第5話 また今日も好きになる

 初夏の22時半。友里に勉強を教えていた優は、友里がプリントの問題を見せるというので、動画になるのを待った。動画が始まった。キャミソール一枚の、あられもない姿の友里が映って、優は言葉一つ発せなくなった。中学3年生の友里に、危機管理はなかった。

『優ちゃん見えてる?』

 呼吸を思い出して、息をする。こくりと飲み込んで、ぎゅっと自分の手を握った。

「友里ちゃんがみえてるよ」

『あっ、反対だ』

 慌てた友里が、プリントに画面を戻す。例文が見えて、優は上の空で、解き方を教えた。


 ベッドに入っても、友里の胸のアップが、目に焼き付いて離れなかった。


 そのまま強引に眠ってしまえばいいのに、どうしても衝動が抑えきれず、自分の体を慰めた。友里に触ることを思いながら、他人から教わったやり方で、無邪気で、愛おしい大事な幼馴染のことを汚してしまったような気がして、自己嫌悪に陥ることはわかっていたのに、止められない。


「友里ちゃん……っ」


 名前を呼ぶと、体がビクリと震えた。(家族に聞かれたら)と頭をよぎるが、朦朧としている頭は、それよりも快楽を求めていて、何度も片思いの相手の名を呼んだ。初めて達して、汗が生ぬるく気持ち悪いが、あまりの快感に溺れそうになった。


「……最低すぎる」


 ハアハアと荒い呼吸がおさまるまで、天井を見上げていると、脳裏に焼き付いた友里の体がまた浮かんだ。ジンと感覚が巡って来て、優はため息をこぼした。自分がこんなふうに、友里を求めていることが本人に伝わったらと思うと、罪悪感と嫌悪感で、この世から消えてなくなりたくなる。


 友里のことが好きで仕方ない。

 それと同じくらい、気持ちをなかったことにしたい。

 自分が好きなだけで満足できるようにはなっていたが、中学3年生の優は、未熟な心と体を持て余していた。


 ::::::::::::::::


「優ちゃん!!」


 朝から元気な荒井友里が、杖の音を響かせて、無邪気に優の腕を抱きしめてきて、優はカチリと固まった。

 友里が杖をつく日は、体調が悪い日だ。杖を預かると、支えになるように自由にさせた。中学校の制服は白いセーラー服で、夏用のものは生地も薄い。光に透けるため、中になにか着ることは必須なのだが、友里はあまり気にしない。少し乱雑にツインテールをしていて、男子生徒からは「男友達」と揶揄される粗野な様子だった。せめてものすくいは、優に懇願されたおかげで、スパッツを履いていることだ。


「明日から夏休みだけど、ご予定は!」

 もう終業式が終わったような様子で、友里が言う。

「受験勉強かな」

「だよね!ねえ一緒の高校に行けたらいいね」

「そうだね」

 優は、大学のために家族から遠くの進学校に通うことを打診されていた。友里と離れたいと、優が望んだからだ。心因性の病気が心配だが、優は、このまま友里のそばにいて、友里を汚すことを恐れていた。


(もしも昨日の夜、通話ではなく、友里ちゃんがそばにいたら)


 ゾクリと背中が震えた。あの時、画面越しでなければ、やり方を知っている優は、友里を無理やりにでも、押し倒していたかもしれなかった。


(絶対にいやだ。人として、絶対にしてはいけないことだ)


 178cmの大きな体は、ひと回りちいさな幼馴染を、きっと簡単に押さえつけられる。了承を取って、友里が承諾したとしても、友里が優を否定したり拒んだりできない性格だからかもしれないと、不安になる。(そもそも、告白すらできないのに、体の接触を欲しがるとは、なんていう卑劣さだろう)


 優が青い顔で俯くので、友里が心配そうにのぞき込んだ。

 小さな友里の小さな体に似つかわしくない、弾力のある胸が優にのしかかった。


「優ちゃん具合悪い?サボっちゃう?」

「無理かな、生徒会の仕事があるし」


 会長の優は、そう言って、ため息をつく。ふわりと友里の甘い匂いがして、心臓がぎゅうとわしづかみにされた。

「無理しないでね」

「うん、ありがとう」

 優にいつでも「完璧」と言いつつも、本当に弱っている時は慰めるように、心配そうな表情で見抜いてくる。

 友里を(上手だ)とおもいつつ、優はくすぐったくも、申し訳ない気持ちになった。


(諦めたいのに、また今日も好きになって)


「ごめんね」

「なにが?」


 無邪気な蜂蜜色の瞳が、優を見つめる。くるりと、優への愛情たっぷりの光を湛えて輝く。

「夏休みはいっぱいあおうね」

「勉強ね」

「そう!」


 約束を取り付けて、友里は笑顔を向けた。光に溶けてしまうようだと、優は思った。


 ::::::::::::


 ハッと目を覚ますと、加湿器の付いた自室にいた。

 隣のベッドに恋人の友里が、すやすやと眠っている。


(片思いの頃の夢をみるなんて)


 胸の苦しさを思い出して、優は起き上がった。


 年末、空調だけでなく部屋の暖房をつけたままで眠ったせいで、夏の夢を見たようだった。優は一度、暖房を切って、上着を着た。

(23時)

 時計を見て、まだ今日のうちだったことに気付いた。いつもなら、大学受験用の問題集を解いている時間だった。


「友里ちゃん」

 声をかけてみる。友里はむにゃむにゃとなにか言うが、ぐっすり眠っていた。

 中学生の頃の友里を思い出したせいで、ドキドキと心臓が鳴っている。無邪気に、優を煽る友里のおかげで、何度も何度もいやらしい夢を見たが、ここ最近は、そういった劣情がおさまっていた。したい、と、思った時に、恋人が拒まないからだ。


(友里ちゃんってほんと、いつでも受け取ってくれて、すごいな)


 体力があるのだろうか。それに体が柔らかいので、できない態勢も少ない。

 優は、少しだけムラっとした。

 ひとりで、したくなった気もしたが、友里がそばにいて、出来るわけがなかった。


(お風呂……?いや、どうだろう)


 ごくりと息をのむ。

 声を出すわけでもないし、布団の中で静かにしてしまえば、眠っている友里に気付かれることはないかもしれない──が、気付かれたら。


(友里ちゃんのことだから、「して見せて」といいそうだな)

 恋人は、優が嫌なことを率先してしようとはしないが、突拍子もないことを言い出すので、優が一番恥ずかしいことをさせそうだと考えた。

(それとも、一緒にしようと言ってくれるかな)


 そうなると、優は自分の体より友里の体にふれたくなる。あくまで、自分の体を撫でることは、友里の体の代用のようなもので、友里がいるのなら、自分の体を撫でても意味がないと思っていた。


 自分のベッドから起き上がって、友里のベッドにもぐりこんだ。


 承諾を得てないので、妙にドキドキした。


「友里ちゃん」

 もう一度、呼んでみる。友里は目を覚まさない。当然だ、いつだって、優が起きていても、朝まで起きない。


「友里ちゃん……」


 妙に、熱っぽい気持ちで友里の名前を呼んだ。初めて、ひとりで慰めた時のような気持ちだった。下腹部に、なにかが走った。

「ん」

 友里が、うわごとのように甘い声を出した。腰あたりに優が手を回して、抱きしめたからだ。軽くやわらかな長い髪が、さらりとシーツに流れる。

 優は、友里の唇を奪った。

 恋人とはいえ、眠っている相手に、ひどいことをしてはいけないと思ったが、堪えきれなかった。

「起きて」

 事後承諾になってしまうが目を覚ました友里に、したいとお願いしようと思った。

「友里ちゃん、起きて」

 揺すると、ナイトブラから胸がこぼれて輪郭をかたどった。

 周囲を撫でると、友里がビクリと震えた。起きているのかもしれない。優は、さわさわと脇から撫でる。

「あ、んン……っゆうちゃぁ」

 ねぼけた声で、友里が言う。夢うつつに、優に襲われているのだろうか。それでもその手を優と気付いていることに、優は胸が躍った。友里の体を触れるのは自分だけだと思うと、体の奥の方から、熱が沸き上がってくるような感覚があった。友里の首筋を撫で、唇を落とした。


「待って、眠い……よう……」

 一瞬だけ起きたが、ぐうとまた眠って、はっと起き上がって、友里は優の愛撫に震えながら耐えた。

「あん、あ……っ、あ、やあん」

「友里ちゃん、寝てていいから、ちょっと触ってても良い?」

 優は、夢の中の友里に問いかける。

「だって、鳩が飛んでっ」

 妙にはっきりと答えるが、友里は夢の中だ。優と共に鳩がいるらしい。優はくすりと笑う。

「ごめん」

「いいよ、優ちゃん。でも」

「ごめんね、起きたらたくさん謝るから」

「んあん」


 ふにゃふにゃの友里の体を堪能させてもらって、優はそのまま、友里のベッドの中でまどろんだ。


 :::::::::::::::::::



「優ちゃん」

 優より早く起きたことに自分で驚いている友里の声で優は起きた。がっちりと、友里を抱きしめたままで、友里は身動きが取れないと唸っている。


「ごめん、眠っている友里ちゃんに」

「あ!や、夢じゃないなら、いいの」

 照れて顔をパタパタと仰ぐ友里に、優はぼんやりした顔で「ごめん」ともう一度謝った。

 友里ははだけた胸を隠そうとするので、優はそのまま、友里の胸に埋まった。


「起きたら、たくさん謝るって約束したんだ。なにをしてほしい?」

「ええ?そうなの?どうしようかな、デートしたい。かわいい格好してパンケーキ食べに行って公園のベンチで鳩と遊ぶの」


 たぶん、夢の内容だろうと、優は思った。となると、外のベンチで優が友里に突然襲い掛かった設定だ。優は少し照れた。

「うん、それはわたしにもご褒美みたいだけど」


 言いながら、あらわになったままの胸を撫で、先端を口の中に含んだ。

「ひゃあ、あ!優ちゃん」

 ピチャリと水音を立てると、友里が、ビクリと体を震わせて刺激に耐えている。

「友里ちゃんて、拒まないよね」

「お、起き抜けに、しておいて……。こばんでほしい、の?」

「ちょっと、今日は無理とか、言ってみてほしい」

「ええ、どういう感じ?ぷれい?わたし嬉しくて、今日は無理♡って嘘みたいになっちゃう。優ちゃんがお誘いしてくれるの、うれしい」


 友里のほうから、したいということが多いと思っているのだろう。実際は優が、友里を抱きしめて、下着を外してしまうことが多い。


「だめ、とか」

「優ちゃんみたいに?」

「……うん」

 友里は露わになっている胸を隠すようにして、優を上目遣いで見つめた。

「だめだよ、優ちゃん、平日だよ。おとなしく寝て」

「そんなこというかな?」

「はしたないよ」

「あはは、言うね」

「したいけど、我慢できなくなっちゃうから」

「うん、それは絶対言う」

「……あいしてる」

「!」

 ちゅうと少しだけ吸うようなキスをして、友里がはにかんだ。

「やっぱ嬉しくて、完全にきょぜつできなーい!」

「友里ちゃん」

 友里の首に手を回して、優は口づけをした。自分から誘っておいて、拒んでほしいという優に、嫌な顔ひとつしない友里に、(甘すぎるなあ)と思いながら、また友里の体を撫でた。


 片思いの頃の自分が、今この時一瞬でも身代わりになったとしたら、あまりの貪欲な時間に、嫌悪感と幸福感で頭がおかしくなるかもしれないと思った。夢よりもはるかに、みだらで、友里がどこまでも柔らかい。熱を帯びて、汗がまじりあって、香りがあって、音が響いて、──お互いが、お互いを探り合い、求め合う、好きで仕方がない時間。


 一度味わってしまったら、知らなかった自分には戻れない。


「愛してる」

「大好き、優ちゃん」

 柔らかな声が耳元で響いて、優は友里を抱きしめた。


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