第11話 あんなの辛いだけじゃないか

 それから毎日先生が家にやってきた。

 乱暴にドアをノックし、僕の名前を叫び散らす。時々母さんの「お願い、出てきてタイチちゃん!」という声も混じる。これが毎日続く。だから僕は夕方になるのが本当に嫌だった。


「タイチ、お前が思ってるより学校は楽しいぞ」

 楽しくないし。馴れ馴れしく「お前」って呼ぶなよ。

「クラスのみんなはタイチを待ってるんだ」

 待ってねえよ、絶対……。


 ゴールデンウィーク中も毎日電話が掛かって来ていた。

 母さんは先生に頼り切っているし、父さんは僕に無関心。周りの大人に味方はいない。もう気が狂いそうだ。


 夜になってスミの所へ行っても気分が晴れない。

 スミは心配そうに僕を見上げて「やっぱり何かあったの」と尋ねてくる。僕はいつも「何でもないって」以外の答えを見つけられないでいた。スミだけが僕の心の支えだ。彼女がいなければ僕はとっくに死を選んでいる。


 そしてまた夕方がやってきた。

 今日もノックが止まない。先生と母さんの声が脳を掻き回す。やめて、静かにして。僕が壊れてしまう。

 やめてっ!


「うわああああああぁぁぁ!」


 耐え切れなくなった僕は頭を掻き毟って絶叫を上げた。

 ドアの向こうが静かになった。でも人の気配は留まっている。ああ鬱陶しい鬱陶しい、出ていけ出ていけ。僕はドアを蹴破る勢いで開けた。

 そこには唖然とした顔の先生と母さんが並んでいた。

「毎日毎日、ホントに非常識だ。僕は学校なんて行きたくないって言ってるだろ。あんなの辛いだけじゃないか……」

 気付けば僕の頬に涙が伝っていた。何か言おうとしても声が震えて上手く話せない。「タイチちゃん――」母さんが小さく呟いた。

 今まで僕が学校で受けてきた仕打ちを思い出す。

 涙を止めようと思っても止められない。ボロボロこぼれて床を濡らす。僕は奥歯を噛み締めて俯いた。すると両肩に大きな手が置かれる。

「辛かったよなタイチ。今まで一人だったもんな」

 僕はその場に崩れて膝をついた。先生は僕の肩をぽんぽん叩いて母さんに目配せする。


「すいませんが、お母さんは外していただけますか。僕がタイチ君と話をしますから」

「よろしくお願いします……」


 母さんは小さな足音を鳴らして階段を下りてゆく。先生も僕の前に屈んだ。スポーツマンらしい暑苦しい顔が目の前に近付いた。


「やっと話を聞いてくれる気になったんだな」

 ダメだ。やっぱりこの人は何も分かっていない――。


 毎日家に押しかけて部屋の前で叫んで、これで説得した気になっているのか。バカじゃないのか。お願いだからもうやめてくれよ。先生の声を聞いただけでお腹が痛くなる。

 頭がおかしくなる寸前だったんだぞ。

「誰にも相談できなくて、ずっと一人で抱え込んでいたんだよな。大丈夫、先生はタイチの味方だからな」

 何を言ってるんだ。伝わらない悔しさで涙が溢れる。

「泣くな泣くな。男だろ」

 なぜ僕が泣いているのかも分かっていないんだろうな。

 先生に追い詰められたからだよ。

 男だからどうだ、女だからどうだ。そんな事を言う人は嫌いだ。きっと脳まで筋肉で出来ているんだろう。

「また学校に来てくれよ。最初は保健室登校でも良いんだから」

 最後にそう言って先生は帰って行った。

 ずいぶん満足している様子だった。母さんも「ありがとうございます」と涙ながらに頭を下げていた。


 大人達は満足した。

 僕を置き去りにして――。

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