第12話 彼女の友達
優の幼馴染で恋人の
11月のある日のこと。
優の行きつけの美容院へ入ると、そこに、萌果がいた。
「あれ」という顔をして、うさぎの耳が付いたようなスマートフォンを持った手でフルフルと手を振るので、優も片手を小さく振った。
「駒井君もここ?」
「そう、小さい頃から通ってる」
「まじかセレブ、うち初だよ」
母の芙美花が優の髪を伸ばしたがるため、優は肩までのボブを小学4年生頃まで強いられていて、「呪いの日本人形」だのと口差がない男子たちにいじめられては、友里に助けられていた。
そんな時、芙美花の通う美容院から独立する、
そんな話を、萌果にすべきかどうか迷っているうちに、花江が来た。優のほうがあとから来たため、少し戸惑ったが、予約優先だと言われ、萌果に手を振る。
席に座ると、まずは紅茶が振舞われた。
「学校のお友達?」
花江は、30代後半だというのに優がであったころと何も変わらない。若々しいショートカットをふわふわとさせて、待合で待つ萌果に対して、興味津々顔で優を鏡越しに見つめた。
「うん、友里ちゃんのお友達」
「そっかあ!いいね、恋人の友人と仲良しなのはいいことだ」
優がポロリと、恋が実った話をした瞬間に、「いつも話してる、ユリチャンと恋人になれたんだ!」と気付かれてしまった優は、それから普通に、友里を恋人として話が出来ている。
個室になっていて、話してはいけないことまで話しそうになる。
「今日が初めてなんだって」
「あらキレイな黒髪だから、育てるのかな」
「動画とか撮ってるって言っているから、そうかもね」
「優は相変わらず、さっぱりしちゃう?」
「うん、あの、それなんだけど」
はきはきと話していた口調から一変した優に、花江は「ん?」と手を止める。
「ストン、と伸ばすんじゃなくて、部分部分で長くするのって、変かな?」
「ウルフってこと?」
花江は、ヘアカタログの中のひとりを指さし、優に見せる。
「うーん、格好良い感じじゃなくて」
優は自分の外見が、女性らしくない肩幅に、長身で男顔だということを知っているので、恥ずかしいなと添えつつ「フェミニンな様子」と告げた。笑うことはせず、柔和な様子で花江は思案するようにカタログをまくる。
「ミディアムショートは?横は耳の下あたりまでで、今のショートカットを生かして、襟足は肩辺りなんだけど、全体的に、シャギーが入るの。面長の頬も丸みをかんじるんじゃない?」
「そういうの、伸ばしたらできる?」
「できるよ、ヘアはすべてのオシャレの基本。なに、のばしたいの?」
花江の言葉に、優はコクンと頷いた。
「怖いんじゃなかった?それともそんなのもう、子どもの頃の話かなぁ」
「ううん、いまも髪が長い自分は苦手。あの時は、本当に救世主に思えた!でも、彼女が」
「うん?」
「その、友里ちゃん、髪が長い人が好きなんだ」
「ほほう」
「それで、少しでも、好みでいたいなと」
「なに、倦怠期なの?」
「!!!まさか、仲良しだよ!?」
優が慌てて言うと、花江が笑った。
「仲良しだからこそ、合わせたいっておもうようになったってこと?」
言われて、優はこくりと頷いた。
「でも、わたしが無理をして伸ばすのはきっと、望んでないだろうから」
「イイ子なんだ。じゃあ、それをふまえたカットにしよっか。伸ばし途中は、面倒くさい~って思うかもだから、ピンとゴムの使い方も教えちゃうね、優さんはむしろ、ワックスとかでかっこよくしあげたいけど、フェミニンをご所望なら、ドライヤーセットできるように育てましょう!」
「わあ、ありがとう」
花が咲き誇る様に微笑む優に、花江は少しだけ、なれたと思っていた分、眩しいライトを浴びたように目を細めた。
「実は優を、パンキッシュにしてみたい欲求があるんだよね」
「なにそれどんな?」
花江は、カタログを優に渡す。もしくはブリティッシュパンクともいう、前髪をポンパドールという丸く盛り上げて、額を出し、両サイドを硬くリーゼントにして撫でつける髪型だ。ほとんど丸刈りで金髪など明るい髪色にして、ツンツンと立てるものも近年ではパンキッシュと言われる。
「長い髪のほうだよね?」
「そそ、ま、ベリショも似合いそうだけど。優は細いし、背も高いし、整ってるし。絶対似合うとおもうんだよねえ」
悶える花江に、優は少し微笑んで「いいよ」と言った。
「うそでしょ、今フェミニンと言ったその口で!」
「刈り上げとかは無理だけど」
「だって」
「わたしの、いろんな鎖を解き放ってくれた人の欲求を、答えなくてどうするの」
「なにそれ、かっこいい」
ぐずっと鼻をならす花江に、優は少しはにかんだ。ここに友里がいれば「ユウチャンカワイイ」と鳴き声が聞こえるところだ。
::::::::::
優の施術が終わって席を立つと、まだ待合室に萌果がいて、手を振ったと同時に、萌果が駆け寄ってきて、優は驚く。
「なななにそれ。かっこよすぎるんですけど」と写真を何枚かとられ、優は眉を寄せた。いつもは穏やかなカーブを描く眉をキリリとさせ、ショートの髪をリーゼント風にした優は、ザクロのような色をした唇を少しすぼめた。
「お化粧までしてると、ほんと別人みたい。えー……ちょっと、でもこっちの方が女ってかんじする、なんでだろ」
萌果が無遠慮に眺めてくるので、優はやはり全て元通りにすればよかったかとげんなりした。待っている人がいるからと思い、そのまま家に帰ろうと思った浅はかさを恨む。
「女性らしく見えるのは、華奢な部分を全部だしてるからだって。首のラインに髪が沿ってるでしょ」
「天才、えー、いつもこれにすればいいのに」
「たいへんだよ、なんか重いし」
「もしかして、駒井くん。朝の支度って、顔を洗って髪を梳かすだけ?」
「シャワーはあびるよ」
「これだから、天然は!」
萌果にさけばれ、優は頭の上にクエスチョンマークをだした。
「人に見せないでよ、特に友里ちゃん」
「わかってる、ネットにもアップはしない。っていうか、近所に住んでるんでしょ?逢ったらどうすんの?」
「日曜日、この時間は手芸に夢中でお家から出てないんじゃないかな。基本的に、わたしから逢いに行かないと逢わないよ」
「さすが……」
優はお会計を待つ間、萌果の横に座った。
待っていた一人が呼ばれ、ブースにふたりきりになって、優は所在なさげに萌果を見た。
「駒井くんってさ、キス、しないの?」
「!」
今日の天気は曇っててやだねえというような声で、突然問われ、優はグっと息をのんだ。先日、告白し合って、お付き合いをはじめたばかりの優と友里のことを、萌果がすっかり知っていたことにも驚いた。そして人がいないとはいえ、美容院の待合室ということもあり、気遣って「友里」の名前を出さないことにも。
「あ~、ごめん。あたしさ、ふたりってとっくに付き合ってると思ってたの。幼馴染として長い間の恋を、高校生になって実らせたけれど、相手は恋をよくわかってなくて、付き合ってから探ってるかんじ?みたいな?」
「え、ええ」
「てか、とっくに駒井くんが手を出してて、そこから、あの子が恋をやっと意識したと思ってたの」
「………ええ……?」
友里の友人に、手が早いと思われている事に、ショックを受けつつ、優は頷いた。
「はじめてだから、大事にしてるってことに気付いて、すごい感動したんだよね、あの子には、駒井くんを待ちなよって言っといたから!」
「そう、なんだ」
──友里ちゃんが、そんな話を、友人に?
優は思って、乾萌果をちらりと見た。ニッとオレンジの唇の萌果が微笑む。友人同士で、恋バナをするのは当たり前で、優も、ここで、「なかなか踏み込めないんだ」などと言って、相談してしまえば、きっと、萌果が適切な言葉を言ってくれるような気がした。
優が、萌果を苦手な理由は、なにもかも見透かされているようだからで、成就したはずの友里への恋心を募らせて、爆発しそうに見えているのかと、手の先が冷たくなるような感覚がした。
「あの子はさあ、色んな事に夢見がちだから」
「そうだね、冗談が下品なふりして、実はロマンチストだと思っているよ」
「うん、お姫様の駒井くんと、絵本みたいなキスをしたいって思ってると思うんだよね!?勢いでパパッとしたがってるけど、絶対、本人気付いてないよね」
「そこが気に入って、一緒にいるの?」
「なんだろ、あたし、自分にないものを持ってる子のこと、好きなんだよね。あ、もちろん、友人としてね」
「別に、気にしてないよ」
「声が低いんだよ、ぜったい気にしてるっしょ!つか、あの子に近づく子はみんな、気にしてほしいよ!駒井くんが重い感情持ってるってのが、持論なんだから!!」
「……うん?」
なにか、優が思う方向とは違う方向に走り出した萌果に、優は首をかしげた。優は萌果が友里のこと全てわかっていて、不甲斐ない優に対して、大事にしてほしいと言っているのだと思っていた。
しかし、萌果はあくまで、優と友里をふたりセットで推していると力説する。
「長年の想いを募らせすぎてて、やっとやっと手に入れたから、今度は手を出せない的なやつが萌えるけどさ」
「……どこまで知ってるの?」
「あ~~、ごめん、全部妄想」
優は、あまり人前ではしないように気を付けているが、思わずため息をついた。この勢いぶり、早口で優への愛情を話し出す友里の友人だと思った。類は友を呼ぶ。
「推理したってこと?あまりよくない趣味だね」
「ごめん、興奮しちゃった」
優のお叱りは、萌果にはあまり効かず、優はもう一度ため息をついた。
「でも正解だよ」
にこりと笑う。
「すごく大切だから、自分よりも、大事にしたいんだ」
萌果が、優に対して口を一回開くので、優は何か言いたげなのかと、言葉を待った。しかし、萌果がなにも言わないので、「どうしたの?」と声をかけた。
「あ~、いや、なんか~~、思ってるよりずっと駒井くんも純愛だな!とおもって。あたし、好きなんだよね、重い愛情。これでもかってのが良くて。なかなか見ないじゃん?みんなとりま付き合って、合わなかったら別れて~みたいな」
「すこし、色々早いよね」
優は、気軽にキスをする他の人たちを思い出した。
「そうそう、展開が早いの!だから自分が、誰かと付き合っても先がわかるから、つまんね~な~、って思って全然ハマれなくって、告られても、付き合えないんだ」
「え、そうなんだ……。乾さんも、大変なんだね」
「ん、夢中になれる子がいたらちがうんだろうけどね」
「……」
「あ、もちろん、あの子はその範疇じゃないよ!?」
「な、なにも、言ってないけれど……」
優が慌てると、萌果が真剣な顔つきになる。
「駒井くんってさあ、あの子の話すると、いつもよりずっと、無の境地に立って、グッと息を飲み込むみたいなつらそうな、不安な顔するの。まあ、それって、あたしにしかわかんないかもだけど」
「……」
優は培ったポーカーフェイスが、萌果によって否定されたので、困ったように顔を赤らめた。頬の熱さが、新鮮で、戸惑う。友里を好ましく思っている人間に、優の恋はすぐにバレてしまう。
「優、いい?」
お会計が済んだカードを持って、花江が待合室に入ってくる。そして萌果を担当させてもらうことをつげると萌果が立ち上がって、ワァと歓声を上げた。
「インスタで、花江さんのヘアコーデめっちゃ見てるんです!」
「それはありがとう~、一応希望アーティストに私が入ってたから、担当させてもらうけど、若い子も選べるよ」
「いえ、いえ!花江さんが」
「優のお友達だからね、綺麗をアシストさせてね」
花江が優に小さく手を振って、戸惑いだけが残った優も振り返し、その場に残された。
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次の日、学校。
移動教室だろう萌果と逢い、優は軽く手を振ってから近付いた。
「あれ、取り巻きは?」
先に萌果に聞かれ、優は「お手洗いにはひとりで行きたいと言ってみた」と素直に告げた。アハハと笑うので、つられて優も笑った。
「友里ちゃんは?」
「すぐ来るよ、消しゴム、ペンケースに入れ忘れたんだって」
「かわいい」
「なんでもいいんかい」
突っ込まれて、優はアハハと笑った。
「昨日はありがとうね」と萌果に言われ、なにがだろうとキョトンとすると、美容院での花江の件だと萌果が言った。優には10年来の知り合いだが、萌果は人気アーティストだと花江をほめちぎるので、優も自分が褒められた時よりもうれしくはにかんだ。
「駒井くんさ、あの子のために髪をのばすの?」
「……花江さん、言ったの」
「まさか、顧客情報を言うわけない、推理したの。あんな素敵な髪型、お出かけでもないのにしてもらってたし」
「もう、かなわないな」
結局友里に見せることもなく、家で全部落としたことをつげると、萌果は「誰かに見せたかったぁ!」と地団太を踏んだ。
「でもそういう、裏での努力、イイね、あの子喜ぶよ、あたしの長い髪も、好きっていつも言うし!」
「そうなの?」
「あ、ごめん、嫉妬とかそういうのナシで」
「してないよ。ウィッグも、萌果さんみたいなロングストレート用意していたし、友里ちゃんが、そういうの好きなの、知ってるから。それに見合う人になれないっていうのは、申し訳ないとは思うけど」
「駒井くんほんと、あの子のこと、ほんとうに好きなんだなあ」
「ええ……それは、そう」
「ふふ、あの子がいなければ、駒井くんとこんなふうに話すことなかっただろうな」
「そうだね、わたしも、そう思う」
恋人の友達・友人の恋人は、不思議な縁だ。ふたりは、ニコリとほほ笑み合った。
「昨日の」
「ん?なに?」
言った当人は、全く忘れた顔をしていて、優は口に出さなくてもいいかと思った。友里のことを考えると苦しそうな顔をしていると言われた優は、出来れば、萌果には友里を想うたびに幸せだと思われたいと思ったが、どう伝えたらいいかわからなくなる。
「友里ちゃんのことを考えると胸が苦しいだけで、つらくはないよ」
「!」
萌果が答える前に、ハアハアと息を切らせて、優の元へ友里が走ってきた。ポニーテールが揺れ、膝を抑えるように屈む友里の様子に、優がはにかむ。
「なんのお話してたの?」
友里が、優と萌果を交互に見つめた。
「友里の話」
「ん」
キョトンと、友里の蜂蜜色の瞳が丸くなる。萌果がニっと笑って、友里の背中を少し叩いた。
「駒井くん、マジ恋人に、夢中だって」
「え!」
「……!」
優に聞こえる声で、内緒話をするので、優が大きな声をあげた。友里は思わず口元を抑えて、優を見上げたが、お付き合いをはじめたばかりなこともあり、にまにま、えへへと頭を掻いた。
「ユウチャンカワイイ」
優は(きっと、友人の前だから、わたしが気を遣って話をあわせたとでもおもってるのかな)と思った。優がどれだけ友里を好きか、友里はまだ、半分も分かっていない。乾萌果のほうが、優の感情をわかっているくらいだと思った。
「友里、後でちょっと反省会だなあ」
ぽそりと呟いて、しかし、授業がはじめるからと、友里を連れて乾萌果が行ってしまい、優はその後ろ姿に手を振った。
::::::::::::::
「友里はさあ」
小鳥のデッサンの時間、皆がざわざわと私語をしながらなので、小さな声で萌果は友里に、駒井優の名前を出さず、問いかけた。
「どうしてキスしたいの?」
「え、えと、早く、特別になりたいの」
「とくべつ」
「キスは、呪いを解いたり、永遠の幸せを約束したり、特別の証でしょ?」
「……ふん?」
(ただの粘膜接触では)と思いつつ、萌果は曖昧な相槌を打つ。早くしたいと思いつつ、やはり童話のようなキスをしたいと思っている萌果の推理が当たっていた。
「だからね、友達とか家族とかみんなひとつの尊い命とか思うんだけど、ゆ……えっと、相手が、わたしのたったひとりだよ!!!って、伝えたくて」
「ふんふん、可愛いし、いいじゃん」
「かわいいカンジじゃないよ!?もう、気分は、ビーチフラッグス!旗をとりたくて自分のモノにしたくって、ウズウズしてるの!!」
「寝転がったまま待ちなよ」
うまく例えらんない、といいながら、友里が唇をなでなでと撫でた。
「きっとすてきなキスにしてくれるよ」
萌果は笑い、唇がつやつやウルウルになるリップバームを「プレゼントだよ」と友里の机に置いた。
(ブリティッシュパンクスタイルって結婚式で花嫁さんもやる髪型だよね、花江さんってば)と、スマートフォンに残された昨日の優の写真に、ロックをかけた。
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