第16話 どっか行けよ
僕はそれから保健室登校を繰り返した。
保健室のドアを開けると消毒液の臭いが鼻に滑り込む。最初は病院みたいで嫌だったけれど、もう今では慣れて気にならない。
事務机から保健の先生が声を掛けてくる。「おはようタイチ君。調子はどうかしら」
「悪く、ないです」
保健の先生は優しく、僕に無理をさせないように気を遣ってくれている感じだ。この人は味方だと思う。少なくとも担任の田島先生とは違って人の気持ちが分かる人だ。
一時間目が始まって少し経つ頃だ。
僕も保健室の席に着いて教科書を捲るが、……訳が分からない。特に英語はちんぷんかんぷんだ。未来形のwill、接続詞としてのwhen。何だそりゃ。
昼休みくらいに田島先生がやって来て、その日に配るプリントをまとめて渡される。
その時いちいち「教室に来てみろよ」と言われるのがすごい嫌だった。
「先生はタイチを待ってるからな」
知らねえよ。
それでも僕には田島先生より嫌な来客がいる。他の生徒だ。
それが同じ二年生なら嫌さ倍増。体育で怪我をした、ちょっと具合が悪い。色んな理由で他の生徒が保健室に来る。中には特に用もなく遊びに来て大騒ぎする女子もいるから堪らない。
どっか行けよ。
みんな僕を変な目で見てくる。誰だよって視線が痛い。
だから僕は逃げる。他の生徒が来たらカーテンを閉めてベッドに潜り込んだ。耳を塞いで息を殺して、気配が消えるのをじっと待つ。部屋に閉じ籠っていた時と同じだ。結局僕は僕の世界に逃げ込んでいた。
でも少しずつ変わってきている気がした。前までは家からも出られなかったのに、今の僕は学校までは来られている。少しは前に進めたと思った。
これもスミが僕に元気をくれたからだ。
僕は保健室の窓から空を見上げる。梅雨の空には薄い雲がかかっていた。
今頃スミは何をしているのだろう。僕の貸したマンガを読んでいるのだろうか、まだ眠っているのだろうか、それとも僕と同じように窓から空を見上げているのだろうか。
スミは僕が学校へ行けた事を喜んでいた。
僕は毎晩スミに学校であった事を報告している。何でも楽しそうに聞いてくれた。けれどもスミは自分の事を話そうとしない。だから僕はスミの事を何も知らないままだった。
六月のある夜。僕はスミの秘密を一つ知ってしまった。
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