第30話 オメガバース
※こちらは別世界の、優と友里のお話。オメガバースです!※
「結婚なんて絶対にダメだ」
駒井優の言葉に、荒井友里はぎゅっと体をこわばらせた。
αの両親、年の離れた兄三人もα。駒井優は、頭脳明晰・容姿端麗、誰もが認める希少なαとしてこの世に生を受けた。友人ももちろん全てがαで、特に、近所に住む荒井友里とは生まれた時から仲が良かった。友里はバレエダンサーになる才を幼いころから得ており、優は外科医として、お互いに夢に向かい切磋琢磨する日々が、いつまでも続くと思っていた。
ある日、川に落ちそうになった優を助け、友里が川に転落した。
背中に大きな傷を負った友里は、αでありながら、後天性Ω症にかかった。──後天性Ω症とは、生死をさまよう怪我や病気で生還したαがまれにかかる病で、その症例は少なく、今だ多くの謎をはらんでいる難病。徐々にΩに体が作り替えられて、完全にΩになる。凛々しい容姿も、女性ならば女性らしい丸みを帯びていき、三カ月に一度の発情期を持つようになるが、その前にαと番になることで、症状がおさまることがわかっていた。
友里は10歳で後天性Ω症と診断されたが、すぐに番になることはなく、それから6年、怪我の後遺症で歩行が不便だった以外、αの特性を色濃く残しており、Ωとしての特性は出ていなかった。
しかし16歳になり、優よりも大きかった身長は163cmで止まり、女性でありながら178cmの長身になった優と15センチも差が生まれた。友里は男勝りな性格はそのままに、髪を長く結い上げ、柔らかな肢体、蜂蜜色の瞳、誰が見ても魅力的でかわいらしい女性へと変貌を遂げた。
Ωとしての症状が徐々に出るのではないかと、優の父親で医師の智宏は、優と友里を番、──結婚させようと二人に持ち掛けた。
「だって友里ちゃんに献身的に寄り添っていたじゃないか。友里ちゃんを憎からず思っていると、思っていたけれど、どうしてダメだなんて」
「……」
智宏の言葉に優は無言で答える。
友里の父親が、困ったようなあきらめたような表情で、まるでモノのように、興味を失ったように友里を後ろにやった。
「ああ、いいんです、駒井さんのような優秀な人と、うちの友里が結婚なんてできるわけがないと思っていたので。傷ものになった友里を、貰っていただくなんて大それた話だと思っていたのです。しかし、このような席を用意する前に、心を決めていただいていれば、友里が無駄に傷つくこともなかったのですが……」
父親の、うっすらと病気になった友里を蔑む言葉にうつむいた。友里は、優を見つめることが出来なかった。視界がゆれる。
後天性Ω症になった友里を捨てるように出て行った友里の父親の車に、学校帰りの優と友里がふたりで乗せられ、学校から直接、駒井家に向かった時から、いやな予感はしていた。勝手に自分の人生が決められていく現状に、友里が傷ついて泣いているのかもしれないと思い、優は手を差し伸べようと一歩前へ出た。
「優ちゃん、こまらせてごめんね!」
友里が叫んだ。顔を上げた友里は、花がほころぶような笑顔で、少し困ったように眉を八の字にしている。
「!」
「も~~、突然言い出すんだもん!お父さんまでいるなんてほんと今日は珍しい日だなって思ってたけど!」
それだけ言うと、友里はペコンと頭を下げた。淡い色の髪が揺れて、顔を上げると幼いころから慣れ親しんだ駒井家の面々の、困ったような姿に笑顔を向ける。
「ごめんなさい!」
もう一度謝り、足早に去った。
「優」
芙美花が優に話しかける。
「お母さん、行動が勝手すぎる。これで友里ちゃんと友人でもいられなくなったら、どうするの」
「今朝、荒井さんがいらっしゃって急に話を持ち掛けられたのよ。でもまさか、あなたが断るなんて、思ってもみなかったから……」
「私たちの人生なんだよ。あとで友里ちゃんと、きちんと話すから」
優が言う友里を追いかけて駆けだした。芙美花はため息をついた。幼いころから、逃げ出した友里を、優が捕まえられたためしはなかった。
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当日夜も、朝も昼も友里にあえなかった優は、放課後ようやく、友里の不在をしる。友里の友人である、βの岸辺後楽が、「あのさ」と言いづらそうに言った。
「もしかしたら友里、大阪にいくって、萌果が言ってたぜ」
優はハッとして、後楽にお礼を言った後、足早に自宅へ戻った。角を曲がったところにある友里の家まで来て、少し立ち止まって、友里の家のチャイムを押しかけて、その指をぎゅっと握った。
荒井家の鍵も預かっている優だが、もしも岸辺後楽の言うことが本当なら、友里が、離れる理由は、昨日の結婚問題だ。
優は、友里とα同士で結婚し、両親のように幸せな家庭を築きたいと、思っていた。
優は、友里が初恋の相手だ。
しかし、自分が原因で、Ωになってしまう病気になった友里と、無理やり婚姻関係に持ち込むことがいかに非人道的か。
友里からの侮蔑を恐れていた。
(もしも、友里ちゃんに気持ちがないのなら……)
──結婚の話は、本当は嬉しかった。断ったのは、それだけが理由だ。
ガラリと友里の部屋の窓が開き、パンパンとクッションを叩く音がした。
「あれ!?優ちゃん、やっほ~!」
明るい友里の声に、優は拍子抜けして、その場で二階に向かって声を上げた。
「今日、おやすみしたって言うから、心配してた」
「大阪にお父さんをお見送りに途中まで着いてったんだけど、だめになっちゃった」
つまり、父親に途中で帰らされたということだ。優は胸が痛んだ。
「あがって~、せめて神戸で、美味しい紅茶を買ってきた!」
にこにことほほ笑む友里は、優の好物をお土産に買ってきたようだった。優はコクンと頷いて、自分が預かっている鍵で荒井家に入った。
友里は、甘いものが苦手な優に一声かけてから、ケーキを皿に並べた。優が一口食べると、甘さよりもチョコレートのフルーティさがひろがるようなガトーショコラに、にこりとほほ笑んだ。友里は甘党だというのに、テーブルに広がる全てが優の為に揃えられていて、心が温かくなる。
「私はこれに、生クリームと粉糖をかけるのだ。そだ、アイスもいっちゃお!」
楽し気な友里の様子に、優も嬉しくなる。しかしハッとして、目をそらした。キャミソール一枚に、短パン姿の友里。豊満な胸と、艶やかな太ももの皮膚のはり、光をまとうようなその様子に、ドキンと心臓が鳴った。
(自分にも、つつましいながらもあるというのに、なぜ友里ちゃんの胸を見るとこんな感情に)
α同士だった時は、まだ体躯に差が無かったが、今の優と友里は、身長は優のほうがずいぶん高く、肩幅も優のほうが大きい。バストは、優がAで友里がF、全体的に筋肉質でシャープな優に比べ、丸みを帯びた友里の体はどこもかしこも柔らかくみえ、触ってみたい衝動にかられる。
「ね、優ちゃん聞いてる!?」
友里の声にハッと顔を上げると、胸の谷間が迫ってくるような衝動に、優は心の底から驚いて、制服のスカートの裾が乱れるほど後ろに飛びのいた。
「!」
「だからね、今度大阪に一緒にあそびいこ!っていったの」
「あ、ああ。USJも行ってみたいね」
「ね~~!!優ちゃんとなら、どこでも楽しいけど♡」
気付けば横に座っていた友里が、優の腕に絡みつき、腕をぎゅうと抱きしめる。
歩行が不自由だった友里が、優に抱き着く行為は、すっかりなじんでいて、そこにいるのが当たり前の行動になっていた。しかし、優にとって、年々苦行になっていた。大きな胸の感覚が優の全神経を奪っていく。ごくんと息をのんだ。昨日の結婚騒動などなかったことのような友里の態度に、優はどんどんといたたまれなくなっていく。そんな優の感情に気付いたのか、友里が優の腕をもう少し強くぎゅうっと抱きしめた。
「ごめんね、番なんて。たぶん、お父さんが言い出したの。あのひとα至上主義だから、αじゃない人間は人間じゃないんだよね、せめて、αと結婚させないと気が済まなかったみたい。今日だってね、新幹線でβの人が私に親切にしてくれたのに、みだりに愛想を振りまくなって怒りだして……」
友里が、他人のように父親のことを言う。
「優ちゃん、気を遣わせてごめんね。優ちゃんが、わたしのこと、幼馴染としか思ってないこと、知ってるから平気だよ。やさしいから、いっぱい献身的にしてくれるから、周りが誤解しちゃったの!」
駒井家の面々にも謝っておこうね!と友里が優の腕にぐにぐにと頬を付ける。
「……」
ごくんと優は息をのんだ。告白したら、どうなるのか。友里が、どういう顔をするのか、恐ろしかった。
「ねえ、でも。こうやってそばにいるのはまだ許してくれる?もしも他の人と番になっても、せめてお友達でいさせて」
「そんなのっ」
大きな声に、友里が少し驚いた。優が大声を出すことはほぼない。友里は、怒涛のように話していた自分に気付き、「うるさかった?」と反省している。
「違う、違うんだ。あの、病気で、Ωになったんだし、治るかもしれないし」
自分でもしどろもどろになっているのが分かった。友里に伝わらないもどかしさに、優は一度深呼吸をした。
「わたしが医者になったら、その分野を研究して、かならず治す。友里ちゃんが、αに戻って、その時にわたしと番だってことが足かせになるのが、いやなんだ」
はっきりという。
「優ちゃん……!そんな、自分の人生を大事にして。外科医になるんでしょう?」
「違う、私は……!」
じっと友里を見つめた。見つめるだけで、言葉が通じれば、良いと思った。しかし、もう何年も、それだけでは絶対に通じないと、優は気付いていた。ふわりと体を、包み込むようないい香りがした。友里の香りだ。
(もしも、他の人と番になっても、せめてお友達でいさせて)
友里の言葉を思い出す。それは優にも言えることだった。友里が他の誰かと番になった時、その香りが、別の誰かのものになる時、優は、自分が「お友達」としてそばにいることが、出来るとは思えなかった。
「好きだ」
言葉が、友里に通じるかわからなかったが、優は友里をまっすぐに見つめた。
「好きなんだ、友里ちゃんが。ずっと。心の底から。誰よりも。なによりも友里ちゃんだけが、わたしの心を占めていて、だから……病気だからとか、責任だからとかで、友里ちゃんを縛りたくない」
「優ちゃん?」
「わかってほしい……」
「もしかしてそれで、断ってくれたの?私てっきり、嫌われてるんだと思ってた!!」
「嫌いになんてならない!!!」
優が大声を上げたことは、ここ数年なかったことで、友里は驚いたが、その真摯な表情にぐうっと息をのんだ。友里は、感情が昂り、自分の瞳が濡れるのが分かった。
「わたしも、優ちゃんが大好き!」
しかし、友里の泣き笑いに、(もしかして伝わってない!?)と優は一抹の不安を感じた。
「意味が、わかってるのかな?!わたしは、友里ちゃんが好きだ」
「わ、わかってるよ!わたしも好き!」
「友里ちゃんが、言う好きじゃないよ!?」
「ええ、わかってるってばあ」
友里が優に縋りつくが、優はにわかに信じられず、叫んでから、優は、くんと鼻をくすぐる香りが、強くなっていることに気付いた。
「いい匂いがする」
「え、なんだろ?さっき帰ってきて、お風呂に入ったからかな?いつもの石鹸だよ」
「そうなんだ、バニラみたいな、お花みたいな……」
「いやなにおい?」
「ううん、ずっと嗅いでいたいような、うっとりする香りだけど……、強い」
むせるように咳をした優に、友里が離れて背中をさする。優は、友里が遠くへ行くかと思い、慌てて友里の肩を掴んだ。優の様子に驚いたのは友里もだが、優自身で、離れなければいけないというのに、なぜか友里を抱きしめていた。
「優ちゃん?」
「ごめん、あの……、意味がわかってるかだけ確認させて」
「うん、わたしが大好きってことだよね?わたしも優ちゃんが、大好きだよ」
「そう、なんだけど」
匂いの素のようなものをたどって、友里の体を抱きすくめる。ふわっと香るぐらいだったのに、いまや全身を包み込むようなその香りに優は虜になっていた。
(ずっとそばにいたい、ずっとこの香りに包まれていたい)
怖いぐらいにそう思って、力が強くなり、友里の鎖骨辺りにくちづけを繰り返した。
「え、ちょっと、優ちゃん?!」
驚いた友里の声を聴きながら、優はさらに強くなる芳香に心を奪われた。
「いたい」
友里のその声で、正気に戻った優は、ハッと気づいた時には、友里の肩に噛みついていた。
──発情だ。
(まって、でも友里ちゃんに、ヒートが起これば、震えて動けなくなるという。その様子はない)
知的とされるαの思考力を手放す前に、優は自分の頬を殴る。驚いている友里を置いて、優は駆けだした。
はじめての発情を、友里で迎えた。あまりの羞恥に、友里に申し訳ない気持ちで、家へ走って帰った。
「優ちゃん!」
軽やかな愛おしい声がして、優の心臓がドクンと跳ねあがった。
玄関を開ける前に、声がしたが、その声は無視して、部屋へ走って逃げる。
──この世でただ一人の相手。
本能がそう告げたような気がして、体が固まってしまうが、なんとかベッドへたどり着き、優は体を抱えて丸くなった。
αには、「運命の番」がいる。一生涯で出会えるかわからない相手だ。運命には逆らえず、その番と逢えたにもかかわらず結ばれなかった場合、一生、番を持てないとさえ言われている相手。
走ってきた友里は、動揺で動けなくなっている優の胸に飛び込んだ。あまりに優が逃げるため、捕まえて離さないと決めた行為だったのだろうが、優にとっては残酷な仕打ちだった。
「優ちゃん!」
泣きそうな友里の声に、胸が痛み、優は友里を見つめる。
「友里ちゃん、離れて。わたし……、わたし、友里ちゃんに発情してる。自分が許せない」
「!」
優は、友里をきつく抱きしめた。ベッドの上で、好きな女性を抱きすくめているのに、多幸感よりも罪悪感が勝った。本当に自分の行動が、ままならない。友里からすれば、仲の良かった幼馴染が、結婚を断ったというのに、突然、本能のままに襲い掛かっている。
「わたしが、嫌い……?Ωだから……?」
しかしポジティブな友里から、そう問われて、優は小さく首を横に振った。蜂蜜色の瞳が涙で潤んでいて、優はドキンと胸が震えた。豊満で柔らかな胸を寄せるように腕を組んでいる友里に、優はゾクっとして、目をそらした。
「優ちゃんこっち見て!」
優の気も知らない友里が、叫ぶので、優は目を閉じたまま友里の声のする方へ顔を向けた。
「友里ちゃんがαだろうとΩだろうと、わたしの気持ちはひとつも変わらないんだよ」
辛うじて、本心を告げる優。
「じゃあなんで?どうして?寂しいよ、優ちゃんと見たい映画もたまってるし、優ちゃんといろんなとこ、いきたいのに」
あくまで友里の口から零れ落ちる、「友人」としての感情に優は身がこわばった。今、優が友里に発情していると告げたのに、友里は困惑もせず、友人を貫こうとしているように見えた。
「友人で、いられなくなるかもだから」
「……?どうして」
困ったような友里に、優のほうが戸惑う。
「友里ちゃんが、好きだって何度も言っているのに」
優の言葉に、友里が間髪を入れずに「わたしもすき」というような言葉を言おうとしたのを感じ、優は友里の口を大きな手のひらでふさいだ。
「わたしの好きは、友里ちゃんに発情している好きだ。αの時代からずっと」
「……」
「友里ちゃんのヒートがはじまっても、そばにいたい好きだ」
「……っ」
ヒートはΩにとってセンシティブな事なので、友里は赤い顔になった。優は、友里の唇をふさいだ手のひらで、頬から、唇にソッと触れ、少しだけ開いている唇に指を入れ込むと、友里の八重歯を親指で触れた。友里が抵抗して、口を閉じても、そのまま続ける優に、友里は困ったように、蜂蜜色の瞳を滲ませた。
「友里ちゃんが嫌がっても、こういうことをしたい、好き」
「……!」
「友里ちゃんに申し訳なくて。友里ちゃんへの、好きと言う感情があるせいなのか、Ωの匂いに理性が壊されているのかわからない」
「ゆ、ちゃ」
口の中に優の指がある友里は、上手く発語できず、もごもごと話す。優が、舌をそっと撫でると、「うぐ」と言ってむせた。
「や、も……っごほっ」
「ごめん……っ自分でも、とめられない」
友里を抱きすくめ、全身から香る匂いに身をゆだねる優は、首筋に口づけをした。
「やっ」
友里が、ビクンと跳ねあがる。
「つがいになれば、Ωの発情も落ち着くって言うけれど、まだ発情が来ていない時には、良いのかな……?友里ちゃん、しってる?」
「し、しらない……っ、なんの話してるの?まって、優ちゃん、一度放して、だめ……っ」
服の上から、背中のブラのホックが外され、友里は驚いた声を上げた。
「駄目だよ、飛び込んできたのは友里ちゃんだから、もう離さない」
「や、あ……っ」
友里が慌てふためいて体をよじる。友里の無防備なキャミソールをはがすのも億劫な様子で、優は上から友里の体を揉み、下着をずらして、先端を探る。
「ンぁっ」
すぐに当たったようで、ビクンと体が跳ねた。小さな友里の体を押さえつけている優の力に屈して、くすぐったさで悶えているようだと優は思ったが、それすら愛おしくなり、友里の柔らかな体をもみしだく手を止めることが出来なかった。
「くすぐった・・・・・っ優ちゃん!?だめっねえ、っ」
下をまさぐられて、友里がさすがに優の手を自分から引きはがそうと必死になった。
「ごめんね、イヤだよね。好きだよ、愛してる」
そう言いながら、優は友里の唇を奪おうとして、刹那、自分の頬を殴った。
友里が驚いて、優の様子を見つめている。
「うう、ごめん……っ本当に、本当にひどいことをしたくなくて、ただ、話をしたいだけなのに、自分が、自分でなくなるみたい!」
「優ちゃん……!」
うずくまって、身を抱える優に、同情するような、泣き出しそうな声で友里が優の名を呼ぶ。優は友里から目をそらすため、横に顔をそむけたが、すでに友里の下着が剥ぎ取られていて、床に落ちている。
(わたしがやったの?)
友里を見ると、薄い布一枚で自分を抱きしめている友里の姿に、優はまたドクンと心臓が揺れた。友里から目を外し、手で覆うが、その手に友里の強い香りが残っていて、また理性を失いそうになった。
「もしかして、友里ちゃん、ヒートが起こっているのかもしれない」
「え、え、わたしに?」
「だって耐えられない。いますぐ、めちゃくちゃにしたい!今の友里ちゃんを、わたしの前に置いておいたら本当にどうするか!」
優の懇願するような声に、友里は怯えつつも、下着を拾うと壁に沿って少し離れた。その様子に、優は胸が痛む。
「どうしよう……」
「とりあえず、お母さんに連絡しよう、友里ちゃんの体に負担がかかるかもだけど、抑制剤を持ってきてもらわないと」
早く……と思いながら、優はスマートフォンを握った。くらりと視界がゆがむ。友里から香っている香りに支配されている。ハアハアと顔を赤らめ、汗がしたたる感覚がわかった。早くしなければいけないのに、画面ではなく、獲物を狙う猛獣のように友里を見つめた。
(こんなの……耐えられない)
「家にとりに行ってくるよ」
友里が冷静に言った。言われて、優はそれを思いつかなった自分に驚いた。確かに、それが確実で一番の案だと思った。
「わたしが送る、今……あ、だめだ、なにをいってるんだわたしは」
「大丈夫?すごく……つらいんでしょ?」
「抗えない、食べたい、可愛くてたまらない、愛おしい。好きだよ、めちゃくちゃにしたいけど、大丈夫」
「大丈夫じゃなさそう!」
友里が優の部屋から出ようとするので、優は友里の行き先を壁に手を添えて拒む。
「うう、ごめん」
「ううん、いいの」
友里はちらりと優を見上げた。美味しそうな食事を目にする時のようなぼんやりと眺める様子に、友里はドキンと心臓が鳴った。
友里は、優にぎゅっと抱き着いた。
「だめ友里ちゃん」
「どうして?」
「だって」
「……好きだよ」
かすれた声で言われて、優はヒュっと息を飲み込んだ。
「わたしで発情してくれて、うれしい」
「友里ちゃん」
怒りが交ったような声で、優が言う。
「ずっと、大好きなんだ。友里ちゃん以外いらない。友里ちゃんの人生を、友里ちゃんが心置きなく生きることが、わたしの全てなんだ。だから、Ωとしての人生を甘んじて受けようとしないで」
「Ωのわたしは嫌い?」
「友里ちゃんなら、なんでもいい」
「!」
しばらく、友里は思い悩んだように窓の外を眺めた。
夕暮れが、優の部屋のベランダを照らす。
「じゃあ、お嫁さんにして」
優の頬に、友里は手をのばす。
「……友里ちゃん待って、今、冷静じゃないから」
「優ちゃんのこと、世界で一番好きだもん。わたしが、何者でも、どんなことになってても、好きなら、受け入れて」
「……でも」
「大好き。優ちゃん」
ぎゅうと抱き着く友里に、優も友里を抱きしめた。
「ね、噛んで。うなじってどのあたりかめばいいんだろ?」
「だ、ダメだよだってそれは!」
首筋を噛むことで、ふたりは正式に番になる。友里は、優に抱き着き、甘く囁いたが、優は発情をも抑え込む理性で、それを拒んだ。
「こほん」
ドアが開いて、優の母親がそこにいた。
優は「げ」と声を漏らした。
「優さん、結婚のお話だけど」
母親の全てを見越した言葉に、息をのむ。αとしての知性も知能も落ちたような恥ずかしい気持ちで、優は頷いた。
「う、はい。ぜんぶわたしが悪いです」
「そうね、友里ちゃん」
そういうと、ふたりに別々の錠剤を渡す。それは、抑制剤で、優と友里は大人しくそれを飲み込んだ。
:::::::::::::::::::
お風呂上がり、冴えた頭で優と友里のふたりは、横に並ぶ。
「数日前から友里ちゃんのヒートが始まっていて、そのせいで優の正常な判断がにぶった、そういうことにすればいいの?」
言うと、友里がうんうんと頷くので、甘やかされていると思い、優は、より強い辱めを受けた。
「もう!ごめんなさい!!」
優が慌てふためいて謝ると、友里と芙美花は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、友里ちゃん、本当に良いの?」
「うん、優ちゃんが大好き。お嫁さんになりたいし、優ちゃんをお嫁さんにしたい。優ちゃんは?」
「わたしも、友里ちゃんが、大好き」
芙美花は、安堵の表情で、幸せな若い二人を見つめた。
それから、一度友里のヒートをきちんと迎えてから番の準備をすると聞いて、優は眉をしかめた。
「あれをまたやるのか」
よほど耐えられない興奮に苛まれるようで、優は心底嫌がったが、準備をして友里と三日三晩こもった部屋でのことは、人生が変わるほどの衝撃で、思い出しては頬を染めるので、家族にはしばらく揶揄われた。
はれて番となった2人は、永遠に幸せに過ごす。これからも、ずっと。
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