第13話 学校、行ってみる

 翌朝、七時過ぎに目を覚ました。

 カーテンを開けると眩しい朝日が僕を責める。網膜を焼かれてしまいそうだ。僕の部屋に日光が入るのは久しぶりだと思う。


 洗面所で顔を洗って歯を磨く。父さんはもう会社に行ったらしい。キッチンに行くと、朝食を作っていた母さんは面食らった顔で僕を見ていた。

「あら、タイチちゃん。今朝はずいぶん早いのね」

 うん。そう小声で答えた僕は静かに食卓に着いた。

「え……もしかして朝ご飯食べるの」

 僕は小さく頷いて俯いた。横目で母さんを見ると、唖然と僕を見ていて口元が緩んでいた。そんな顔するなよ。僕が朝食を摂るのがそんなに変か。


 僕の前に炊きたてのご飯と玉子焼きが並んだ。コンロの鍋からみそ汁の匂いもする。僕が食べる様子を母さんはじっと見ていた。食べ難いからやめろよ。

 玉子焼きを一切れつまんで口に入れる。温かい。ふっくらしている。ここ最近、ラップに包まれて冷蔵庫に入っているのしか見た事なかったけれど、作りたての母さんの玉子焼きは思ったより美味しかった。


 朝食を食べ終え、部屋に戻ってクローゼットを開く。そろりと手を伸ばし、ハンガーに掛かったカッターシャツを握り締めた。僕の手が震える。その隣には肩に埃の被った学生服も掛かっている。

 パジャマを脱いでカッターシャツに袖を通す。冷えた布の感覚が背中に伝わった。この時期はもう夏服移行期間だったと思う。学生服から名札を外し、カッターシャツの胸に付け替えた。

 黒のズボンを履いて姿見の前に立つ。中学の制服を着ている僕がいた。前まで僕はこの格好をして学校へ行っていて、それでみんなに笑われて馬鹿にされて罵倒されて……。嫌な事を思い出して吐きそうになった。


 八時。学生鞄を持って部屋を出る。階段を下りると母さんと鉢合わせた。僕の姿を見るなり引き攣ったように背筋を伸ばした。


「タイチちゃん、その格好……」

「学校、行ってみる」


 母さんはそのまま固まった。

 僕の言葉の意味をようやく理解できたのか、母さんは顔を覆って肩を震わせる。すぐ泣くのは止めてほしい。

「ありがとうございます……田島先生のお陰で、タイチちゃんは、タイチちゃんは――」

 違うってば。

 あの暑苦しい人は関係ない。


 僕が一世一代とも言える決断をしようと思ったのは――。

 物置小屋にいた、あの子が――。

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