第22話 友達だからに決まってんじゃん
それは六月の後半に差し掛かった頃だった。
「タイチってさ『ライジングサン』読んでるの」
休み時間、僕の席に二人の男子がやってきた。
眼鏡と小太り、たしかリョウスケとケイタって名前だった。
「え、ああ、うん……」
僕は警戒して目を伏せるように俯いた。
この二人とは初めて話す。
リョウスケとケイタは顔を見合せて「おお、やっぱりだ」と漏らした。何なんだこいつら。
僕が肩を竦めると、眼鏡のリョウスケが説明し出す。
「田島先生に聞いたんだ。タイチってマンガ詳しいんだよな。俺らも今『ライジングサン』にハマってるんだけど、クラスに誰も読んでる人いなくてさ」
僕は二人の顔を見比べる。なぜ僕に話し掛けて来るのだろう。
少なくとも二人の目には僕に対する好奇や見下した色はなさそうだ。
「そ、そうだね。『ライジングサン』は月刊誌連載だから意外と知ってる人って少ないんだ。まだアニメ化もしてないし――」
そこまで言って二人の様子を窺う。するとリョウスケは「あぁあぁ」と深い相槌を打って僕の席の隣に屈んだ。
「分かる分かる。そうやって埋もれてるマンガって多いよな。もったいないよ。流行のマンガばっかり読んでたら気付かないんだよな」
リョウスケの意見にケイタも頷いていた。この二人、僕と趣味が似ているかもしれない。
その時、始業のチャイムが鳴った。
「次、何だっけ」
「えっと、国語だね」
クラスの連中はだらだら歩いて席へ戻る。運動部の男子達はまだ窓際で暴れているし、うるさい女子達も集団トイレから戻って来た所だ。
「タイチって今日、弁当持って来てる?」
僕は首を横に振る。
「ううん」
「じゃあ次の昼休み、俺達と購買にパン買いに行こうぜ」
四時間目の国語はすぐに終わった気がした。
終業のチャイムが鳴るなり、生徒達は椅子を引いて立ち上がる。先生に礼をして、一目散に教室を出て行った。
「タイチ。俺達も行くぞ」
リョウスケとケイタが僕の所やって来て急かす。
「急げ急げ。早くしないとパンが売切れるんだよ」
僕はリョウスケに促されるままに廊下に飛び出す。昼休みの廊下は騒がしい。他のクラスの生徒も大勢いた。
階段を下りて一階の購買部まで行くと、さらに多くの生徒でごった返していた。
人が大勢いる……。
僕は思わず尻込みした。たくさんの大声、笑い声。冷たい汗が額から頬を通って首筋へ流れていった。
「よし、突撃だ」
リョウスケ達は人混みを掻き分けて進んでゆく。
「ま、待ってくれよ」
僕も二人の後を追った。息を止め、身を低くして人のジャングルを進む。
ようやく売り場に辿り着いた。どれにしようか考えている間に、ケースに入っているパンはみるみる売れて消えてゆく。僕は適当にサンドイッチを二つ選んで人混みを脱出した。
紙袋を握り締め、自動販売機の前まで避難する。ちょうどそこでリョウスケとケイタが飲み物を買っているところだった。
「無事に買えたみたいだな。じゃあ戻ろうぜ」
僕らは教室に戻る。昼休みの教室は意外と人が少ない。みんな中庭や別のクラスで食べているらしい。
僕らは窓際のケイタの席に集まってパンを広げた。人と食事をするのなんて久しぶりだ。
「タイチはマンガ以外にもゲームとかやってないのか」
「やってるよ。ハードは新しいの持ってないけどね。ポータブルかパソコンのゲームならそこそこやる。パソコンだったら『ディープダンジョン』ってのが面白いかな」
そう言った途端、リョウスケとケイタの手が止まった。
「マジで、『ディープダンジョン』なら俺達もやってるぞ。オンラインだからケイタと毎晩集合場所の町を決めて二人で攻略してるんだ」
同じオンラインゲームをしていたのか。もしかしたらこの二人とはゲーム上のどこかの町で会っているかもしれない。
「なあタイチ。今晩も『ディープダンジョン』やるんだろ。それだったらさ、ちょっと手伝って欲しいんだ」
「僕が……?」
二人はこくこく小刻みに頷いている。
「北の山脈ってダンジョンあるだろ。俺とケイタの二人だったら、レベルもスキルも足りなくて厳しいんだ。せめてもう一人仲間がいれば攻略できそうなんだけど」
そのダンジョンならちょうど僕も苦戦している所だった。リョウスケは両手を合わせ、僕の返事を期待するように口元を緩めている。僕が必要とされていた。
「良いよ、地図なら僕が持ってるし一緒に攻略しよう」
答えた途端に、リョウスケとケイタはハイタッチして「よっしゃ!」と声を張った。そして二人は僕にもタッチを求めてくる。僕らは空中でパチンと手を鳴らした。
ハイタッチ。
この前スミとしたのとずいぶん違う。スミと両手を合わせた時はピタッと小さな音が鳴っただけ。
「じゃあ今夜八時に雪の村に集合な。長いダンジョンだから、回復アイテムの補充をしてくるのを忘れないように」
この二人のハイタッチは荒っぽい。まだ手のひらが熱を持ってじんじんしている。男同士って感じだ。
「あ、あの……リョウスケ」
僕が声を発すると二人は「ん?」と顔を向けてくる。どうしてだろう、この二人の目線には嫌な感じがしない。
「僕じゃなくても、強いプレイヤーはゲーム内にたくさんいるよ。それなのにどうして僕をゲームに誘うの」
ぽかんとしていたリョウスケだったが、鼻を鳴らしてすぐに笑った。
「同じクラスの友達だからに決まってんじゃん」
これが、友達か……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます