第27話 ちょっと家まで来てくれんかな
ビニール傘を広げ、小川の堤を登る。
堤の上の道から一度だけ物置小屋を振り返った。相変わらず静まり返った建物だ。僕は物置小屋に背を向ける。
そこで僕はぴたりと足を止める。
何だ、あれは……。
堤の先から誰かが歩いてくる。作業着を着た男の人だ。
こんな雨の夜、傘も差さずに外へ出ているなんて普通じゃない。その人は真っ直ぐ僕を見ていた。
僕が気付いたのを察したのか、急に早足になって来た。
身の危険を感じた僕は振り返って駆け出す。
いったんどこかへ隠れよう。そうだ、この先の溜池を越えれば山の神社がある。そこまで行けば大丈夫だろう。
そこで僕は思わず悲鳴を上げかけた。
逆方向からも同じ作業着を着た男が迫ってくる。
挟まれた。
僕はやぶれかぶれになって駆け出す。すると背後からも足音が追って来た。目の前ではもう一人の作業服の男が両手を広げて構えている。
僕を捕まえようとしている……。
もし捕まったらどうなってしまうんだろう。
色々想像するとこわくなって首筋が冷えた。僕は小さく唸りながら走り、そのまま突き抜けようと決心した。
僕の身体が浮く。胴体に太い腕が巻き付いていた。
前にいた男が僕を担ぎ上げている。大人の力はこんなにも強いのか。僕は恐怖で抵抗するどころか声も出ない。
「手荒な事をして済まねえなボクちゃん」
「暴れたりしなきゃ悪いようにはしねえよ」
二人の男は交互に言う。何だこの二人は。
まさか誘拐犯――。
そう考えると身の毛がよだった。
地主の家の近くをうろついていたから、ここの子供だと思われたのか。違う、僕の家は金持ちじゃない。そう言おうと思ったが恐くて声が出なかった。
不意にもう一つの足音が加わった。
「旦那様、この子供ですかね」
僕を担いだ男が言った。
旦那様――。
僕は増えた足音の方へ目を向ける。和服を着たおじさんが傘を差して立っていた。
この人、地主さんだ。
地主は厳格な顔つきのまま静かに頷いた。
すると僕はようやく地面に下ろされたけれど、それでも男に肩を掴まれたままだった。まだ自由にはしてもらえなのか。僕が呆然と立っていると、地主が僕に顔を向けた。
「君、ちょっと家まで来てくれんかな。話がある」
有無を言わせぬ迫力に、僕は首を縦に振るしかなかった。
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