くと、そこに鍵があって、「どこのカギ?」と、お姫様で主人公の優が笑顔と期待に満ちた表情で問いかける、おとぎ話の始まりを演出したかった。
「ここ」
優の大きな手のひらを持って、自分のリボンへといざなった。
しかし、そこは胸でもあって、優が一度フリーズしたようになったので、友里も気づいた。
これでは、優が別の場所を触ることに耐えかねた友里が、胸を触ってほしいと懇願したようなものではないか。
「!!ち、ちがうの優ちゃん、ちょ、ッと待って、話を聞いて」
「うん」
まるでお誘いしたことを照れてるかのように取られてしまい、友里は焦る。完全に日頃の行いだ。
「違うの、本当に今日は、このリボンを開ければ、わかるから」
「あとで、ね」
「あ、っあん、やあん」
優が、”恥ずかしいから”という理由でいつも、服を着たままコトに及ぶことを友里が思い出したのは、汗だくでしびれながら、ベッドの中で寝がえりを打った時だった。
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クリスマスはそのように過ぎて、あっという間に正月の準備だ。
優が予備校から帰宅すると、友里と次男の彗、芙美花で玄関に門松を設置していた。
「昨日までクリスマスだったのにね」
「だってね、7日には撤去でしょ、出来るだけ飾っておきたいから」
母の芙美花が嬉しそうに言う。新品の門松の香りで、門庭が爽やかな気がした。
「庭師さんにも入ってもらったから。もうほとんど大掃除は終わったんだけど、優たちの部屋はどう?」
「私の部屋は終わってます」
「あら友里ちゃん、優秀~」
「私は今からやるよ」
「手伝うね、優ちゃん!」
はしゃぐ友里だが、一日中兄たちと片付けをしていただろう友里に、優は申し訳ないような気持ちになる。
「ううん、やりたいの。新妻コスプレもしてたいし」
ドヤっと胸を張る友里に、優はようやく、言ってもいいのかと口を開いた。
「そのエプロン、どうしたの?」
肩には大きなレース、全体にハートがちりばめられたエプロンを、芙美花も彗も、友里もつけていて、しかもそれがまるで当たり前だとでもいうように、三人はポカンと優を見る。
「新妻コスプレだが?」
彗の一言に、耐え切れなくなった優がおなかを抱えて落ちる。
「優・アウトー」
母親の声に、またたえきれなくなって、優は友里を見た。友里が作ったモノに決まっていたが、いつもは渋い布を選ぶ友里がどうしてという気持ちと、色々なものがないまぜになって、なかなか笑いをこらえることが出来なかった。
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「まとめてあった古雑誌は縛っておいたよ」
「ありがと」
「優ちゃんは普段から必要じゃないものコーナーを作ってて偉いね」
「……その都度捨ててればもっといいんだけど」
「でもあとで必要かも!?ってなるかもだしね」
もしも縛ってあるもののなかで必要だったら言ってねと友里は、優に確認を促すが、全て大丈夫そうで優も、不必要なものをまとめる作業にうつる。やはり紙類が多く、終わったワークなども全部処分してしまう。
着古した服だが、それらは友里が作ったもので、思い出が詰まっていて、なかなか手放すことが出来ない。
「またつくるから」
友里がそう言っても、優は友里から貰ったものを大事にとっておく棚があるほどで、友里の意見には賛成できない。
「優ちゃん自分のモノにはわりと執着しないのにね」
言外に、友里から貰ったものは優のモノなのだから、手離せと言われている気がして、優は唇を尖らせた。
「だって、大事なんだ。クリスマスのドレスだってほんとに素敵だったし」
ひと悶着あった、クリスマスの件を言い出して、優はその時の友里がいかに可愛かったかを話し出すので、友里は慌てて優の口をふさいだ。
「嬉しいけど!」
新妻コスプレの友里がくるりと蜂蜜色の瞳を輝かせるので、また優は笑う。
「そんなに変?」
「友里ちゃんはいつも渋い色を選ぶのに、どうしたの」
「ユザワヤさんで、セールしてて、いっぱい買ったんだけどなかなか使い道がなかった布とレースをね、おもいっきりつかっただけなの。家族全員の分は、やりすぎたと思ってるけどぉ」
友里が自分を抑えきれなくなる魔法がかかった手芸用品店での事をポソポソと話す。
「在庫じゃなくて、罪庫になることは、避けなきゃなの!!」
「あはは」
すでになっていそうな、奥の部屋に目を向けるが、普段からすっかり物がないように見える友里の部屋に対して、優のほうがモノを表に出しておくことが多いため、友里にとっては片付け甲斐があるようだ。
「コスプレじゃなくて、本当なのに」
「そうなると、優ちゃんも着る?優ちゃんだって、新妻ナンダカラネ?」
だんだんと小さくなる声に、優は愛おしくなって、友里を胸に呼んだ。
「だめ、今はお片付けが先だよ!」
「ええ……少しでもダメ?新妻ってことは、新婚さんなのに?」
「かわいい顔しても、だめなんだから」
言いながら、友里は、優のお膝におさまった。言っている事とやっていることが別で、優はまた吹き出してしまう。
「んもう、優ちゃん笑いすぎ!」
「だって、もう……!むりだよこんなの」
「笑ってはいけない」という企画だったら、優は帰宅時でもうアウトだったろう。
「好きな人が普段と違うことしているだけで面白くなってしまうの、なんでだろ」
「そんなに変かな、このエプロン」
「すっごい可愛い。可愛い恰好、普段からしてくれたら、目が慣れるかも」
「えー……それは、ちょっといやかな」
「ほら、すぐそうやって渋いかおをするんだから。友里ちゃんがカワイイって、ずっと言ってるのに」
「可愛いのは、優ちゃんなの!」
いつものように言いあって、友里から口づけをする。優はもう少し欲しがって、友里を抱きしめて大人のキスを要求するが、友里にそっと押しやられた。
「だめ、お片付けおわったらね」
お姉さんのように言われ、優は大人しく頷いた。
「あれ?優ちゃんは始まると大胆なのに、珍しく、いい子」
「だって、友里ちゃんはたくさんご褒美をくれるって、信じてるから」
「うきゃ~!優ちゃん、今日ご機嫌だね?!」
冷たい北風に晒されて帰宅した直後から、友里の笑顔に癒されている気持ちを、どう表現したらいいかわからず、優も首をかしげた。
「そうだ、今日予備校で、「一緒に不幸になってもいいって思うのが本当の愛」だって聞いてね」
「なになに、突然。優ちゃんといたら幸せになっちゃうから、むりじゃない?」
「わたしもそう思ったの、友里ちゃんといたら、いつでも幸せになってしまうから、本当の愛じゃないって言われても、どうでもいいやって」
「ふへ」
「ん?」
「優ちゃんはひとりで不幸に走って行く癖があるから、幸せだなって思ってくれてるなら、幸せだなあって思って」
「いつもすみません。そうなったら放っておいてくださると」
「そんなとこも、大好きなので、ぎゅうってしに行く」
「うそつき」
「うそなんてついてないもーん」
立ち上がると、友里はうきうきと床や壁にスチームをかけて拭き始める。
「だからね、友里ちゃんといる日々を、全部楽しみたいなって思いながら帰宅して。そしたら友里ちゃんたちが、玄関で……門松と、ふふ」
「そんなに変!?」
「和洋折衷ぶりが、かわいいすぎたから!!」
「絶対おもってな~い!」
あっという間にピカピカに磨かれた室内で、新年を迎える、穏やかな年の瀬。来年もその次も、永遠の幸せを祈りながら優と友里は微笑み合った。
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