第14話 早めに帰れた日

 早めに帰れた日は、よほどのことがない限り、ふたりの部屋の大きめのソファーに寄り掛かって、優は本を読み、友里は刺繍をしている。一休み休憩が取れる時は、友里は仕事の手を止め、優の胸にのそりと寄り掛かって、今日あった出来事を話す。

 友里との時間が、優は好きだ。

 優に寄り掛かり、「今日ね」と始まるので、優も本を置いて、柔らかな体を堪能しながら、友里を抱きしめる権利を貰えたことを喜ぶ。幼いころから、友里が話す言葉は、友里が主人公の物語を聞いているようで、優にとっては至福の時だった。


 友里が経営しているkukka縫製工房は、オーダーメイドのスーツやドレスを請け負っている。結婚式や、最近では式典などのスーツの受諾も多い。友人の紹介だけでやっているのだが、高校時代の学校の先生も訪れ、その生徒たちが来り、写真館の写真撮影用の衣装作成なども請け負い、優の目からは友里が何人もに見えるほどの忙しさだ。なので、このような時間がとれることは本当に久しぶりで、それをかみしめるように、そっと友里の長い髪を撫でる。柔らかな髪は、少しウェーブが取れかけ、高校時代のようなさらりとした手触りに戻っていた。忙しさの象徴のようだったが、優は懐かしく思って友里の背中と一緒にそれを撫でた。友里はくすぐったそうに笑い、優の鎖骨辺りに顔をうずめた。



「駿君が、またスーツを作りに来てくれてね」


 駿君とは、尾花駿おばなしゅんの事で、180cmの長身ながら、美しい女性のような容姿を持ち、淡い色彩の髪を肩まで伸ばし、軽くウエーブをかけたライオンのような男性だ。

 幼い頃、優が川に落ちた彼を助け、その後、足を滑らせた優を友里が助けたことで、友里がけがをし、しばらく音信不通になっていた友人のひとりだ。再会し、彼が友里に対して、どこか執事のような家臣のような態度をとるため、また友好を深めている。


 しかし話を聞いている優にとって、駿は友里の物語の、ただの登場人物のきもちだった。


「重義さんが、優ちゃんに雑な嘘をつかれたことで大変な目に遭ったって言うの」

 更に登場人物が増えた。優の高校時代の友人、重義航しげよしわたるの名前が出たことで、ただの登場人物のつもりで聞いていた優も、どことなく身近な、というか、造詣が目に見えてわかってしまうので、話に集中できなくなってしまう。178cmの優よりも少しだけ小柄で、しかし筋肉隆々な重義の、柔和な笑顔が浮かぶ。


「優ちゃん、知ってる?」

「ああ……重義が、スクラッチがどうのこうのと言ってて、賭け事にお金を使うのはよくないよと言ったら最後の一回だから、数字を!と言っていて」

「数字で当てるタイプなのね?」

「そう、それで、わたしと友里ちゃんの誕生日を使いたいと言ったから、賭け事などには、絶対いやだと思って、適当な数字を言ったんだ」

「うん」

「そしたらその場で、2万円当たったって言うから、尾花くんでも誘って、遊んだら?って言ったんだけど、どこがうそ?」

「わたしたちの、誕生日かな!?」

「ええ……」


 友里はくすくすと笑って、優の胸にスリスリと頭を寄せた。

「素直に駿君を呼んだからね、駿君も素直に、呼び出しに応じたんだって。うちのスーツを着ていったから、わたしの話になって」

 話の流れが変わるたびに、手をくるくると動かす友里に、微笑みつつ優は相槌をうつ。

「誕生日に、プレゼントを贈りたいから、一緒に選んでくれと言い出して、駿君が、呆れて、本当の誕生日を言ったら、もう結構な人に声をかけた後だったんだって」

「ええ……」

「だから、わたし、4月1日が誕生日になりそう」

「あいつ……」

「優ちゃんのウソから出た話だからね。吹奏楽部のみんなに声をかけてて、クルーザーを予約して、わたしたちの結婚祝いもついでにやるんだって」

「……高岡ちゃんあたりに声をかけてれば、すぐわかったのに、あいつ高岡ちゃんが苦手だから。ていうかそもそも、誕生日に本人を呼んで、わたしがなにか計画してたらどうするつもりだったんだ」

 友里の親友の高岡も吹奏楽部の一員なのだが、重義にとっては仲間に数えられていないことを、友里も困ったように笑う。


「そう、駿君もね、それを一番に怒って、そういうとこが別れた原因なんだよとか言い出して」

「それは、返答に困るな」

 駿と重義は、高校時代、交際していた。26歳の今も、ほんのりと恋愛感情があるお付き合いをしているように、友里と優には見受けられる。しかし、尾花駿は尾花製薬の跡取りで、早良家との婚約が進んでいるので、お互いが再び付き合うことはない。


「サプライズなんだけどね、一応教えてくれたんだって。だって年度初めの土日でしょう?予定を開けておくのも大変なのに、バカな男だよって笑ってたの」

 今日は3月10日。優はわざとらしいため息をついて、ここにいない友人に対して尾花と同じ感想を持った。


「わたしが付いた嘘のツケだね、予定を開けておくか」

「ふふ、まだ誘われてもないのにね」

「当日きそう、しかも、わたしと友里ちゃんに、素敵なドレスなどを用意して」

「あ~~、脱毛!」

「一緒にサロン行こうか、でももう9年も通ってるし、心配するほどではないでしょう?」

「優ちゃんはいつでもピカピカだけど、わたしは、時間かかるんだよ」

 恥ずかしそうにしつつ、なぜか自慢げに友里は言った。

「かわいい」

「どこがかな?!」

 友里は妻に怪訝な顔を見せたが、キスで応えられたので、(ズルい)と思いつつもコロッとご機嫌になった。


「噓はよくないね、反省」

「そういえば優ちゃんって、嘘つくの嫌いだよね」

「嘘つきだよ、わたしは」

「そうなの?」

「でも」

 友里をそっと撫でて、見つめる。

「友里ちゃんへの気持ちだけは、嘘をついたことないよ」

 友里が、優をじっと見る。幼いころからずっと恋をしていたというのに、友里には幼馴染と言う態度で、黙っていたことを友里が思い、プクっと頬を膨らませた。

「好きってことしか言ってない」

 優が、そんな友里を察して、言い訳のように理由を添える。

「ほんとだよ」

 必死な優を、友里は真面目な顔でじっと見つめる。優は無言で見つめる友里に、少しだけ後ろめたいような気持ちになり、自分の発言を思い出す。やはり、友里を嫌いだとは一度も言っていないと思い、自分で自分にこくこくと頷いた。

「好きしか、言ってない」

 再度、優は言う。

「知ってる」

「!」

 ようやく口を開いた友里が、にへ~と口を開けて笑うので、優はようやくからかわれていたことに気付いた。

「もう!」

「だってかわいいんだもん~!!」

 ぎゅうと抱き着く友里に、優はその体を抱きしめて怒ってないと態度で示すが、顔は納得していない。

「大好きってずっと言ってくれるから、それが友達の普通だって思って、恋人になれなかったのは、ずっと言う」

「いじわる」

「その言い方カワイイ!」

「友里ちゃん」


 呆れた声を出したところで、友里が真剣な顔に戻って、優に口づけをした。

「んう」

「さっきのおかえし」

「……さっき?」

 優は、友里がどんな姿でもかわいいと言った事を忘れているようで友里はじっと見つめる。

「優ちゃんはなにをしてもかわいいから仕方ないかもだけど、努力をしてかわいくなろうとする人の気持ちを、いい加減わかって」


 「でも、友里ちゃんはわたしにとってはそうだから」と言いかけて、優はしかし、ドレス姿で自分が納得する形になりたいと思う友里の心を軽視していたことに気付いて、反省した。


「確かに。キレイな姿で、みんなの前に出ようね」

「ん!つきましては、綺麗になるための予約を」

 優の胸の中で、スマートフォンでサロンの予約をササっととった友里に合わせて、優も予約をした。おでこと、唇に、キスを落とす。


「ねえ、優ちゃん」

「ん…‥」

「今日は、だめ?」

 甘い声で、優の胸をそっと撫でる。優はピクリと震えると、じんわりと汗をかいた。

「友里ちゃんこそ、準備は万端なの?」

「どんな姿でも可愛いって言った!」

「それがダメって今言ったのに」

 くすくすと優が笑う。

「うう、自分の発言に首を絞められる……!」

 ダメージを受けたような声で、友里が唸るので、優は友里をグイっと持ち上げて、ソファーから起き上がった。連日の多忙さで、友里の体重は50kgを切っていたので、人間体重計の優は、彼女をお姫様抱っこできたことに、自分でも笑顔がこぼれた。

 驚いた顔のままの友里が、優をじっと見つめる。丸い蜂蜜色の瞳が、くるりと光を帯びて輝いた。


「そのかお、好き」

 優は友里にくちづけをして、笑いながら、ベッドへ移動した。


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