第23話 ご、ごめん。忘れてた

 もう夜でも蒸し暑い季節になった。

 それでもスミは長袖のワンピースを腕捲りもせず着ている。汗の一滴もかかないどころか時々寒そうに震えていた。物置小屋の中の空気がまた冷たくなっている気がする。


「でさ、リョウスケが新しいマンガ買って来たんだ。それが意外と面白いらしくて。今度僕も貸してもらうんだ」

 スミは嬉しそうに僕の話に耳を傾けている。

 最近、放課後はしょっちゅうリョウスケとケイタと遊んでいる。気の合う男友達が出来て毎日が楽しかった。

「同じオンラインゲームもしていてさ、夜も三人でダンジョン攻略をしているんだ」


 するとスミの頬がぷくっと膨れる。

「ふうん。それで今日は遅かったんだね」

 あ、しまった……。

 スミの言葉で僕の首元が冷えた。今は夜中の一時過ぎ。いつもより二時間くらい遅い。


「ごめん。つい夢中になっちゃって……」

「良いんだよ、タイチ君が楽しいなら。タイチ君が元気だと私も元気だもん。タイチ君に会えるだけでも満足ですよ」


 にこにこ微笑んでいるスミ。笑顔の裏にも不満の色は見つからない。

 僕は居心地悪くなってスミから顔を背けた。スミの笑顔が痛い。

 腕時計に目を遣る。ボタンを押すと液晶が青白く浮かび上がった。午前一時三十八分。


「じゃあ僕そろそろ帰るよ。明日も学校だし」

「うん……。今日は少ししかお話できなかったけど、明日はたくさんお喋りしようね。遅くなっても待ってるから」


 またスミは微笑む。力のない笑顔が悲しい。

 また明日、と言って僕は格子窓に背を向ける。すると「あ、待って――」とスミは呼び止めてきた。

 振り向くとスミは格子を握って僕をじっと見ている。檻の中で留守番をさせられている子犬みたいだ。

「あ、あれ。マンガは?」

 僕は眉を寄せた。

「え?」

「昨日言ってたよね。この前のマンガの続き、貸してくれるって」

 あ……。

 僕は息を飲んだ。

「ご、ごめん。忘れてた――」

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