第25話 お家デート

 ポップコーンにコーラ、オレンジジュース、それから色とりどりのチョコレート、スコーンを小さな机に置いて、スティック状のUSBをテレビに挿して、友里はクッションをソファに並べ、ニコッと笑顔で恋人を見つめた。。

「優ちゃん、お家デートへようこそ!」

「!」


 準備が整いました!と、友里は笑顔で、優をエスコートすると、ソファに座らせ、まずは好きな映画を選ぶよう催促した。


「そうだね、このシリーズとか見ようか」

 優は絶妙に友里がみたかったアクションムービーを指定してくる。

「今日は!優ちゃんが見たいもの!なの!」

「そんなに気負わなくても、いいよ友里ちゃん。デートはふたりで楽しむものでしょ」


 受験が終わった2月中頃。友里と優は休日を共に過ごす約束をした。友里が午前中バイトだったので、13時から。休日の昼間、優と友里の部屋で白いソファに腰かけて過ごすのは、ふたりにとって、本当に久しぶりだった。友里は勢いでサブスクの映画チャンネルに契約をして、優の好きな映画をたくさん見るのだ!とエスコート魂に燃えていた分、優にそう言われて確かにと電が走ったような顔をした。

「わたしも楽しむ……優ちゃんといるだけで、たのしくなっちゃうからなぁ」とブツブツ言う友里に、優は苦笑した。

 友里が優に寄り掛かり、そのままずるずると、優の足の間に入って、膝に乗った。優も、そんな友里のおなかに手を回して、自主的に椅子になる。まるで定位置のように、体を預け合い、しばし無言で映画を探し、ふたりでデートに行ったときに見た、漫画原作のモノをもう一度見ることになった。


 あの時、羽二重真帆との再会などいろいろとあった優は内容をすっかり忘れていたが、意外としんみりと心に灯をともす良い映画だった。

 原作もしっかり読み込んでいる友里は、初めて見た時よりもよほど感動して、ぐずぐずと泣くので、(友里ちゃんの泣き顔、かわいい)などとぼんやりと思ったりする余裕すらあった。


 しかし、内容的には恋人を失った話だったので、ここで、「優ちゃんはわたしが死んでも、誰かを好きになって、元気に生きてね」と友里に言われたらと思うと優は気が気ではない。大事な人を失った人が、大事な人を胸に抱えたまま、心を癒していく作品はナシだなと思い、事件や事故、哲学的なものが省かれていく。明るそうに見えるものでも「主人公の○○は家族を失っており──」いう説明文に、優は「うーん」と思いつつ除外していく。


「どしたの?」

 ティシューで鼻をぬぐいながら友里が問いかけると、優はハアとため息をついた。

「いや、人が死なない作品って、少ないなあと思って」

「確かに。学園恋愛物とかでも、油断するとどっちかが死んだりするもんね!?」

 今泣いていた友里がワハハと笑いながら、優に抱き着く。視聴者が油断するかしないかで登場人物の生死が変わるものかと思いながら、優は友里の柔らかな体を抱きしめた。

 この体温が、この柔らかさが。永遠に失われたとして。

 果たして別の命を愛せるのか。

 優は不安で、胸が冷たくなるような気持ちがした。

 友里を少しだけ強く抱き、思いの丈を呟いた。


「友里ちゃんが……自分が死んでも優ちゃんは元気で生きてねとか言い出すのがイヤなんだ」

「え」

「他の誰かを、好きになって、とか」

「?」

 友里はいつもの優のペシミストが発動したことに気付き、しばし考える。

「ごめん」

 優こそが、死だのを言い出したことに気付いて、優はサッと画面を見た。そして、魔法使いがたくさん活躍する映画を流し始め、その話を終わりにしようとした。

 しかし、友里は答えを探し続けている。


「優ちゃんにわたしがいない後も健やかに生きていけるんだな~!って確約がほしいだけなのだけど、優ちゃんより先に死なないように頑張るね!」

 友里が、明るくそういうので、優も頷いた。

「友里ちゃんがいない世界なんて、意味がないもの」

「……優ちゃんってば、もう。心配で、死んでも死にきれない!可愛いけど!」

 友里は優のおなかに抱き着いて、ぎゅうと優の中身が出てしまうのかと思う強さで抱きしめた。「いたた」と優が小さく言う。


「ねえ、もしも、だよ?わたしが死んじゃって、わたしが生まれ変わったらどうするの?」

「どう……とは?」

「優ちゃんは、死んだわたしに恋を貫いてて、生まれ変わったわたしに見向きもしてくれないってこと?!」

「ええ?」

「わたしだよ!って言っても信じてくれないってこと?それとも、信じても、友里ちゃんを愛してるから、友里ちゃんの愛には答えられないよってなるのかなぁ」

「なんの話なのそれは、魂はひとつってこと?」

 優は、するりと、少しだけ怒っているようになっている友里から離れた。映画ではイントロダクションが始まったので、古くなった茶葉を一旦避難させ、ポットのお湯を急須に注ぎ、暖かい紅茶を蒸らす。

「だから、わたしがしんじゃったら、告白してきた子が、わたしだよって」

「ふふ」

 もう薄く笑うだけで、友里の言葉は聞こうともしない優は、友里への恋を貫くと心に決めているようだ。


「なんなの、優ちゃんってば!わたしのどこがそんなに好きなのよ」

 呆れたように、友里がそういう。


「顔……かなぁ、かわいくて、たまらないんだよ」

 少しだけくすくすと笑うので、友里は(これは、意味が違うぞ!?)と、むうという顔をした。

「今、優ちゃんの頭の中のイメージ映像、ドロンコのわたしじゃない!?!?」

 優は確かに頭の中に、優が落とした靴を泥の中から掬い上げた友里や、木登りをして松脂に汚れた手のひらをぐしゃぐしゃと服に付けている友里や、フェンスに足だけかけて、くるんとさかさになっている友里や、はじめてのチョコレートフォンデュに興奮して、口の周りをチョコレートまみれにした友里などを思い浮かべていたので、我慢しきれず「あはは!」と声を出して笑った。


「普通だったら、うわーってなるシーンでも可愛いんだから、本物でしょう?」

「そんな……っ、そんなことないもん。それって、命の危険がいっぱいあったから、ドキドキしてたってことじゃない?」

 吊り橋効果──一定の恐怖を、恋と錯覚するモノを友里が言うので、優は首をかしげた。

「おばけが怖いけど、そのドキドキと友里ちゃんへのドキドキは、明らかに違うよ」

「そうなの?」

「おばけは、指先が冷えていくけど、友里ちゃんへのドキドキは、耳が熱くて、周りの音が聞こえなくなって、視界がぼやけて、友里ちゃんしかみえなくなる」

「……う」

 優はそっと友里のとなりに戻る。長くしなやかな指で、友里の指先をとった。

「心臓が高鳴って、汗が出て、体温が上がって、熱が出てる時に近い。今も、ドキドキしてるよ」


 そっと自然な動きで友里の首筋にキスをする優。された友里はぴゃっと飛び上がった。なかなかに、恋人同士の甘やかな接触に慣れない友里。


「も、もうその辺で!!!!ねえ、優ちゃん、あのね、嬉しいんだけど!!!言っててはずかしくないの!?」

 友里が真っ赤な顔で、少し怒ったように、しかし嬉しそうに優に抱き着いた。

「だって今日は、お家デートでしょ。人目もないし、口説いてなにが悪いの?」

 ひゃー……と友里が真っ赤になって固まる。


「優ちゃんが恥ずかしがるのって、どんな時?」

「……?」

 赤い顔で友里が言うので、優はすこし悩んでから、呟いた。

「不安や、不満を口に出すのは、恥ずかしいよ」

 優が言うと、友里が優を見上げた。

「……」

「友里ちゃんが、わたしを、嫌いになる日が来たらどうしようとか、そういう……」

 赤い顔をした優を、友里は見つめた。照れる優をカワイイ可愛いと愛したいと思っていただけなのに、しょんぼりとさせてしまったことに、自ら反省をした。


「魔法使いになりたい!」

 映画の中の魔法使いが、手紙を空に回すさまをみて、突飛に言い出した友里は優が困惑している間に、ソファに押し倒した。友里が優の顔の前にずいと顔を寄せ、「優ちゃんの不安とか全部吹き飛ばしちゃう!」と言った。優は友里の瞳を見つめて思う。いつでもこの瞳を見つめるたびに、ときめいている。


「友里ちゃんは、もう魔法を使えるよ」

「?」

「……」

 流れるように口説き文句を言いかけて、友里の期待のこもった表情に、一瞬だけ戸惑った。友里の期待に応えることは、いつもしたいと思っているのに、口説き文句を友里に期待をされたことが初めてで、優は思っているよりも、恥ずかしくなって顔を赤らめた。


 友里は、すぐに気付いて、ようやく念願がかなったかのようにニマニマと笑った。

「そこまで言ったなら、照れなくていいのに」と優の鎖骨辺りに頬を寄せて、嬉しそうにスリスリと子猫のような仕草で言うので、優はよけいに照れた。


「優ちゃんが照れるの、かわいいな、でもさっき言ってることとあんまり変わんないとおもうんだけど違いってなんだろ?」


「なんだろ……状態を晒してるからかな」

「なるほど?「友里ちゃんのお胸が可愛いね」は言えるけど、お胸に埋まりながら、「友里ちゃんのお胸に埋まるのが好き」って言うのが恥ずかしいみたいな!?」

 赤い顔をしていた優は、すうっと真顔に戻った。

「はしたないよ、友里ちゃん」

 ぴしゃりと言われて、友里は舌を出した。

「まだまだ優ちゃんのこと、ぜんぜんわかんないなぁ」

「わたしだって自分の事すら、全然わからないよ、まさか今、こんなに照れるなんて」

「そうなの?優ちゃんはなんでも大丈夫だし、なんでも知ってるって思ってた」

「ありえない」


 優は目の前の、自分では把握しきれない恋人を見つめる。

「目の前に、世界で一番わからないひとがいるよ」

「そうなの??」

 全く分かっていない友里が、優の顔を覗き込む。

「わからないから、いとしい」

 優が言うと、「素敵な口説き文句だなぁ」とどこか嬉しそうに、優の胸にそっと寝転がった。

 そっかそっかぁと呟いている。長いポニーテールを、優は掬った。


「うん、だから、友里ちゃんのこと、たくさん教えて」

「……っ」

 友里の髪を撫でていた優の手のひらが、友里の背中を撫でた。ムードたっぷりに、口説き文句のつもりで、優は友里をじっと見つめた。友里の瞳がキラキラと輝き、優の表情に、わあっと笑顔になっていく。

「えっちなやつだ!?」

 友里の笑顔に、優はいやそうな顔をした。


「……だいなし」

「え!?ダメ!?」

「もう、友里ちゃんっていつもそう。恥ずかしいんでしょうけど、すぐふざける」

 優に言われて、気付いた友里はあわあわと言い訳を重ねる。

「だって!なんか!!空気が変わるんだもん!優ちゃんはいつでも金色に輝いてるけど、急にピンク色っていうか、キラキラのラメみたいな感じになって落ち着かなくなって、負けた感じがする!!」

「妙に勝負にこだわるところ、好きだけど…友里ちゃんは、何か不思議なものが見えているのかなぁ」


 優は、照れてぐにゃぐにゃになっている友里を抱きしめて、少しずつ人間に戻していくように、やさしく撫でた。時折、頬などにくちづけも落とす。友里が「ひゃ」と声をあげても、ひるまず続けた。


 昼の15時を少し過ぎたところで、甘い空気のまま、そういうことに突入してもいいのではないかと、優は考えていた。なんと言っても久しぶりのデートなのだ。

 友里の体を撫でることも、こんなにゆっくりと密着することも、いつぶりだろうと優は少しだけ考える。受験の合間、友里は本当に一生懸命に優をサポートしていた。

 優が少し寂しいと思うほど。


 その寂しさを埋めるように、友里を抱きしめる。じわじわとお互いが蕩けて、隙間が埋まるようだ。

「大好き」

 優は、友里からこぼれた言葉をすくうように、ようやく唇にくちづけをした。

 お家デートは、まったり、のんびりと。

「友里ちゃんとずっと一緒にいたいな」


 優はこの幸せな時間が永遠に続けと、呪文のようにつぶやいた。

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