第32話 ――スミより

『面白かったですか。

 これは私が一番好きな本です。ちょっと悲しい所もあったけど、タイチ君にも気に入ってもらえると嬉しいな。


 少しは元気になってくれましたか。タイチ君が元気でいてくれたら私も元気になります。それだけで嬉しいです。

 いつも会いに来てくれてありがとう。

 いつもお話してくれてありがとう。

 何度ありがとうって言っても足りません。私にとって初めての友達のタイチ君。神様からのプレゼントなんだなって思いました。これからもずっと友達でいられますように。


 でもタイチ君が私といるより楽しい事を見つけたなら、迷わずそっちを進んでください。

 タイチ君はこれから大人になって、私の事なんか忘れちゃうかもしれません。

 それでも良いんです。


 私はタイチ君を忘れません。

 タイチ君は今ごろ何してるんだろうって、考えてるだけで幸せなんですから。一年経っても五年経っても十年経っても忘れません。

 死んでも忘れません。


 でも私は、タイチ君がいつ来てくれても嬉しいです。

 たとえケンカした後でも、一年後でも、五年後でも、十年後でも、遠い遠い未来でも。

 私はタイチ君の事を考えて、物置小屋で待っていますからね。


 ああ、恥ずかしいな……。

 でも思い切って私の思っている事を書こうと思います。恥ずかしくて口では言えないから、せめて字にして書きます。


 私はタイチ君の事、好きですよ。

                     ――スミより』



 ぽたりぽたり。僕の頬を熱い涙が伝っていた。

 僕は本を胸に抱いてベッドに倒れ込んだ。スミと過ごした時間が次々と頭に再生される。スミの温かい笑顔、透明な声が蘇る。

 僕はスミにどれほど冷たい事をしたのだろう。スミの心はどれくらい傷付いているのだろう。

 僕は枕に顔を押し付け、声を閉じ込めて大声で泣いた。


 スミは今何をしているんだろう。一人で膝を抱えているのか、発作で血の氷粒を吐いているのか。

 僕は枕を抱き締めて呟いた。今までずっと頭の中にあったけれど、僕に勇気がなくて口にする事さえ出来なかった言葉――。


「好きだよ……。僕だってスミが好きだ」


 スミ、スミ……。

 その名前を何度も繰り返しながら僕は泣いた。枕が僕の涙と鼻水でべとべとになった。ひとしきり泣いて顔を上げる。


「スミに、会いたいな……」


 ぽつりと口から零れた言葉。それを自分の耳で拾って僕の身体を突き動かす。

 地主に見つかるとか、そんなのもうどうでも良い。とにかくスミに会いたい。会ってスミの喜ぶ事をしたい。心の底からの笑顔を見たい。

 何が良い、スミの笑顔を見るには何をすれば良い……。

 僕はベッドの脇に目を落とした。『ライジングサン』の最終巻を出しっ放しにしていた。


 ライジングサン……。

 それだ!


 午前二時半過ぎ。

 僕はTシャツとハーフパンツに着替えて家を飛び出した。バタンと玄関を閉めると、母さんの寝室の明かりが点いた。外に出たのがバレてしまったか。でももう関係ない。

 僕はスミに借りていた本を握り締め、夜の住宅地を走り抜けた。

 僕はスミに会いに行く。

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