第26話 クリスマス・ウィーク

 12月に入ると世間はクリスマス一色になる。18日から25日当日までをクリスマスウィークと称して、忘年会がてら、友人知人と飲み会に興じる人も多い。

 友里は、マフラーにコート、手袋、優の為の試作品として作ったものをつけ、快晴の空の下、ぐったりとしている高岡を見た。

「疲れたわ……クリスマスウィークのウィークは、きっと苦手って意味よ」

 月曜日の屋上開放デーも、寒波にやられ、人もまばらだ。高岡の低いうなり声もよくとおる。

「クリスマス時期は、本当に苦手。父のお付き合いだから、仕方ないけれど、昨日なんか5件もクリスマス会をはしごしたのよ!?今年は月曜日がクリスマスだから、22.23.24は地獄。帰宅は夜中の3時。大人って…‥‥大人って汚いわ!!」


 友里は手袋の手で、高岡の背中をなでなでした。友里のほんわかとした暖かな柔らかさに、高岡は身をゆだね、寄り掛かる。

 高岡お気に入りの枝豆もち麦ごはんは、おにぎりにして、高岡の分にした。高岡もお礼のように、友里にチキンとブロッコリーのサラダを渡した。

「おつかれだねえ」

「バレエスクール、お休みしちゃってほんとごめんなさい」

「ううん、羽田先生が見てくれるって言うから」

「それも……申し訳なくて」

 どんどん落ち込んでいく高岡に、友里は笑顔を作った。

「あのね、ちょっと早いんだけど、出来たからすぐ渡したくて!」

 恥ずかしそうに、友里は、綺麗にラッピングを施した箱を高岡に渡した。


「クリスマスプレゼント!」

 友里が言うと、黒い瞳をうるうるとさせ、高岡は嘯いた。

「最近見た中で一番かわいいサンタさんよ……」

「疲れてるねえ、高岡ちゃん」


 友里は笑顔のまま、高岡をねぎらった。


 綺麗に包まれたラッピングをはがし、箱を開くと、透明なバッグの中に紺色の手袋とマフラーがあった。ハッとした高岡は、友里に向きなおった。

「優ちゃんとお揃いじゃないよ!?」

 怒られる!という顔で慌てていった友里だったが、「バレエシューズの刺繍してある!」と目ざとい高岡が嬉しそうに言うので、ホッとした。

「えへへ、あのね、優ちゃんの練習じゃないよ、形も違うの、寒がりの優ちゃんは五本指にカバーができるけど、高岡ちゃんは細身の手袋なの」

「友里……!」

 自分に当てられた友里からの愛情分を受け取ったようで、ジンとして抱きしめた。さっそく身に着けると、紺色のニットが馴染んで暖かい。

「素敵、細身の手袋欲しかったの。でも、時間は大丈夫?駒井優への大袈裟なプレゼントを作ってるんでしょう?」


「あ~~……うん、えへへ、毎年、真っ白ワンピースをプレゼントしてるんだけど、今年のカタチはぁ」

 くねくねとする友里に、眉間にしわが寄る高岡。

「本格的にウェディングドレスのライン決めってわけね、ごちそうさま」

「はずかし!バレバレ!!!」

 友里は手袋の手で、赤い頬を覆った。そんな友里を真似するように、高岡も手袋の指で、自分の頬を覆った。

「嬉しいわ、ありがとう友里、大切にする」


 笑顔の友里の前に、ちらちらと雪が舞い始めた。

 向こうから、高身長のかげが見えて、高岡は黙り込んだ。


「友里ちゃん」

 その声に、友里は赤い顔をもっと赤く染めて、初めて恋をしたときのような顔で彼女──駒井優を見つめた。

「優ちゃん、お仕事終わったの?」

 生徒会の仕事の手伝いをしている優は、任期も終わっているのに、屋上入り口で門番をしていた。

「うん、もう2人しかいないよ。雪も降ってきたし、良かったら、生徒会室でご飯を食べようよ」

 暖かいストーブもあるよと追加して誘われ、高岡と友里はOKの顔を見合わせた。


 :::::::::::


「はああ~~~。いきかえるねえ」

 石油ストーブの前で、友里は手袋などの装備を外して、温泉にでも入っているかのような声をあげた。


「さっさとご飯を食べちゃいましょう」

 高岡に言われ、友里も席に着いた。他の生徒会諸君たちは、とっくに昼食を済ませて、席を譲ってくれた。優は、友里をとなりの席に促し、高岡を対面に座らせた。

「今日の水筒は、ミネストローネスープが入ってるんだよ」

「暖まるね」

 優と友里は、一緒に住んでいるので、同じようなお弁当の中身だ。高岡は無言で友里から受け取ったおにぎりを頬張った。


「同棲は、うまく行ってるの?」

 突然の質問に、優がまず固まった。生徒会役員は、全員部屋から出ているのを見計らって高岡が放った言葉だったが、心臓に悪い気がした。

「楽しいよ」

 友里が答えると、高岡はフウンと言った。

「内緒にしたいこととか、どうしてるの?たとえば……友里のお裁縫とか」

「内緒にするのやめたの。優ちゃんが、お勉強している間に、後ろで縫ってるよ」

「背中越しになにか作ってるってことしか、わからない」

「そろそろトルソーにかけちゃうと、最終的なものがバレるかな?隣のお部屋に行こうかな」

「さみしいから、傍にいてよ」

「もう」


 ニコニコとふたりで話す様子に、高岡はおにぎりのラップを丸めた。


「友里のインスタ…‥」

「ああ、動画みた?」

「朝ね、やっぱり駒井優が撮ったのね、面白かったわ。キノコからお花になっていく刺繍」

「魔法みたいでしょう?」

 昨夜アップされた友里の刺繍動画の件を、優は自分のことのように、花が咲きこぼれるような笑顔で言った。


「村瀬のおばあさまがシェアしたから、大げさになっちゃったよね」

「ね~乾ちゃんも、面白がって流しちゃうし」

 友里がふたりのインフルエンサーの名前を出して、困ったように照れた。

 友里と優がにっこりとほほ笑み合う。高岡は、様子を見て、胸がぎゅッとなった。


「リア充すぎるわ」


「なにそれ」

 優が照れてムッとしたように言った。

「なんだか、幸せそうで耐えられない!普通に、これからも、刺繍だけ上げなさいよ?駒井優の手が映りこんだりすると、萎えるから!」

「そんなこと、しないよ!?」

「あなたのアカウント、ゆうゆりとか、友里の名を冠したアカウント名にしてないでしょうね!?」

「そもそも、わたしSNSやってないし!」

 二人が突然怒り出したように見えた友里は、オロオロと親友と恋人を見つめた。しかし、この二人のコミュニケーションかもしれないと思い、おとなしくご飯をたべるが、少しだけ口をはさんだ。


「わたしは正直、かわいい音楽流しながら、優ちゃんに後ろから抱っこされて刺繍してるだけの動画とか撮りたい」


「……友里ちゃん」

 優は友里のそんなおだやかな願いに赤い顔になり、高岡は青い顔で友里を見た。

「インターネットタトゥーって、知ってる?友里……」

「??」

 困った友里が高岡を眺め、優がため息を一つ落として白旗を上げた。

「わかったよ、撮ったとしても、それをSNSにあげなければいいでしょ」

 優の言葉に、「わーい!やろうね!?絶対だよ!?」と友里が念を押す。高岡にも誰にも内緒にしているが優のスマートフォンには、友里の動画がたくさん保存されている。時折見返して、なごんでいる優だが、宝物がまた増えるとこっそりと喜んだ。


「これを言うか、いつも迷うのだけど、ラブラブすぎると、すぐわかれるイメージなのよ。クリスマス明けの真っ黒アイコンみたいな」

「……なんてこということ言うの、高岡ちゃん」


 優はいやな顔で高岡を見た。

「別れない!でも、優ちゃんが泣いてどうしてもって言ったら考えるかも……」

「考えないで、友里ちゃん?!」

 優が狼狽えたように言った。

「でも、でも、もういっかい好きになってもらうようにいっぱいがんばる!」

「うん、わたしも、がんばるよ」

「ああ、もう、いい加減にして、このバカップル」


 なにを言っても、ふたりの当て馬にされてしまう気がして、高岡は手を振った。しかし、はあとため息をついて、高岡は口を開いた。


「うちって、創立記念日が23日でしょ、今年は土曜日だから、22日が休みになるけど、21日の木曜日の夜からに、ウチで、3人でクリスマス会しない?」

 高岡が言った。

「いいの?」

「ええ、もしよければ、泊まっても。金曜日からは忙しくなるから、ちょうどいいでしょ。ふたりでどこかに行く予定でも立ててそうだし……」

 言ってから、高岡は、自分は無理やり作り出した休みだったが、友里に問うのを忘れていた。木曜日から出かける予定、もしくはプレゼントの仕上げをする予定だったかもしれないとハっとした。

「あ、ごめんなさい、恋人優先でいいわ」

「ヒナちゃんも呼んでいい?!」

 友里が食い気味に言ってくるので、高岡は眉をひそめた。

「できれば3人が。……本当なら、友里とふたりがいいのだけど」

「ごめんね、お邪魔虫で」

「本当よ、大きな虫だわ」

 憎まれ口をたたきつつ、約束が取り付けられてホッとした。


 高岡がふと、スマートフォンを見ると、眉間にしわが寄った。

「……ごめんなさい、約束をした瞬間に、反古だわ」

「え」

「父の、どうしても外せない、旧知との約束がとれたんですって……

 水曜の夜から、鎌倉に行ってくるわ」

「ええ……大変、だいじょうぶ?」

「私は慣れてるけど……約束を破ってごめんなさい」

「ううん、どこかでまた一緒にあそぼ?高岡ちゃんち、行ってみたいし!」

「私も、友里を呼びたいわ……」

「年末年始の忙しい時じゃなくてさ、もっと落ち着いてから、ね」

「そう、ね……」


 いつになるのかしらと、ぼそりと高岡はつぶやいた。

 優がそれを見て、友里をちらりと見た。


「ねえ、今夜は?」

「え」

「今夜、急に高岡ちゃんちは、無理だろうから、うちにおいでよ」

 優の突然の申し出に、高岡は目を丸めた。

「あなたね、そんな急に……」

「イイね!優ちゃん!!最高!!今夜はいっぱいお菓子を買って、クリスマス会しよ!!」

「友里……あなた」

 高岡は一瞬、嬉しそうに言ってから。

「これ以上太ったらだめよ」

「あっ、やぶへび」


 言いながら、友里は近所のケーキ屋さんにめどをつけ、今日中にホールケーキが買えるかどうか聞いている。

「あなたたち……」

「さすがに月曜日は、パーティないでしょ」

 優の笑顔に、「ないけど」と言いながらも、狼狽する高岡。


「買えるって!」

 満面の笑みの友里が、18時に取りに行く旨をお願いして、また通話に戻る。

「勝手なんだから!」

「慣れてね、この疾走感。駒井家ではわりとよくあるパーティだよ」

「この……っ」


 赤い顔で高岡は優に睨みつける。細かな連絡をしている友里に聞こえないよう、優が高岡に話しかけた。


「ひとりでお家に帰って、今日のことで少しだけ凹むでしょ。そんな夜よりずっと楽しいと思うけど」

「……駒井優め。友里はあなたのクリスマスプレゼント作成で、忙しいんだからね?!わかってるの?!」

「それを言われると胸が痛い」

 優が胸を抑えて、高岡ではなく、友里を見つめる。

「でも友里ちゃんが、あんなに喜んでるし。わたしは、彼女の嬉しそうな様子をずっとみていたいから」

「……」

「それに、ちょっと根を詰めすぎてるから、今日は息抜きしてほしいんだ。協力して、高岡ちゃん」

 優の上手い言い回しに、少しだけ眉をしかめた高岡だったが、内容としては、これ以上ない申し出だとわかっていたので、首を縦に振った。

「仕方ないわね、友里の為だわ」

「そう、友里ちゃんのため」


 ニッと笑った優に、高岡も思わず笑いかけてから、優を睨みつける。

「私もこれ、貰った手前、友里には少し休んでもらいたいし」

 優に、友里から貰った手袋とマフラーを見せつけた。

「え!?友里ちゃんの手作り!?」

 さきほどの会話から、優は作ったことすら気付いてないのではと思っていた高岡の感は当たった。友里は、優の独占欲にはとことん鈍感だ。

「そうよ、あったかいわ」

「いつの間に……っ」

 優の明らかな嫉妬を見つめて、ほんの少し、余裕ぶって友里の時間を高岡に渡そうとする優に腹を立てていた分の鬱憤を晴らせたような気持ちになり、高岡は今度こそ満面の笑みで、友里の元へ駆け寄った。



「友里、突然泊まっても平気なの?」

「うん、わたしの部屋のベッド、昨日シーツ洗ったし、お布団も干したから、使って。忍者屋敷みたいになってて、面白んだから!」

「そういえば、リフォームしてから初めて行くわ。楽しみ!」

「うん!!!」


 ニコニコと小鳥のように微笑み合うふたりを、優は頬杖をついてみやる。


 駒井家に来た高岡は、ひとしきりクリスマスパーティを楽しんだ。友里の部屋で、さんざんバレエレッスンをしたり、話し合っていた高岡と友里は、ふたりでそのまま就寝してしまったので、さすがにセミダブルとはいえ、そこに入り込むことはできず、優は友里が駒井家に引っ越してきてから初めて、自室にひとりで眠った。


 ::::::::::::::

 朝。

 友里を置いて、優と高岡は早朝ランニングに駆けだした。


「ちょっとはクリスマスに対する苦手意識、なくなった?」

「……まあ、ほんの少しね」

「昨夜は寂しかったんだからね」

「一晩ぐらい、我慢なさいよ。これから何年何十年のうちの、一晩なんだから」

「……!」


 少しだけ優よりペースを速めた高岡は、「ありがと」という言葉を、優に聞こえない声で告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る